卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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本編1

戦神の御前で

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2ーAはエゴイストな生徒ばかりなのかもしれない。

造はそう思わざるを得なかった。ゆう莉も輝亜羅も、人の都合をあまり顧みない性格をしている。

そして造はいま、三人目のエゴイストに捕まってしまったのだった。

「わりいね、どうしても話したいことがあってさ」

「はあ」

通学路の外れ。寂れた小さな神社の御社殿のまんまえ。笑いながら話し始める椎名に、造は生返事をかえした。

5分ほど前のこと。

学校終わり、家に戻って着替えを済ませた造は、例によってゆう莉の家に向かおうとしていた。

そのさい、駅前のコンビニに寄って飲み物を買った。いつもは水筒を持参するが、常備しているパックの麦茶が切れてしまい、やむなくペットポトルで代用することにしたのだ。

そんな小さな偶然が、二人を引き合わせた。

コンビニの自動ドアをくぐると、駅に向かう途中の高校生四人組と遭遇した。

「あ」

と思わず声をあげたのは造のほうだった。彼ら彼女らの中に輝亜羅がいたからだ。

輝亜羅も気づいたようで、造には聞こえなかったが、小さく声をあげたように、口をわずかに開いた。別れ際が別れ際だっただけに、気まずい空気が流れる。

だからこそ、椎名も作業服姿の造に気づいたのだろう。そして意外なことに、椎名の方から造に親しげに話しかけてきた。

「お!神崎…くん…だっけ!?」

「はい、どうも」

「なにその格好?一瞬わかんなかったわw」

「実家が便利やで、そこのバイトです」

「へー、えらあ」

椎名は興味深そうに、造の作業服を眺めた。

「じゃあ、これで」と去ろうとした造の腕を、椎名がつかんで引き止めた。思いのほか強く握られ、ひそかに顔をしかめる。

「ちょっと時間ある?ほんの5分だけ」

「いや、これからバイトで…」

「ほんとマジですぐおわっから、付き合ってよ!みんな先行ってて、あとで追いかけるからさ」

椎名は造の腕を掴んだまま、引きずるように歩きつつ、クラスメートたちに手を振った。

こうして、ひとけのない神社まで連行されたのである。



黒ずんだ木で作られた御社殿から、鈍く色褪せた鳥居までのびる、苔まみれの細い石畳の通路を挟み、二人は向かい合っていた。

「それで、何の用でしょう?」

造は椎名に問いかけた。

「正直に教えて欲しいんだけどさ」

椎名は頭をかき、目線を斜め下に落としながら切り出した。

「ゆ…卯月とはどんな感じ?」

造は小さくため息をつきつつ答えた

「どんな感じというと、付き合ってるとかいないとかですか?」

「まあ、そうだな」

「付き合ってません」

「マジで?毎日のように一緒に手作り弁当食ってんのに?」

「ええ、付き合ってません」

「俺に気い使ってるとかじゃなく?」

「そこまで気遣うほど、椎名先輩とは親しくないので」

「ズバッというねw」

「話はそれだけですか?」

「いや…付き合ってないなら、ちょっと言わせてくれ」

椎名はようやく真面目な顔をし、造をまっすぐ見据えた。

「あいつはやめとけ」

「は?」

「卯月のこと好きなんだろ?でもさ、悪いこといわねえからやめときなって」

椎名は石畳を越え、造に近づき、その肩に手を置いた。

「わかるよ、卯月って男に気い持たせんのうめえからさ、ついイケそうな気がしちまうんだよな」

「でもそれで何人もの男がこっぴどく振られてんだぜ?つまりまあ、そういう女なんだよ」

椎名の目は、真っ暗で虚ろに沈みながらも、瞳の奥に鈍い輝きを宿している。

表面の輝きの奥に、深淵をたずさえたゆう莉の瞳とは、正反対の様相だった。

「まいにち健気に弁当もってくるお前のこと見てたらさ、かわいそすぎてキツイんだよ」

「ほんと、これはマジ、あいつはお前の手には負えねえからさ」

椎名は口だけで笑い、造にまくしたてる。

造は肩に置かれた手を、そっとどかした。

「椎名先輩の手にも負えなかったから、俺にも無理だと?」

椎名は唇の片側だけ引っ張られたように、笑みを歪ませた。

ほんのわずか、二人の間に沈黙が降りる。

石畳に落ちていた枯葉が、質感を持たない弱々しい風にあおられ、カラカラと乾いた音を立てながら舞う。

椎名はこの神社を、ただ単にひとけのない場所として選んだ。

造はここに神社があることは知っていても、中に入ったこともない。

だから、この神社が経津主神ふつのぬしかみというを祀っていることを、二人は知らない。

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