黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

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「なんつーかさあ」

俺の話を聞いた杏子は、チョコパフェの底にあるフレークを引っ掻きだしながら言った。

「もしや助けない方が良かったまである?」

「身もふたもないこと言わんでくれ」

「辞めようとか思わんの?」

「思わなくもないけど…」

「けど?」

「あっさり辞めさせてくれるとも思えないしなあ」

「そーいうのを代わりにやってくれる会社とかなかったっけ?」

「退職代行のこと?」

「それそれ、使えばいいんでない?それともめっちゃ高いとか?」

「いや、3万前後で済むと思うけど」

「私の『お小遣い』より少ないね」

「儲かってんなあ」

「まーねん」

杏子は得意げに鼻をならす。

たしかに彼女なら10万払ってもいいという男はいくらでもいそうだ。

「使ったところで、実際には辞められないとか?」

「っていうわけでもないらしい。利用して辞めたっていう知り合いもいるし、仮に辞められなかったとしても返金保証が…」

言い終える前に言葉を詰まらせた。杏子がなぜか口をムズムズさせて、笑いを堪えていたからだ。

「どうしたの?」

「めっちゃ詳しいなと思ってw」

顔がカッと熱くなる。杏子はとうとう吹き出した。

「あははwなんだかんだで、辞めたい気まんまんなんじゃんw」

彼女は手を叩いて笑った。俺もつられて笑った。

夜な夜なスマホを開いて、退職代行のサイトを食い入るように眺めていたこともある。

利用した知り合いに、あれこれ聞いたこともある。

ひどく後ろ向きな姿勢に思え、自分で辟易して、結局行動にはうつさなかったけど。

だが今の俺からすれば、まだあの頃はまだ前を向いていたんだなと思う。

「失礼します。ラストオーダーとなります」

先ほどの店員さんがやってきて告げる。

俺は視線で彼女に促すと、杏子は首を振った。

「だいじょぶでーす。もう出ますんで」

店員さんは疲れを滲ませながらも、柔らかな笑みをおくり、一礼して去った。

「ねえ、明日は仕事?」

「…まあね」

「行けんの?」

「どうだろう…」

後頭部を見えない手に押されるような感覚がした。

そう、明日も仕事に行かなければならない。

いつものように朝6時半に起きなければならない。

そして、いつものように、7時半の電車に乗らなければならない。

言い淀む俺に、杏子はスッと手を差し出した。

「スマホ貸して」

「へ?」

「いいから貸して」

言われるがまま、スマホをスーツの胸ポケットから出し、ロックを解除して彼女に手渡した。

受け取った杏子は、自分のスマホを取り出した。

一瞬香水の瓶を取り出したように見えたが、そういうモチーフのスマホカバーらしい。

2つのスマホを見比べながらポチポチと打ち込み、俺に返した。

画面を見ると、斜め上から自撮りしたと思われる彼女のアイコンの下に、「あんず」と平仮名で表記されたアカウント名があった。

「明日の朝、電話でもメッセでもいいから連絡してよ」

「いいけど、どうして?」

「生存確認くらいはしときたいじゃん」

杏子は真面目な顔で、俺を見据えた。思わず、笑いが漏れてしまう。

「ほらね」

「なにが?」

「やっぱり『良い子』じゃないか」

「ウザッ」

「そろそろ出ようか」

と伝票を持って席を立った。杏子もカバンを持って立ち上がった。

そのついでに、意趣返しとばかりに、彼女の蹴りが俺の尻に刺さる。

「いてっ!?」

「ちょーしのんなし」

そうは言われても、やっぱり良い子だし、可愛いと思ったもんは仕方ない。

俺はギリ終電に間に合いそうなので駅に戻ることにし、杏子はタクシーで帰るというのでファミレス前で別れた。

「連絡しなよ、約束だかんね」

「うん、わかったよ。本当にありがとう」

別れ際に念をおされ、背を向けて、ノロノロと歩き始めた俺は、5メートルほど進んだところでなんとなく振り向いた。

杏子は、まだ俺を見ていた。俺と目が合っても、何も言わず、手を振ることもなく、ジッと見ていた。

俺が遠慮がちに手を振ると、ようやく胸の前で小さく振り返した。

なんとなく、大丈夫な気がした。だから、きっと大丈夫なんだ。

一度死んだようなもんなんだから、生まれ変わったつもりで、明日からまた頑張ろう。

大丈夫、きっと、大丈夫。
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