15 / 51
15
しおりを挟む
いざやってみたら、あっさりしたもんだ。この拍子抜け具合は、初彼女と初体験を済ませた直後の感覚と似ていた。
あれから数日、俺の退職はつつがなく完了した。
「ニートデビュー、おめ」
「ははは、それはどうも」
その最大の功労者である彼女は、彼女らしい言い回しで、俺の退職を祝ってくれた。
場所は、あのときと同じ、ファミレスだ。今日こそはいいものをご馳走しようと意気込んだのに、あれよかれよと言いくるめられ、結局安く済まされてしまった。
「これからどーすんの?」
「一ヶ月くらいはのんびりしようかなと思ってる」
「お金とかへーき?」
「退職金は出るし、一度も使ったことない有給も買い取ってくれるみたいだからね」
「へー、いがい」
これには俺も驚いた。退職代行の人が頑張ってくれたのか、あるいは俺に対してうしろめたい誰かさんの機嫌取りなのか。まあ、どっちでもいい。
いちおう貯金もそれなりにー使う時間と気力が無く、埃のように積もった預金残高をそう呼べるのならーあるため、一月どころか一年は無収入でもなんとかなる。もっとも、そこまでのんびりする気もないのだが。
ヴヴヴヴヴ、と机の上の杏子のスマホが震えた。
だが彼女は一向のかまうことなく、話を続ける。
「そんじゃ、記念に一発ヤっとく?」
「!?」
あやうくコーヒーを吹き出しそうになった。そうそう、この子はこういう子だった。数日前が女神すぎてすっかり忘れていたけど。
「無職になったばかりのオッサンに無茶なこと言わないでくれよ」
「退職記念と初回サービスセットってことで、無料でいいよ」
また、突拍子も無いことを。その豪華特典のプレゼンはかなり効くからやめてほしい。
「…やめとくよ」
「べつにいいじゃん、今は失うもんもないし」
たしかにそうだ。でも、やっぱり無理だった。俺は彼女に恩がありすぎる。いや、恩なんてなくても無理だ。
「杏子みたいな良い子を、そんなはけ口みたいに使えないよ」
「だから、良い子じゃねーって」
「いや、君は良い子だよ」
「はいはい、一生言ってれば」
杏子はまたそっぽを向く。でもその角度だと、ほんのり染まった耳が見えちゃうんだけどな。
それはともかく、俺にはまだ言いたいことがあった。というよりこっちが本題だ。
つい姿勢を正し、軽く深呼吸までしてしまった。
俺の緊張を察したのか、杏子は正面を向き、不思議そうな表情を浮かべる。
意を決して口を開いた。
「でも、また会えたらなって思ってる。できれば定期的に」
「…アタシと?」
「もちろん」
「会ってどうすんの?」
「たまにいっしょに飯食って、近況報告…みたいな感じで…」
「エッチはなしで?」
「なしで…」
言えば言うほどおかしなことを言っている気がした。事実おかしな話だ。
30過ぎのおっさんが、女子高生相手にする提案としては変すぎるし、なんならキモすぎる。まだ「ホ別三万でどう?」とかのほうが、常識的とさえ思えた。
「い、いやだよね!?こんなオッサンと飯なんてさ!ごめんよ、忘れ…」
「いいよ」
あまりのいたたれなさによる前言撤回を、杏子は遮った。
「ほんとに?」
「うん、シューイチくらいでどう?」
「そんなに会ってくれるのかい?」
「そんなにってwアタシのこと好きすぎくね?w」
今度は俺の顔が染まる番だった。なにはともあれ、これにて今日の目的は達成だ。安堵と共に肩がズズッと落ちて、ここまでどれだけ肩肘張っていたのかを実感した。
「それにしてもさあ、なんかアレみたいじゃんね」
「アレって?」
「ほら、離婚して離れて暮らすようになったパパと娘がたまに会う的な…親子面会っていうんだっけ?」
「ああ、なるほど」
「つまり、パパ活じゃん」
「た、たしかに…」
なるほど、ある意味では究極のパパ活かもしれん。やっぱりおかしな話だ。
ヴヴヴヴヴ
また彼女のスマホが震えた。さっきもなんだかんだでずっと鳴り続けて、ついさっき切れたかと思ったら、すぐにまた鳴ったのだ。
「出なくていいのかい?」
「いいの」
と言い、杏子はスマホをタップし、着信を拒否した。
「もし気が変わったら言ってよね」
「変わるって?」
「フツーのパパ活がしたくなったらってこと」
杏子はいつかのように、軽く握った拳を上下し、ペロリと舌を出し、下品なジェスチャーをした。
俺は自分の理性と良識に対し、とんでもない試練を課してしまったのかもしれない…
あれから数日、俺の退職はつつがなく完了した。
「ニートデビュー、おめ」
「ははは、それはどうも」
その最大の功労者である彼女は、彼女らしい言い回しで、俺の退職を祝ってくれた。
場所は、あのときと同じ、ファミレスだ。今日こそはいいものをご馳走しようと意気込んだのに、あれよかれよと言いくるめられ、結局安く済まされてしまった。
「これからどーすんの?」
「一ヶ月くらいはのんびりしようかなと思ってる」
「お金とかへーき?」
「退職金は出るし、一度も使ったことない有給も買い取ってくれるみたいだからね」
「へー、いがい」
これには俺も驚いた。退職代行の人が頑張ってくれたのか、あるいは俺に対してうしろめたい誰かさんの機嫌取りなのか。まあ、どっちでもいい。
いちおう貯金もそれなりにー使う時間と気力が無く、埃のように積もった預金残高をそう呼べるのならーあるため、一月どころか一年は無収入でもなんとかなる。もっとも、そこまでのんびりする気もないのだが。
ヴヴヴヴヴ、と机の上の杏子のスマホが震えた。
だが彼女は一向のかまうことなく、話を続ける。
「そんじゃ、記念に一発ヤっとく?」
「!?」
あやうくコーヒーを吹き出しそうになった。そうそう、この子はこういう子だった。数日前が女神すぎてすっかり忘れていたけど。
「無職になったばかりのオッサンに無茶なこと言わないでくれよ」
「退職記念と初回サービスセットってことで、無料でいいよ」
また、突拍子も無いことを。その豪華特典のプレゼンはかなり効くからやめてほしい。
「…やめとくよ」
「べつにいいじゃん、今は失うもんもないし」
たしかにそうだ。でも、やっぱり無理だった。俺は彼女に恩がありすぎる。いや、恩なんてなくても無理だ。
「杏子みたいな良い子を、そんなはけ口みたいに使えないよ」
「だから、良い子じゃねーって」
「いや、君は良い子だよ」
「はいはい、一生言ってれば」
杏子はまたそっぽを向く。でもその角度だと、ほんのり染まった耳が見えちゃうんだけどな。
それはともかく、俺にはまだ言いたいことがあった。というよりこっちが本題だ。
つい姿勢を正し、軽く深呼吸までしてしまった。
俺の緊張を察したのか、杏子は正面を向き、不思議そうな表情を浮かべる。
意を決して口を開いた。
「でも、また会えたらなって思ってる。できれば定期的に」
「…アタシと?」
「もちろん」
「会ってどうすんの?」
「たまにいっしょに飯食って、近況報告…みたいな感じで…」
「エッチはなしで?」
「なしで…」
言えば言うほどおかしなことを言っている気がした。事実おかしな話だ。
30過ぎのおっさんが、女子高生相手にする提案としては変すぎるし、なんならキモすぎる。まだ「ホ別三万でどう?」とかのほうが、常識的とさえ思えた。
「い、いやだよね!?こんなオッサンと飯なんてさ!ごめんよ、忘れ…」
「いいよ」
あまりのいたたれなさによる前言撤回を、杏子は遮った。
「ほんとに?」
「うん、シューイチくらいでどう?」
「そんなに会ってくれるのかい?」
「そんなにってwアタシのこと好きすぎくね?w」
今度は俺の顔が染まる番だった。なにはともあれ、これにて今日の目的は達成だ。安堵と共に肩がズズッと落ちて、ここまでどれだけ肩肘張っていたのかを実感した。
「それにしてもさあ、なんかアレみたいじゃんね」
「アレって?」
「ほら、離婚して離れて暮らすようになったパパと娘がたまに会う的な…親子面会っていうんだっけ?」
「ああ、なるほど」
「つまり、パパ活じゃん」
「た、たしかに…」
なるほど、ある意味では究極のパパ活かもしれん。やっぱりおかしな話だ。
ヴヴヴヴヴ
また彼女のスマホが震えた。さっきもなんだかんだでずっと鳴り続けて、ついさっき切れたかと思ったら、すぐにまた鳴ったのだ。
「出なくていいのかい?」
「いいの」
と言い、杏子はスマホをタップし、着信を拒否した。
「もし気が変わったら言ってよね」
「変わるって?」
「フツーのパパ活がしたくなったらってこと」
杏子はいつかのように、軽く握った拳を上下し、ペロリと舌を出し、下品なジェスチャーをした。
俺は自分の理性と良識に対し、とんでもない試練を課してしまったのかもしれない…
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる