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本編1
高校デビュー成功者の栄光と挫折
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名は体をあらわすという言葉があるが、2年A組の鈴木輝亜羅にいたっては、体どころか人生をあらわしていた。
小、中学校時代の輝亜羅は、苗字の平凡さにふさわしい毎日を送っていた。成績は普通より少し上、友人は多からず少なからず、恋や愛については憧れを友人たちで共有するのみにとどまった。
このときの彼女は家族やごく一部の親しい友人をのぞいて、大概の人から「鈴木」とか「鈴木さん」とかで呼ばれていた。
しかし、いや、だからこそ高校生活は名前のキラメキに見あった毎日を送りたいと輝亜羅は願った。願うだけでなく努力もした結果、おおむね彼女の挑戦は成功したと言えるだろう。
いまや彼女は多くの人から「輝亜羅」とか「輝亜羅ちゃん」と呼ばれ、派手な総柄リュックをしょって登校してもごく自然と受け入れられ、洋楽のラブソングの歌詞を教材にした英語教師に対し「それってもしかして奥さんとの思い出の曲?」などと授業中に発言しても、きちんと笑いで収まるような少女になった。
そして同じクラスの椎名という男子生徒を好きになった。
椎名に対する恋心に、高級ブランドのショウケースを眺める気持ちがいくぶんあったことは否めない。なにせ彼女は、もう眺めるだけでなく、手が届く立場になったのだ。
しかし、輝亜羅にとって重大かつ致命的な問題があった。椎名の方にその気がないという、薄々感づいていた問題が現実味を帯びたのは、夏休み直前の放課後でのことだった。
「最近さ、卯月といい感じなんだよね」
学校帰り、珍しく椎名から二人で話したいと言われ、入念に髪とメイクを直したうえで放課後の街に繰りだし、定番のカフェに入り、テーブルについてからの第一声がこれだった輝亜羅の気持ちは、想像にかたくない。
彼の意中の相手が卯月ゆう莉であることが、なおさら彼女の心を抉った。
ゆう莉に対し、輝亜羅は複雑な思いを抱いていた。苦手意識があった。あるいはコンプレックスを刺激されていた。
仲良くしてみようかと思った時期もあるが、体育祭の放課後練習を「続きが気になる本があるからパス」と悪びれずに言ったゆう莉を見て、一生相容れない存在であることを悟ったのだった。
本気なんだと熱に浮かされたように話す椎名に対し、輝亜羅は頼れる女友達として、健気に応援する姿勢を見せつつも、彼にアドバイスを求められたときは大きく的を外した助言をおくり、さりげなくゆう莉の悪い噂をつたえ、同性の視点という説得力を利用した、ゆう莉のネガティブキャンペーンに精をだした。
そんな彼女の努力も徒労に終わることになった。夏休み明けに輝亜羅を含む仲良し数人の男女が椎名に呼び出され、彼の一大決心を聞かされた。
「ゆう莉に告白するから、協力してくれ」
彼の言う協力がどんなもので、どんな結末を迎えたかについては、言うまでもないだろう。ちなみにだが、フライング気味にクラッカーの紐を引き、虚しい音を廊下に響かせた張本人が、なにをかくそう鈴木輝亜羅である。
だがこれは彼女にとってチャンスとも言えた。あの日から学校に来れなくなった椎名に、輝亜羅はマメに連絡をとろうとした。
だがメッセージの返信はそっけなく、いつ学校に来るのかもはっきりせず、とうとうそっけない返信さえもなくなったところで、痺れを切らした輝亜羅は電話で直接話そうとした。
なんどもなんどもかけ、ようやく椎名は輝亜羅からの着信に通話ボタンを押したのだった。
輝亜羅は、あくまでも彼を心配する友人として、熱心に語りかけた。チャンスだと思う一方で、本気で心配する気持ちもあったからだ。
輝亜羅にとっての最大の誤算は、椎名の負った傷が想像以上に深く、人としての品位を蝕むほど膿んでいたことだった。
「そんな健気なふりしても、お前と付き合うことはねえから」
イライラが限界に達した椎名は冷たく告げた。輝亜羅は電話越しに絶句し、危うくスマホを地面に落としかけた。
「はあ!?何言ってんの?」泣き出しそうになりながらも懸命に彼女は応戦した。
「いやいや、みんな知ってるし、失恋したての今がチャンスとか思っちゃった感じ?」
いうなれば、ただの八つ当たりだった。普段の彼はこんな物言いはしない。
このあと、電話を切った椎名は、大事な友達にひどいことを言ってしまったことを激しく後悔することになった。
輝亜羅も輝亜羅で、繊細で虚しい男心を察する余裕は無かった。自分の気持ちを嘲笑まじりに一蹴されたことに、自分の人生が丸ごと笑われたような気さえした。
激しい羞恥はやがて激しい怒りを連れてきた。
しかしその怒りをまっすぐ椎名本人に向けられない程度には、彼女の恋は盲目的で、理不尽で、脈絡がないものだった。
だから、その怒りは、輝亜羅にとっては必然的に、卯月ゆう莉に向かうのだった…
小、中学校時代の輝亜羅は、苗字の平凡さにふさわしい毎日を送っていた。成績は普通より少し上、友人は多からず少なからず、恋や愛については憧れを友人たちで共有するのみにとどまった。
このときの彼女は家族やごく一部の親しい友人をのぞいて、大概の人から「鈴木」とか「鈴木さん」とかで呼ばれていた。
しかし、いや、だからこそ高校生活は名前のキラメキに見あった毎日を送りたいと輝亜羅は願った。願うだけでなく努力もした結果、おおむね彼女の挑戦は成功したと言えるだろう。
いまや彼女は多くの人から「輝亜羅」とか「輝亜羅ちゃん」と呼ばれ、派手な総柄リュックをしょって登校してもごく自然と受け入れられ、洋楽のラブソングの歌詞を教材にした英語教師に対し「それってもしかして奥さんとの思い出の曲?」などと授業中に発言しても、きちんと笑いで収まるような少女になった。
そして同じクラスの椎名という男子生徒を好きになった。
椎名に対する恋心に、高級ブランドのショウケースを眺める気持ちがいくぶんあったことは否めない。なにせ彼女は、もう眺めるだけでなく、手が届く立場になったのだ。
しかし、輝亜羅にとって重大かつ致命的な問題があった。椎名の方にその気がないという、薄々感づいていた問題が現実味を帯びたのは、夏休み直前の放課後でのことだった。
「最近さ、卯月といい感じなんだよね」
学校帰り、珍しく椎名から二人で話したいと言われ、入念に髪とメイクを直したうえで放課後の街に繰りだし、定番のカフェに入り、テーブルについてからの第一声がこれだった輝亜羅の気持ちは、想像にかたくない。
彼の意中の相手が卯月ゆう莉であることが、なおさら彼女の心を抉った。
ゆう莉に対し、輝亜羅は複雑な思いを抱いていた。苦手意識があった。あるいはコンプレックスを刺激されていた。
仲良くしてみようかと思った時期もあるが、体育祭の放課後練習を「続きが気になる本があるからパス」と悪びれずに言ったゆう莉を見て、一生相容れない存在であることを悟ったのだった。
本気なんだと熱に浮かされたように話す椎名に対し、輝亜羅は頼れる女友達として、健気に応援する姿勢を見せつつも、彼にアドバイスを求められたときは大きく的を外した助言をおくり、さりげなくゆう莉の悪い噂をつたえ、同性の視点という説得力を利用した、ゆう莉のネガティブキャンペーンに精をだした。
そんな彼女の努力も徒労に終わることになった。夏休み明けに輝亜羅を含む仲良し数人の男女が椎名に呼び出され、彼の一大決心を聞かされた。
「ゆう莉に告白するから、協力してくれ」
彼の言う協力がどんなもので、どんな結末を迎えたかについては、言うまでもないだろう。ちなみにだが、フライング気味にクラッカーの紐を引き、虚しい音を廊下に響かせた張本人が、なにをかくそう鈴木輝亜羅である。
だがこれは彼女にとってチャンスとも言えた。あの日から学校に来れなくなった椎名に、輝亜羅はマメに連絡をとろうとした。
だがメッセージの返信はそっけなく、いつ学校に来るのかもはっきりせず、とうとうそっけない返信さえもなくなったところで、痺れを切らした輝亜羅は電話で直接話そうとした。
なんどもなんどもかけ、ようやく椎名は輝亜羅からの着信に通話ボタンを押したのだった。
輝亜羅は、あくまでも彼を心配する友人として、熱心に語りかけた。チャンスだと思う一方で、本気で心配する気持ちもあったからだ。
輝亜羅にとっての最大の誤算は、椎名の負った傷が想像以上に深く、人としての品位を蝕むほど膿んでいたことだった。
「そんな健気なふりしても、お前と付き合うことはねえから」
イライラが限界に達した椎名は冷たく告げた。輝亜羅は電話越しに絶句し、危うくスマホを地面に落としかけた。
「はあ!?何言ってんの?」泣き出しそうになりながらも懸命に彼女は応戦した。
「いやいや、みんな知ってるし、失恋したての今がチャンスとか思っちゃった感じ?」
いうなれば、ただの八つ当たりだった。普段の彼はこんな物言いはしない。
このあと、電話を切った椎名は、大事な友達にひどいことを言ってしまったことを激しく後悔することになった。
輝亜羅も輝亜羅で、繊細で虚しい男心を察する余裕は無かった。自分の気持ちを嘲笑まじりに一蹴されたことに、自分の人生が丸ごと笑われたような気さえした。
激しい羞恥はやがて激しい怒りを連れてきた。
しかしその怒りをまっすぐ椎名本人に向けられない程度には、彼女の恋は盲目的で、理不尽で、脈絡がないものだった。
だから、その怒りは、輝亜羅にとっては必然的に、卯月ゆう莉に向かうのだった…
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