卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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本編1

影絵

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2ーAの生徒たちの視線は、台風の目となっている少女から、そんな彼女のもとにわざわざやってきた下級生の少年に集まった。

あからさまにジロジロ眺める者もいれば、気にしてない風を装いながらも、チラチラと目を配せる者もいる。

突然やってきた造を、ゆう莉はポカンと見上げた。

「どしたの?」

「一緒に昼飯でもどうですか?」

造は手に持っていた弁当箱を見せた。

青いハンカチに包まれた箱と、赤いハンカチに包まれた箱が二つ重なっている。

「もしかして、片方はわたしの分だったりする?」

「はい、いちおう」

微かに、だが確実に、教室にザワッと驚声の波が打ち寄せた。

「あ、ありがと、外で食べよっか」

「ええ」

二人は揃って教室を出て、廊下を歩く。

「気にしないでいいって言ったのに…」

拗ねたような声音で、造の背中に声をかけた。

「はい、言われました」

「じゃあどうして?」と問いかけようとしたゆう莉だったが、続く言葉で蓋をされた。

「つまり、ってことですよね」

「…」

生徒たちで賑わう廊下に、少し前より低くなった空から、柔らかな陽が差し込んだ。

教室がわの壁に、二人のシルエットが映る。

その影絵のなかでは、ゆっくりと歩く背高のっぽな少年のあとを、胸をそっとおさえた少女が追いかけていた。


中庭のベンチに二人は腰かけた。

正確にいうなら、腰かけたのは造だけで、ゆう莉は彼の前に仁王立ちしている。

「なにか?」

造の目の前にゆう莉の小さな拳が差し出される。

その瞬間、造のおでこの中心がバシッと弾けた。

「…?いたいです」

「いったあ!!ならもう少し痛そうな顔しなよ!この石頭!!」

ゆう莉はデコピンした中指を労るように抑えつつ、理不尽な怒りをぶつけた。彼女の指の方がダメージが大きいらしい。

「なに怒ってるんです?」

「生意気な後輩に、ヤキ入れてやったんだよ!」

妙なテンションのゆう莉に、造は首を傾げつつ、赤いハンカチに包まれた弁当を差し出した。

「とりあえず、食べましょうか」

「……いただきます」

ゆう莉は大人しく造の隣に腰かけた。

唐揚げと卵焼きがメインのシンプルな弁当を、二人は黙々と食べ始めた。

気まずさの入り込む余地のない、たおやかな沈黙が二人を包む。

ただ作った側の常で、相手の反応が気になった造は、チラリとゆう莉に視線を向け、僅かに目を見開いた。

ゆう莉はしとしと泣いていた。

それでも、箸を止めることなく、大きめの唐揚げを一口で頬張る。

造はハンカチを渡しながら言った。

「何度も言いますが、泣くくらいなら、普段からまともなモノを食べてください」

しれっと惚ける造の態度に、ゆう莉は泣き笑いの表情をみせ、ハンカチを受けとった。

「へへ、始まったよ」

「なにか言いました?」

「べーつにー、なんでもないよー」

ここにきて、お約束に興じる造とゆう莉。

「ありがと」

ゆう莉はハンカチを目元にあてながら小さくお礼を言った。何に対しての礼かは言わなかった。


弁当を食べ終えた二人は、しばらくのあいだは黙ったまま宙を眺めていたが、唐突にゆう莉が口を開いた。

「ママのこと、渚叔母さんから聞いたって?」

「はい」

「だから、今日うちのクラスに来たの?」

造の視界の端に映るゆう莉の顔には、同情は侮辱だと書いてあった。

彼は前を向いたまま正直に答えた。

「いいえ、むしろ話を聞いて助けなんて不要なんじゃないかって思ったくらいです」

「じゃあ、どうして?」

「理由なんていります?」

「知りたいの。どんな気持ちで、私を助けようとしているの?」

脳裏に父の薬指に残る円環の跡がよぎる。

「呪われたくなかったから…ですかね」

ゆう莉はキョトンとなったあと、わずかに吹き出した。

「ふふ、ふふふふw、何それ?」

話しながら、クスクスと笑いが止まらなくなったゆう莉。

理解できたはずもないが、詳細を尋ねることはなかった。

「絵に描いたような利他主義者アルトゥリストの君にしては、ずいぶんと利己主義的エゴイスティックな答えですこと」

言葉とは裏腹に、非難の色はなく、むしろ面白がっているのが見てとれた。

「らしくないことをしてる自覚はあります」

「ほんとに、らしくないね…」

ゆう莉は足をくみ、膝の上に肘を乗せて頬杖をつき、皮肉げな笑みを滲ませた声で続けた。

「だれの影響受けたんだかねえ?」

答えがわかりきった問いに、造の顔は自然と緊張が緩んだ。

「さあ、誰でしょうね」

「…」

不自然な沈黙が返ってきて、造はゆう莉に顔を向けた。

ここで二人の視線は十数分ぶりに交差する。

ゆう莉は、かのように、口をポカンと開け、目を丸くしていた。

なにか言おうとした造だったが、これまで二人の間に生じたことのない、謎の緊張感に戸惑い、口をつぐんだ。

なにひとつ語らず、視線を絡ませること、数秒。

先に目を逸らしたのは、ゆう莉だった。

籠った熱を冷ますように秋風がフワッと吹いた。

中庭にある数本の木が、風に煽られザワザワと音を立てる。

一階の窓を誰かが開けたらしく、女子生徒たちの嬌声が流れ出てきた。

そんな音々に、紛れこませるように、ゆう莉はポソリと呟いた。

「そこで笑うのは、ズルいだろ…」
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