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「ひっでー顔w」
20分足らずで杏子は本当にやってきて、玄関で出迎えた俺をみて、開口一番に言った。
「だろうね」
一睡もしてない上に、さっきまでメソメソ泣いていたのだ。見るに耐えない顔をしているんだろう。
杏子は昨晩と同じく、バッチリとギャルメイクをキメている。ただし今日は私服だった。
長い足のラインを強調する細身のブラックジーンズに、ヘソがしっかり露出した白いタンクトップ?のようなものを合わせ、ダボっとした黒のパーカーを羽織っている。
どう見ても高校生には見えず、もはや下手なモデルやタレントよりもオーラがある。もっとも下手なモデルやタレントに会ったことがあるわけじゃないけど。
「とりま、いれてよ」
「ああ、どうぞ」
朝っぱらから女子高生を自室に連れ込むおっさんか…ここで急に田舎のお袋がやってきたら卒倒するだろうな。
心中で母に謝罪しながら、彼女をリビングに案内した。
「部屋きったな」
「面目ない…」
あのときは必死で忘れていたが、そもそも俺の部屋は女性をーいや仮に気心知れた男友達であっても、招ける状況じゃなかった。
さっき床にばら撒いた缶たちも、沁みたラグも、そのまんまになっているし…
「はああ、ほんとにしょうがないオッサン」
「返す言葉もないよ」
「ま、いいや、ヤルことヤリますか」
と言いつつ、杏子は羽織っていたパーカーを脱いだ。
「ウケるwヤンデレかってのw」
ソファで隣に座る杏子は、俺のスマホを見てすぐに吹き出した。
杏子の口ぶりから、やはりエリアマネージャーからの連絡が山のようにきてるらしい。
「やば、『怒ってないからすぐ連絡しろ』だってさ、ぜって~嘘のやつじゃんw」
「これとかさいこーw『お前にどれだけ時間使ってやったと思ってるんだ?』だってよ、しらねーっての」
杏子はAMもとい近藤さんからのメッセージを読み、ひとつひとつを笑い飛ばした。
すると彼女の手の中にある俺のスマホが震えた。
「うわ、うわ、うわあ」
ブルッ、ブルッと連続で震えている。着信かと思ったがそうじゃないらしい。
「マジで?」
「なんて言ってる?」
「なんか『連絡しろ』と『死ね』を交互に連投してる、この人いくつ?いまどき高校生でも、死ねなんてそう言わんよ?」
想像以上におかんむりらしい。
もしも俺一人だったら、彼から送られる言葉ひとつひとつが、ナイフのように刺さっただろう。
杏子が笑い飛ばしてくれるおかげで、なんとか苦笑を浮かべられている。
「じゃ、ブロックしちゃうねー」
「お願いします」
杏子は手際よくスマホを操作した。
「他に連絡してきそうな人とかいる?」
「えっと…」
俺は店のスタッフや顔見知りの店長の名前を挙げた。
杏子は次々とブロックし、アプリだけでなく電話帳の方も該当の連絡先を着信拒否にし、ついでに仕事用のスマホの電源も落としてくれた。
「ほい、これでもうかかってこないっしょ」
ひと通りの作業を終え、スマホを俺に返してくれた。
電話であらかたの事情を聞いた杏子は、これをやるためにわざわざ来てくれたのだ。
この程度のこと自分でやれよって話だが、いまの俺はスマホを直視することもできないのだ。
彼女がいなければ、いまだに布団を被って震えていただろう。
「ありがとう…ほんとに…」
力なく礼を言う俺を見た杏子は、かすかに眉根を顰め、立ち上がって俺の膝に跨ってきた。
後頭部が彼女の手のひらで押され、豊かな胸に顔が埋まる。
「ど、どうしたの?」
「泣いてるから」
ここでようやく、俺はまた泣いている自分に気づいた。
さっきとは違う涙だった。
痛みと嗚咽で絞り出された冷たい涙ではなく、安心に呼応した暖かな涙だった。
もう大丈夫なんだ。もうあの場所に行かなくていいんだ。
それだけのことで、こんなにも安らぎを感じられた。
「よしよし、よく頑張ったね」
杏子はそっと俺の頭を撫で、優しく囁いた。
ーー救いの女神同然だ
あのときは冗談半分だったけど、いまは本気でそう思えた。
どれくらいそうしていただろか。
ずっとこのままでさえいいと思ったが
「ピーンポーン」
不躾なインターホンの音で、慈愛のひとときは中断された。
「アタシでるよ」
と杏子は離れ、玄関に向かおうとした。
だが
「ピーンポーン!ピピピピーポーン!」
けたたましく連打されるインターホンに慄き、彼女は足を止めた。
後にガチャガチャとドアノブを回す音がした。とうぜん鍵は閉まっている。
さらに、なぎ倒さんばかりの勢いで、ガタンガタンとドアが押し引きされた。
こんな非常識な真似をしそうな人物の心あたりなんて、一つしか無い。
「おい!中にいんだろう!?とっとと出てこい!」
何度も何度も耳にした怒声が脳を直撃する。
グラグラと世界が揺れる感覚がした。
20分足らずで杏子は本当にやってきて、玄関で出迎えた俺をみて、開口一番に言った。
「だろうね」
一睡もしてない上に、さっきまでメソメソ泣いていたのだ。見るに耐えない顔をしているんだろう。
杏子は昨晩と同じく、バッチリとギャルメイクをキメている。ただし今日は私服だった。
長い足のラインを強調する細身のブラックジーンズに、ヘソがしっかり露出した白いタンクトップ?のようなものを合わせ、ダボっとした黒のパーカーを羽織っている。
どう見ても高校生には見えず、もはや下手なモデルやタレントよりもオーラがある。もっとも下手なモデルやタレントに会ったことがあるわけじゃないけど。
「とりま、いれてよ」
「ああ、どうぞ」
朝っぱらから女子高生を自室に連れ込むおっさんか…ここで急に田舎のお袋がやってきたら卒倒するだろうな。
心中で母に謝罪しながら、彼女をリビングに案内した。
「部屋きったな」
「面目ない…」
あのときは必死で忘れていたが、そもそも俺の部屋は女性をーいや仮に気心知れた男友達であっても、招ける状況じゃなかった。
さっき床にばら撒いた缶たちも、沁みたラグも、そのまんまになっているし…
「はああ、ほんとにしょうがないオッサン」
「返す言葉もないよ」
「ま、いいや、ヤルことヤリますか」
と言いつつ、杏子は羽織っていたパーカーを脱いだ。
「ウケるwヤンデレかってのw」
ソファで隣に座る杏子は、俺のスマホを見てすぐに吹き出した。
杏子の口ぶりから、やはりエリアマネージャーからの連絡が山のようにきてるらしい。
「やば、『怒ってないからすぐ連絡しろ』だってさ、ぜって~嘘のやつじゃんw」
「これとかさいこーw『お前にどれだけ時間使ってやったと思ってるんだ?』だってよ、しらねーっての」
杏子はAMもとい近藤さんからのメッセージを読み、ひとつひとつを笑い飛ばした。
すると彼女の手の中にある俺のスマホが震えた。
「うわ、うわ、うわあ」
ブルッ、ブルッと連続で震えている。着信かと思ったがそうじゃないらしい。
「マジで?」
「なんて言ってる?」
「なんか『連絡しろ』と『死ね』を交互に連投してる、この人いくつ?いまどき高校生でも、死ねなんてそう言わんよ?」
想像以上におかんむりらしい。
もしも俺一人だったら、彼から送られる言葉ひとつひとつが、ナイフのように刺さっただろう。
杏子が笑い飛ばしてくれるおかげで、なんとか苦笑を浮かべられている。
「じゃ、ブロックしちゃうねー」
「お願いします」
杏子は手際よくスマホを操作した。
「他に連絡してきそうな人とかいる?」
「えっと…」
俺は店のスタッフや顔見知りの店長の名前を挙げた。
杏子は次々とブロックし、アプリだけでなく電話帳の方も該当の連絡先を着信拒否にし、ついでに仕事用のスマホの電源も落としてくれた。
「ほい、これでもうかかってこないっしょ」
ひと通りの作業を終え、スマホを俺に返してくれた。
電話であらかたの事情を聞いた杏子は、これをやるためにわざわざ来てくれたのだ。
この程度のこと自分でやれよって話だが、いまの俺はスマホを直視することもできないのだ。
彼女がいなければ、いまだに布団を被って震えていただろう。
「ありがとう…ほんとに…」
力なく礼を言う俺を見た杏子は、かすかに眉根を顰め、立ち上がって俺の膝に跨ってきた。
後頭部が彼女の手のひらで押され、豊かな胸に顔が埋まる。
「ど、どうしたの?」
「泣いてるから」
ここでようやく、俺はまた泣いている自分に気づいた。
さっきとは違う涙だった。
痛みと嗚咽で絞り出された冷たい涙ではなく、安心に呼応した暖かな涙だった。
もう大丈夫なんだ。もうあの場所に行かなくていいんだ。
それだけのことで、こんなにも安らぎを感じられた。
「よしよし、よく頑張ったね」
杏子はそっと俺の頭を撫で、優しく囁いた。
ーー救いの女神同然だ
あのときは冗談半分だったけど、いまは本気でそう思えた。
どれくらいそうしていただろか。
ずっとこのままでさえいいと思ったが
「ピーンポーン」
不躾なインターホンの音で、慈愛のひとときは中断された。
「アタシでるよ」
と杏子は離れ、玄関に向かおうとした。
だが
「ピーンポーン!ピピピピーポーン!」
けたたましく連打されるインターホンに慄き、彼女は足を止めた。
後にガチャガチャとドアノブを回す音がした。とうぜん鍵は閉まっている。
さらに、なぎ倒さんばかりの勢いで、ガタンガタンとドアが押し引きされた。
こんな非常識な真似をしそうな人物の心あたりなんて、一つしか無い。
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グラグラと世界が揺れる感覚がした。
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