卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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本編1

不穏な兆し

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「これ一杯で牛丼並みのカロリーなのか…」

ゆう莉は、手の中にあるラテを見つめながら、しみじみと呟く。

「なら素直に牛丼食べたいですね」と目の前に座る造は、アイスコーヒーを啜りながら答えた。

「身も蓋もないこと言うなよ」

「まあそれでも卯月先輩が普段口にしてるものに比べればまだマシな…」

「あー!あー!聞こえませーん!」

またお説教が始まりそうな雰囲気を、ゆう莉は耳を塞いで対処した。

学校近くにあるカフェチェーンの店内は、放課後ということもあって、制服姿の客が多い。

造からは、奥の席に座るゆう莉のクラスメートと思しき数名の女子生徒が見えた。

彼女たちからチラチラと送られる視線が、なんとなく不快だった。

「ところでさあ、最近おもしろい映画あった?」

ゆう莉はワクワクした表情で、造に水を向けた。

映画は造の数少ない趣味の一つで、知識面でゆう莉に勝る唯一のカルチャーでもあった。

造は最近観たなかで一番良かった映画のタイトルを告げる。

「聞いたことなーい、どんな話?」

「家族の中で唯一耳が聞こえる女の子の話です」

ゆう莉が身を乗り出し、目線で続きを促した。

造は丁寧にあらすじを話す。

「どんなところが良かったの?」

「へえ、どうして?」

「なるほどね、通の目線って感じ」

「からかってないよお、そういう見方、けっこう好きだよ」

「造くんの薦める映画ってハズレ無いからいつも助かるよ」

いつものように、彼女の目はキラキラしていた。

うっかりすると、自分が彼女にとって特別な存在になれた気がしてしまうほど、純粋で強烈な輝きだ。

でも造は知っている。

ゆう莉の関心に、愛だの恋だのという成分は少しも含まれていないことを。

造の話も、あるいは造自身も、彼女にとってはある種の養分でしかないのだ。

「予告動画はまだ公開されていると思いますよ」

造はその瞳から逃れるように、理由をつけてスマホに視線を落とした。

「マジ?みたいみたい!」

造は検索した動画をゆう莉に観せるためスマホを差しだそうとしたが、その前にゆう莉が立ち上がった。

そして造の隣に自分の椅子を運んで腰をおろし、彼のスマホに顔を近づけた。

「お!ヒロイン可愛い!しかも歌ってる?」

「この子が音大を目指す話なので…」

「聴きたい聴きたい!イヤホン繋げて!」

造はポケットから有線のイヤホンを出して繋げ、ゆう莉にわたした。

「サンキュ」

ゆう莉は当たり前のように片方だけ自分の右耳につけ、もう片方を造にわたした。

ーー別に両方使ってくれて良かったんだけど…

造は戸惑いながらも、自分の左耳にイヤホンをつける。

二人の顔がグッと寄りあう。

肩同士がかさなり、体温が伝わる。ゆう莉の髪がかすかに頬を撫でる。

あらゆる感触が、造を落ち着かなくさせた。

ーーだから、こういうところですよ

いつかと同じセリフを造は内心で独りごちた。

ふと顔を上げると、先ほどのゆう莉のクラスメートたちが、トレイやゴミを持って歩いてくるのが見えた。

気まずさで、造は再び視線を落とした。

「ヤリマン」

彼女たちが二人のテーブルをとおりすぎた瞬間、造の耳に不穏な言葉が届いた。

間違いなく、すれ違いざまに彼女たちの誰かが放った言葉である。

造はゆう莉を見た。彼女はスマホに視線を向けたままだ。

聞こえなかったのかもしれないと造が思いかけたところで、ゆう莉は苦笑混じりに言った。

「どうせなら、ビッチの方が良かったなあ」

「…どちらも同じ意味では?」

「ビッチの方が語感に愛嬌があるじゃん」

あっけらかんと告げるゆう莉。

気にしていないのか、そう見えるだけなのか、造にはわからない。

わからないことが、どうしようもなく悔しかった。
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