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優雅な朝、崩落の知らせ

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 王宮の一角。荘厳な貴賓室にて眠っていた少女の頬に天蓋の隙間から朝日がさす。

「うーん……。もう朝ぁ?」

 シルクでできた手触りの良いふかふかベットで身じろいで、彼女は小さくあくびをもらした。しばらくして、ベットの中からはい出ると軽く身なりを整え、ベットサイドの呼び鈴を鳴らす。すると、控えめなノックの後それなりに顔の整ったボーイが静々と部屋に入室した。

「失礼します、聖女様。ご朝食をお持ちしましょうか?」
「はい、お願いします!」

 少女が元気よく返事をする様がまるで親鳥にエサをねだる雛のようで、不敬だと思いつつもボーイはほほえましい気持ちになった。

(陛下が緘口令を敷いていらっしゃるが、聖女様が学院でずいぶんとご苦労されたことは皆の知るところ。こんなにも清らかな方を女性不信に陥らせるほど虐げるとは、いやはや女性の嫉妬とは恐ろしい……。せめて、ここにいる間だけでも心穏やかにお過ごしいただければ幸いだな。)

 ボーイは改めて、少女――聖女エマ――に会釈すると彼女の大のお気に入りの薔薇の紅茶を用意するべく部屋を後にした。

✱✱✱

 朝食を運んできたボーイ達を下がらせて、ティースタンドからサンドイッチを一つつまんでパクリ。小鳥たちの鳴き声をBGMに、王妃様が愛していたという朝摘みの薔薇で作った紅茶を飲む。

「うーん!美味しい……!かんっぺきな朝……」

 断罪劇の後、「ネージュの処遇が決まるまでは、エマの身が心配だ」とカイルにお城に連れてこられてからというもの贅沢三昧。イケメン達にちやほやされて、美味しいモノ綺麗なモノで周りを埋め尽くして――夢のまた夢だと思っていたお姫様のような生活にうっとりと目を閉じる。

(ああ、幸せ~。私は世界を救う希望、魔王を倒す危険な旅にも出なくちゃならないありがたーい聖女様なんだからこれくらいよくしてくれなくっちゃね!)

 この後は誰ルートに進もうかな? 無難に王妃狙いでカイル? でもでも、ほかのみんなもかっこいいし~。 やっぱり逆ハーレムかな? ゲームだと全員に求愛された状態で誰ともくっつかなかったけど、カイルと結婚してみんなと愛人関係になればよくない? ばれなきゃいいし、確か何代か前の女王様も愛人いた気がするし、いけるいける。

 素敵な未来予想図に胸が高鳴った。上々の気分でイチゴジャムを塗りたくったスコーンにかぶりつく。続いて、食後のデザートの真っ白いモンブランに手を伸ばそうとして――陰気臭い白髪女のことを思い出した。

(……あー。でも、まずはあのバグ女が死んでくれなきゃ魔王編が始まらないかぁ)

 はぁ、とため息が零れる。まさかあの女がちゃんと悪さしないせいで色々不具合が起こるなんて思ってもみなかった。なんとか軌道修正できたのも、ひとえに私が前世を思い出していたからである。

 私がこの世界のことを思い出したのは運命の日――ヒロインが聖遺物を獲得する日――の前日だった。

 その夜、まるで、人一人分の一生を体感するような長い長い夢を見た。しょぼい村の寂れた宿屋で親の手伝いに明け暮れる平凡でけなげな少女がトラブルを乗り越えてイケメン達と愛をはぐくむシンデレラストーリーが映し出される薄っぺらな板を見ている「私」の夢だ。

 起きた後もやけに夢の記憶が鮮明でリアルで、スマホとかいう板に映っていた女の子が私にそっくりな気がして。本当にあんなことが起きて、人生逆転できればいいのにと思っていたら夢で見た物語通りに不思議な蝶が現れて、変な本を見つけて、あっという間に聖女になってしまっていた。

 学院に行ったら行ったで、見覚えのあるイケメン達に次々に「可愛いね」だなんていわれて、夢の内容がどんどん現実味を増していった。
 
 ――それなのに。悪役令嬢だけが夢とは違う行動をとっていた。私をいじめない。敵視しない。それどころか、視界に入れてない。

 わざと目をつけられようと食堂でぶつかってみようとしたこともあるが、スッと普通によけられたし、すれ違いざまによろめいて「きゃっ!」と声を上げて注目を集めようした時も顔を上げたらもうその場にいなかった。いつもぼーっと何考えてるんだかわかんない顔してるくせに危機回避能力が無駄に高いし、足早すぎる。

 ネージュが虐めてくれなくちゃ、カイルの婚約破棄イベントが起きない――。だけでなく、ネージュが私を敵視してないから、セルジェが必要以上に絡んでこなくなり、ロジェ先生のイベントが起きない。

 モネは気弱だから単独では人を虐めたりできないのか、クロードのイベントが起きない。フラムは元々脳筋女だからか、堂々と敵視してきたけど虐めとか遠回りなことを好む性格ではなく、勝負をふっかけてくるタイプでなんだか熱血系ライバルポジになってしまい、ゼルが守ってくれる甘々エピソードがかなり潰された。

 そのおかげで、どうにかこうにか頑張って自作自演してイベントを起こし、カイル達の好感度を稼ぎ、「君を守りたいのにどうしても犯人が見つからない」と悩むカイル達に「こんなに手がかりが見つからないなんて逆におかしいわ。もしかして、姿を隠す魔法……? 私が襲われた時間に誰も姿を見てない人はいる?」なんて無理やり原作の流れに戻したり、めちゃくちゃ苦労する羽目になったのだ。

 魔王編だってそうだ。魔物の活性化が問題視されてるとはいえ、魔王復活は現実的じゃない。一時的な自然災害のようなモノだろうってなってた時にセルジェが襲ってきて、イスベルグ公爵領跡地から魔王復活の手掛かりが発見されるのに。

 あの女、ほんとどこまで私の邪魔するの! 魔王編やらないと、周辺国に聖女として認められないから王妃になれなくなるのに~!

 このゲーム、BADENDとして疎遠ENDなんてものもあるのだ。
 聖女として教会に囲われて、慎ましくただただ民の平和を祈って、その辺の金も権力もない顔すら表示されない神父といい感じになって、若いときは王子様との恋も夢見たなぁ……みたいなそんなENDが。ぜーったい嫌!!

 あのぼろぼろの娯楽もろくにない村に戻って、母さんと仲良くあかぎれ作ってお客さんのお世話しなきゃいけない生活も嫌だけど聖女として国に奉仕する清貧生活の方が最悪な気がする。

 教会に囲われず、贅沢ハッピーライフを送るためには権力者と結婚して、重要式典だけ参加するような聖女になるしかないのだ。

(王様がこんなに処刑しぶるとは思わなかったけど……。でも、もうあのバグ女も今頃毒飲んで死んでるよね。)

 まさかカイルが毒を差し入れるとは思ってなかったけど好都合。愛する人からの贈り物にさぞや絶望して、命を絶ったんだろう。

 思わず、失笑が漏れる。男を取られて破滅するちんけな悪役の癖に、お上品ぶったあのすまし顔がずっと嫌いだったのだ。あの小瓶を渡されたときのあの女の顔が見れなかったことだけが残念である。

 そこへ、またノックの音が鳴り響くと明るい顔をしたカイルが部屋にやってきた。

「エマ! 聞いてくれ。ついに父上の了承を得られた! あの女の処刑は明後日に決まったよ。取り巻きの令嬢たちも今いる修道院でそのまま罪を償うことになる。安心してくれ。もう君を虐げるものはいなくなったんだ」

「カイル、ありがとう……。私、ずっと学院に行くのが怖くて、でもカイル達に会えなくなるのが悲しくて……。でも、みんなのおかげで、もう大丈夫」

 目を潤ませ、涙をぬぐうふりをして、ほほ笑むとカイルの顔が面白いように赤く染まった。本当に純情でまっすぐで、わかりやすいんだから。イケメンで最高権力者でお金持ちで扱いやすいなんて、本当に大好きよ! カイル!

 ぎゅっ、とカイルに抱き着いたと同時ぐらいに彼のズボンのポケットが震えだす。

「ん? エマ、すまない」

 されるがままになっていたカイルが私をやんわり引き離して、ポケットから小刻みに震える小さな丸鏡――通信用の魔道具――を取り出すと青ざめた顔の男が映っていた。

「ああ、なんだ、お前か。……そうだ、イスベルグ公爵令嬢の処刑が決まったからそこはもう放棄していい。死んでいようが生きていようが、ひとまず城に連れてきてくれ」

 カイルはちらりと男の顔を確認すると、用件だけ伝えて通信を切ろうとした。けれど、男が大声をあげて「お、お待ちください!」と何やら叫んでいる。

「なんだ、何かあったのか?」

「――それが、その、で、殿下、お許しください! イスベルグ公爵令嬢に逃げられました……!」

『え?』

 思わず、ぽかんと口を開けてカイルと顔を見合わせてしまう。一体、どうやってひ弱な令嬢が脱獄なんてできたっていうのか。

――ネージュ……。最期くらいおとなしく死んでよ。

 苛立ちを歯をかみしめて、飲み込んだ。
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