黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

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急に開かれたドアに、近藤さんは少しのけぞり、面食らった顔をした。

だがすぐに、顔色は朱に染まり、いつも寄っている眉間の皺がさらに深まる。

俺は改めてそんな彼を観察した。

目鼻だちのくっきりとした顔立ちは、若い頃はさぞモテていたであろう名残りを匂わせる。

だが薄くなった頭髪や、スラックスに乗った腹は紛れもなくオッサンのもので、ついでにいうならサテンのテカテカしたシャツも一昔前のセンスである。

やっぱり、彼女の言う通りだ。

この人はただのカッコ悪い大人だ。俺とおんなじ、いや俺よりはいくらかマシかもだが。

スッとしらけるように頭が冴えた俺は、腰を直角に折り、平身低頭のまま口を開いた。

「不義理をしてしまったこと、大変申し訳ございません。もうお聞きおよびかと思いますが、私は今日を持って退職させていただきます!」

とりあえずの礼を果たしたところで、いちど大きく息を吸って、溜まりに溜まったもろもろをぶちまけた。

「理由はあなたの下で働くことにウンザリしたからです。ええ、そりゃもう線路に飛び込みたくなるくらいウンザリしてます。正直なところ二度と顔も見たくないし、そのダミ声も耳に入れたくありません。それと、店に来るたび田淵さんのお尻を触るのはやめた方がいいかと存じます。二人の仲は公然の秘密なのでセクハラではないんでしょうが、単純に見苦しいです。しかもバレていないつもりでいるところが、もはや痛々しいです。あと風のウワサですが、店長の一人があなたの普段の暴言をこっそり録音しており、まとめてぶち撒けて訴訟を起こす算段があるそうなので気をつけた方がいいかと、もっとももう手遅れでしょうけど!」

一息で言い切ったら、酸欠で少しクラクラした。

だが頭の中心部から溢れ出るような快感もあった。これが脳汁ってやつなのか?クセになってしまいそうだ。

下げていた頭をあげたとたん、俺は大きくのけぞりドアに背を打ちつけた。

襟を掴む近藤さんの手がギリギリと俺の首を締める。

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなあああ!」

飛び出すんじゃないかってくらいひん剥かれた目は、血管が浮き出し、白目の半分が赤く染まっている。

口から発散される飛沫が頬にあたった。タバコの匂いが鼻腔をかすめた。

「クソが!クズが!どいつもこいつも舐めやがって!」

どいつもこいつも?

どうやら俺のことだけでキレてるわけじゃないらしい。

もともと直情的なタイプではあったが、さすがに家まで来てあまつさえ暴力沙汰は常軌を逸している。

なにが彼をここまでさせているんだ?

もちろんそんな疑問を口にする余裕なんてなかった。襟元がさらに締まって、本格的に酸欠になりそうだ。

そして、少し白んだ意識の端に、聞きなれない声が届いた。

「ちょっとちょっと!なにやってんですか!?」

襟元が緩まり、こんどは急に流れ込んできた空気に肺が驚き、また咳き込んだ。

目を開けてみれば、フーフーと荒い鼻息をたてる近藤さんを、制服を着た若い警官に羽交い締めにしていた。

なんで警官がここに?と疑問が浮かんだと同時に背後のドアが開き、杏子が顔を覗かせた。

「だーから出る必要無いって言ったじゃん」

表に出てきた杏子を見て、若い警官が声をかけた。

「あなたが通報された方ですか?」

「そーでーす、とっとと持って帰ってくださーい」

俺は小声で彼女に尋ねる。

「いつの間に?」

「このオッサンが喚き出してすぐだよ。気づかんかったの?」

俺が耳を塞いで縮こまっていたときか。だからって気づかないなんて…はあ、本当に情け無い。

「俺はこいつの上司だ!関係ないやつは引っ込んでろ!」

警官の腕から解放された近藤さんは、横柄な態度で言い放った。

「は?上司だからって家の前で騒いでいいわけなくない?ましてや暴力とかソーリ大臣にも許されてないよね?でしょ?お巡りさん?」

いっさい物怖じない姿勢の杏子の正論に、警官は頷き、近藤さんは鼻白らんだ。

そして彼女は、俺のスマホを警官に見せた。

「見てくださいよー、『死ね』とか『後悔させてやるとか』怖いメッセージいっぱいこの人に送ってきたんですよー」

と指でトーク画面をスクロールしながら、警官に説明する。

警官は眉間にシワを寄せた。

「拝見してもいいですか?」

「別にいいよね?」と杏は俺の方を向いた。

「あ、ああ、もちろん」

警官はスマホを受け取ったついでに、ふと杏子を訝しげに見て尋ねた。

「ところで、あなたは奥様ですか?」

し、しまったあああ!

心の中で絶叫した。今の俺は、朝っぱらから女子高生を自室に連れこんでいるオッサンであることを、すっかり忘れていた。

奥さん…はさすがに無理がある。なら妹?いやいや、血縁関係は調べられたらすぐにわかる!いや、遠い親戚とかならギリ平気か?

なんでもいいから早く答えないと、さもなきゃ暴行の被害者から淫行条例違反者に格下げ…

「奥さんじゃないすけどー、えっと…なんて言うんだっけ?ああ、そうそう!」

杏子は俺の肘に手を絡め、グッと身を寄せた。

「通い妻、てきな?」

肘裏にあたる柔らかな感触を堪能する余裕など、いまの俺にはなかった。

なんてこと言うんだあああ!?多少怪しくても肉体関係を匂わせなければギリセーフかと思ったのに!?

冷や汗に身を震わせた俺だったが、警官は少し不思議そうな顔をしたものの

「はあ、そうでしたか」

とだけ言い、スマホに視線を落とした。

「ビビりすぎw」

拍子抜けする俺に、杏子が耳元で囁いた。

そうか…私服姿の杏子はとてもじゃないが未成年には見えない。

だからやや年の離れたーそしてかなり不釣り合いなーカップルとして受け取られたらしい。

杏子は口に手をあて、顔を背け、微かに肩が震えている。ビビり散らかす俺がよほどおかしかったみたいだ。

スマホをスクロールする警官の顔が、なおさら厳しくなる。

近藤さんはさっきまでの威勢が消え失せ、眉を八の字にしていた。

ひととおり確認し終えた警官が俺を見た。

「これは確かに脅迫罪にあたる可能性があります。被害届を出されますか?」

俺はメッセージをちゃんと見てなかったが、警官の反応からしてよっぽど酷い内容だったんだろう。

隣にいる近藤さんと目があった。まるで縋るような目だ。「勘弁してくれ」と顔に書いてあった。

血の気が引き、顔の筋肉ぜんぶが垂れ下がり、憑き物が落ちたみたいだ。そんなもの、できればここに来ようと思う前に落としておいて欲しいものだが。

とにかく、誰がどう見ても、どう聞いても、彼の自業自得だ。同情の余地はなく、むりくり同情する義理もない。

俺は自分の決断を口に出した…
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