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「いんだろ!?メーター動いてんじゃねえか!」
電気メーターで居留守確認なんて、本当にやる奴がいるんだな。
現実逃避気味にそんなことを思ってみた。
またインターホンが鳴る。またドアノブがガチャつく。
視界が揺れすぎて、目を開けていられず、ギュッとまぶたを締めた。
つんざくあらゆる音が痛くて、手のひらで耳を覆った。
なんでだ?どうしてこうなる?
せっかく安心できたのに、ようやく前を向けそうだったのに。
杏子のおかげで、立ち直れた気がしていたが、あくまで気がしていただけだけだと思い知らされる。
俺はまた、目をつむり、耳を覆っているのだから。
勘弁してくれよ。あっさりと折れたんだから、あっさりと治ってくれたっていいじゃないか。
インターホンの音が手のひらを貫通した。さすがに聞こえるはずもない彼の怒声が、脳内でこだまする。
すると、耳を覆った両手に、誰かの手が添えられた。ゆっくり、でも力強く、俺の手を耳から剥がした。
当然ながら、その手は杏子のものだ。おそるおそる開けた目に、彼女の真剣な面持ちが映る。
本当に綺麗な子だ。
ギャル特有の華美なメイクさえ、その強靭な美貌の引き立て役にしかなっていない。
杏子の顔に見惚れ、一瞬だけ音が消え、思考が凪いだ。
彼女が表情を変えず、口を開いた。
「ねえ、アタシ思ったんだけどさ」
「…なんだい?」
「岩城さん、惚れられてんじゃない?」
「はあ?」
予想外とは彼女のためにある言葉だ。
杏子はドアの方を向きながら言う。
「だって家まで来るとかさすがにでしょ?」
「た、たしかにそうだけど…」
「さっきの鬼メッセといい、やってること振られる直前のヤンデレじゃん。ワンチャンガチ恋だって。地雷系おじさん?新人類が生まれちゃってるよ」
地雷系という言葉で、ある記憶が蘇った。
あれは店長になる少し前のこと。当時の同僚に彼女ができたことを自慢された。
「お前もいい加減見つけろよー」
なんてマウントを取るほど、浮かれまくっていた同僚だったが、いたって短い春だった。
嫉妬深く、被害妄想激しめな彼女に振り回され、同僚は精魂共に尽き果てたのだ。
そして別れ話をした翌日。その彼女は、店まで乗り込んできた。
「いるんでしょ!?今日シフト入ってるのわかってるんだから!!」
ツインテールのフリルをあしらったトップスを着た若い女性は、店頭で鬼の形相で叫んでいたな。
俺ともう一人のスタッフで、必死で彼女を宥めたんだっけか。
肝心の同僚はバックヤードに引っ込み、俯き耳を塞ぎ、見猿聞か猿でやり過ごしていた。
後に、ああいう女性のことを地雷系彼女というらしいと知った。
あのときの同僚と、今の俺。そしてあの時の若い女性と、いまのAM。
思いの外しっくりと、リンクした。
あまりにしっくりきすぎたため…
「ぶほっ!」
盛大に吹き出してしまった。口から出た飛沫が目に見えるくらいに。
「じ、地雷系おじさんってwあははw」
あのガーリーな二十歳前後の女と、四十過ぎの妻子持ち男が同じことをしてると思うと、あまりにおかしかった。
「ちょっとw笑っちゃダメだってw本人は真剣なんだからさあww」
俺たちはお腹を抱えて笑い合った。
インターホンは鳴り続けているし、怒声も届いている。でも、もうその音すらもおかしかった。
杏子はひと通り笑うと、俺の頬を両手で挟んだ。
「あんなの、ただの痛いオヤジじゃん。怪物じゃないよ。だから負けんな」
動悸はいつのまにか治っていた。杏子の手が徐々に冷たくなっていくように思えたが、それはたぶん引いていた血の気が戻ったからだ。
彼女の手をそっとはがし、立ち上がった。
「え?どうすんの?」
「帰ってくれって言ってくるよ」
「いや、別に必要ないと…」
俺は彼女の言葉を手で遮った。
「ついでに言いたいことぶちまけてくるから」
こうして俺は、意を決して玄関のドアに向かった。
電気メーターで居留守確認なんて、本当にやる奴がいるんだな。
現実逃避気味にそんなことを思ってみた。
またインターホンが鳴る。またドアノブがガチャつく。
視界が揺れすぎて、目を開けていられず、ギュッとまぶたを締めた。
つんざくあらゆる音が痛くて、手のひらで耳を覆った。
なんでだ?どうしてこうなる?
せっかく安心できたのに、ようやく前を向けそうだったのに。
杏子のおかげで、立ち直れた気がしていたが、あくまで気がしていただけだけだと思い知らされる。
俺はまた、目をつむり、耳を覆っているのだから。
勘弁してくれよ。あっさりと折れたんだから、あっさりと治ってくれたっていいじゃないか。
インターホンの音が手のひらを貫通した。さすがに聞こえるはずもない彼の怒声が、脳内でこだまする。
すると、耳を覆った両手に、誰かの手が添えられた。ゆっくり、でも力強く、俺の手を耳から剥がした。
当然ながら、その手は杏子のものだ。おそるおそる開けた目に、彼女の真剣な面持ちが映る。
本当に綺麗な子だ。
ギャル特有の華美なメイクさえ、その強靭な美貌の引き立て役にしかなっていない。
杏子の顔に見惚れ、一瞬だけ音が消え、思考が凪いだ。
彼女が表情を変えず、口を開いた。
「ねえ、アタシ思ったんだけどさ」
「…なんだい?」
「岩城さん、惚れられてんじゃない?」
「はあ?」
予想外とは彼女のためにある言葉だ。
杏子はドアの方を向きながら言う。
「だって家まで来るとかさすがにでしょ?」
「た、たしかにそうだけど…」
「さっきの鬼メッセといい、やってること振られる直前のヤンデレじゃん。ワンチャンガチ恋だって。地雷系おじさん?新人類が生まれちゃってるよ」
地雷系という言葉で、ある記憶が蘇った。
あれは店長になる少し前のこと。当時の同僚に彼女ができたことを自慢された。
「お前もいい加減見つけろよー」
なんてマウントを取るほど、浮かれまくっていた同僚だったが、いたって短い春だった。
嫉妬深く、被害妄想激しめな彼女に振り回され、同僚は精魂共に尽き果てたのだ。
そして別れ話をした翌日。その彼女は、店まで乗り込んできた。
「いるんでしょ!?今日シフト入ってるのわかってるんだから!!」
ツインテールのフリルをあしらったトップスを着た若い女性は、店頭で鬼の形相で叫んでいたな。
俺ともう一人のスタッフで、必死で彼女を宥めたんだっけか。
肝心の同僚はバックヤードに引っ込み、俯き耳を塞ぎ、見猿聞か猿でやり過ごしていた。
後に、ああいう女性のことを地雷系彼女というらしいと知った。
あのときの同僚と、今の俺。そしてあの時の若い女性と、いまのAM。
思いの外しっくりと、リンクした。
あまりにしっくりきすぎたため…
「ぶほっ!」
盛大に吹き出してしまった。口から出た飛沫が目に見えるくらいに。
「じ、地雷系おじさんってwあははw」
あのガーリーな二十歳前後の女と、四十過ぎの妻子持ち男が同じことをしてると思うと、あまりにおかしかった。
「ちょっとw笑っちゃダメだってw本人は真剣なんだからさあww」
俺たちはお腹を抱えて笑い合った。
インターホンは鳴り続けているし、怒声も届いている。でも、もうその音すらもおかしかった。
杏子はひと通り笑うと、俺の頬を両手で挟んだ。
「あんなの、ただの痛いオヤジじゃん。怪物じゃないよ。だから負けんな」
動悸はいつのまにか治っていた。杏子の手が徐々に冷たくなっていくように思えたが、それはたぶん引いていた血の気が戻ったからだ。
彼女の手をそっとはがし、立ち上がった。
「え?どうすんの?」
「帰ってくれって言ってくるよ」
「いや、別に必要ないと…」
俺は彼女の言葉を手で遮った。
「ついでに言いたいことぶちまけてくるから」
こうして俺は、意を決して玄関のドアに向かった。
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