卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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本編1

罪つくりな美少女はお好きですか?

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あれからも、ゆう莉の状況は特に変わることはなかった。

相変わらず、クラスでは孤立している。心なしか、椎名が彼女を見る目に怯えがあるように感じるが、しいてあげるなら変化はそれくらいだ。

いや、もう一つ、正しくはもう一人、変わったことがあった。

「それでさあ、渚叔母さんにこっぴどく叱られてね」

「でも仕方なくない?徹夜明けだったわけだしい」

昼休み、ゆう莉はいつものように、造と一緒に昼食をとっていた。

今日のメニューはお手製のサンドイッチだ。

シンプルなハムサンドとタマゴサンド、からしのよく効いたコールスローサラダは、どれも丁寧に作られている。

シャキッとした歯ごたえのレタスの食感にほころびつつ、ゆう莉は造に他愛いない話を延々と喋っていた。

いつもどおりといえば、いつもどおりなのだが…

「ねえ、聞いてんの?」

「聞いてます。徹夜明けだったんですよね」

「……」

「なにか?」

「最近変じゃない?」

「変?というと?」

「なーんか、違う」

「気のせいだと思います」

「ふーん」

ゆう莉は不満げに目を細める。

変化があったのは造の態度だった。

といっても毎日昼食を持ってきてくれるし、部屋の掃除や料理も変わらずにこなしてくれてはいる。

なにがどう変わったのか、ゆう莉はあらためて考えた。そしてすぐに思い立った。

「わかった!」

「え!?」

ゆう莉は右隣に座る造の頰を両手ではさみ、無理やり自分の方に向けた。グキッと首がなった造は、痛みに顔をしかめた。

「目が合ってないんだ」

「そんなことは…」

「いーや、絶対にそう!もともと合わせない方だけど、最近は特にそう!」

「たまたま…です…よ?」

「たまたまあ?それにしては…」

ゆう莉の言葉が途切れた。具体的になにがあったわけじゃない。

ただ、久々に造の顔をまじまじと見つめ、視線を交わし、彼のほおに恥じらいの色が浮かんだ、それだけだった。

ただそれだけのことで、なぜかゆう莉の方も動揺し、手を離して顔を背けたのだ。

感情の機微に聡いゆう莉が、なぜか造の態度の変化の理由に気づけないでいる。なにが彼女の洞察力を鈍らせているのかも、気づけないでいた。

たおやかでありながら、わずかに張りをもった沈黙が降りる。

ここ最近、調子が狂っているとゆう莉は実感した。何かに縛られているように思え、なおかつそれが嫌ではない。

「はあ、やっぱりなあ」

「なにがでしょう?」

「なんかこう、不自由な気がする」

「そうですか」

「ひとごとみたいに言わないの。責任とって君も一緒に考えろ」

造は真面目に考えを巡らせた。たどり着いた答えは、やや無責任なものだった。

「それも書いてみては?」

「はあ?」

「卯月先輩が不自由するなんて、そうそうないことなんですから、せっかくなので取り入れてみてはどうでしょう?」

造の答えに、ゆう莉は目を丸くした。なんとも意外なことに、その発想はなかったのだ。

こともあろうに、小説家でも編集者でもない造に指摘されたことに、ゆう莉は歯ぎしりした。

その怒りは、理不尽にも造に向かう。

「えい」

「いふぁいでふ」

「ほっっっっとうに生意気になったよなあ!少年!」

ゆう莉は造の頰をいつも以上に強くつまんだ。造は顔を歪め、痛みにじっと耐える。

その顔を見て、ほんの少しゆう莉は溜飲が下がり、手を離した。

「それとさあ、約束忘れてない?」

「約束?」

「ゆう莉って呼んでって…言ったじゃん」

造が卯月先輩と言っていたのを、ゆう莉は聞き逃さなかった。

造は顔を背け、咳払いをひとつした。

「失礼しました」

「誰に謝ってるの?」

「…ゆう莉先輩に」

「んー?なんて?」

「聞こえたでしょう?」

「聞こえたけどもう一回聞きたいの。ほらほら、サンサンニイニイイチイチキュウ!アクト!」

ゆう莉はようやく調子を取り戻し、いつものごとく罪つくりに、造をからかった。

だがその光景は、側からはイチャついているようにしか見えないことを、二人は気づいていない。

そして災難なことに、そんな二人を目にし、呆れ混じりのため息をつく人物がいた。

「はあ、なんだかなあ」

「うわああ!」

背後から声がかかり、ゆう莉は脅声を出しながら振り向き、造は表情が固まったまま無言でゆっくりと振り向いた。

そこには鈴木輝亜羅すずききあらがいた。

「ど、どの辺から聞いてたんですか?」

おそるおそる問いかける造に輝亜羅は、わざとらしくモジモジとした態度を見せながら答えた。

「ゆう莉って呼んでって…言ったじゃん」

やや高めの声を作り、クネクネと身をよじらせつつ、輝亜羅はさきほどのゆう莉のセリフを再現する。

「そんなクネクネしとらんし!」

「いや、実はそこまでやりすぎてないんだよね」

「っていうか、普通に話しかけてよ!」

「なら話しかけやすい空気でいろっての」

ガヤガヤと言い合う二人を尻目に、造は平静を取り戻したようで、もう一つ質問した。

「ところで、何か用でしたか?」

輝亜羅は造の方をむき、ほんの少し口元を引き締め、手に持っていたコンビニの袋を掲げた。

「アタシも…いっしょに食べていい…かな?」

造は目を丸くした。

ゆう莉も驚きであんぐりと口を開けたが、それも一瞬のことで、すぐにパッと咲いたように笑った。

「もっちろん!一緒に食べよ!」

輝亜羅の口元が、肩が、握っていた拳が、一瞬にしてほどけた。

造は左により、ゆう莉は右により、ベンチの真ん中の席を空ける。

席に着いた輝亜羅に、ゆう莉がグイッと顔を近づけ、目を覗き込んだ。

「なんで私に声かけたの?」

「はあ!?」

「気まずいよね、気まずかったよね?っていうか他の子達の目とか気になるよね?なのにそれを踏み越えてここにきたってことは、なんかあったってこと?」

「あんたのそれなんなの!?マジで怖いんだけど!」

ドン引きする輝亜羅。そんな彼女を憐れみつつも、苦笑するしかない造

「ねえ、教えてよ」

卯月ゆう莉は、想像と創造の世界の女王であり

「いまどんな気持ち?」

狡猾で、ある意味では純粋で、罪つくりな魔女である。

【第1部 完】
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