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42.大樹は町の誇りです

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「わたくし、この樹はここにあってほしかったのです。帝都は大好きで、今は大変なことになっていますけど、この町も同じくらいわたくし大好きですの。大樹は町の誇りです。なくなってしまっては、わたくし達の何かが欠けてしまいます」
と言って、晴々しい顔になった。そして、両手を腰に当て、天辺が高すぎて見えなくなった樹を見上げ、
「これほど大きな樹になってしまったら、誰も運べませんものね」
と大らかに言った。声は、めでたしめでたし、と言っているようだった。

 帝都に運んで一時的にも人々の不安を消し去る、と言う話を今更ながらに思い出す。そして、思いだしたとたん、チウの声だと気が付いた。あの、まるで自分が大樹になっているかのように感じていた時に、聞こえていたのはチウの声だと気が付いたのだ。そして、
「帝都はどうなっているのか分からないのでしょうか」
と聞いた。声に不安さが入った。パソンの顔が曇った。しかし、聞かずにはいられなかった。

「誰か分かる人はいないのですか? 北の力を持つものがいると言うお話です。町の、庁舎のどこかに遠見ができる人間はいないのですか? 常に目と眼をつなぐ者や、耳に声を聞く者や。連絡をとれる体制などはこの町にはないのでしょうか?」
アーヘルゼッヘは自分の北の町の様子を思いながら言った。

力を目覚めさせない者や、使うことをよしとしない者の町がある。そんな町でも、要所要所では、訓練を積んだものが町と町をつなぐ要の役や、物を運ぶ窓の役を担っていた。ないと不便で、外部と切れるとさまざまな差しさわりがあるからだ。だから、人間の町にだって何かがあるに違いない、と思ったのだ。しかし、答えは違っていた。

「森の中でつながった方が奇跡だったのです。わたくしがここに来れたのは、人間の力ではないのです。お忘れですか? あなたの、北の方の力です。こんなはっきりとした力は、北の方でなければ使えませんし、持ってもいません」
アーヘルゼッヘは目を閉じた。
「“ならばそこはお任せしよう”」
とつぶやいた。
「わたくしにでしょうか?」
とパソンが怪訝そうに聞く。
「いいえ、先ほど、樹と一体となっていた時に聞いた声です。チウ殿の声だったと思うのです。なぜ、チウ殿は、渇水が問題となっている帝都から離れて、この時期ここにいらしていたのでしょう? 水の種を探しに、とおっしゃっていましたが、そんな不思議なものはここにはありません。あるのは、大樹くらいです。これを運ぶために、ここに来ていたと言うのなら分かるのですが」
と言って、その為にいたのだと気が付いた。そして、ぶるっと震えが来た。北の者である自分なら、これほど大きくなった樹でも運べるだろうと思ったのだろうか、と思ったのだ。歓声は喜びのざわめきになりはじめていた。木々の傍に人々が順番に降りて来て、回廊から二階に届くほどの根っこを丁寧に触って行く。

監督しているソン隊長が、
「触るだけです! むしるなど、神罰が下されますぞ! だめです。舐めるのもダメ! なでるだけです」
と必死になって叫んでいる。

 樹に触れていく人々はまるで子供のようだ。それこそ頬ずりしていくものもいる。大事に布でなでてきれいにしていく者もいる。根っこの下の土を持っていこうとして叱られている者もいれば、目も開かないような幼子を樹の根の上にそっと乗せている者もいた。

「とてもじゃないが、この樹を動かす気にはなれません」

と言ってから、アーヘルゼッヘはほおが恥ずかしさでかぁっと熱くなった。動かすような力はない。この樹が大きくなったのは樹がそうしたかったからだ、と気が付いたのだ。まるで、レヘルゾンであるかのような口のきき方をしている。あの絶大な力が今もあると思って話している。恥ずかしいと思ったのだ。これからは、改めなければいけない、と自分で自分に言い聞かせた。

「どちらにしろ、私にはできません。チウ殿が、私にこの樹の運搬を頼んだとしても、できないのです。どうしたいのか、連絡を取ってこちらの状況をお知らせしてから対応を伺った方がよさそうです」

と言いながら、アーヘルゼッヘは首をかしげた。なぜ、あの声がチウだと自分は確信しているのだろうと思ったのだ。そして、チウは、どうして、この樹がこれほど大きくなったのに、持ってこいと言うのだろうかと思ったのだ。

知らなかったのだろうか? 自分が目を開けるまでこの樹が巨大になったと気づかなかったように、チウも遠見で地底だけを見ていたせいで気づかなかったのだろうか、と思ったのだ。それにしても何かが変だ、と思った。思って初めて、
「そうだ。大祭は終わったのですよ。もう、ここでチウ殿を待つ必要はない」
と気が付いたのだった。
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