上 下
18 / 89

18.小さな人間が座っていた

しおりを挟む
アーヘルゼッヘは町に行きたいと思った。

この森の中より、あのソンの後を追って行きたかった。なぜか分からない。門のような彫刻されたポールの間に階段がある。上ると、板間が広がっている。柱ばかりで壁がない、まるで、テラスのように見えるが、木組の天井があるし、木彫りのソファーも敷物もある。居心地がよさそうな場所に見えた。いやだと思う理由は何もない。それでも何か嫌だった。

アーヘルゼッヘは、チウや家人に促され、階段を上った。

すると、森が見渡せる。明るい砂漠が木々の向こうに光って見えた。森は深く、屋敷も奥に長かった。回廊を渡ると広い壁のある部屋へと入って行った。ひざ丈くらいの高さの窓が、板を上へ跳ね上げるようにしてあけられている。中は明るく、床には滑らかな絹の敷物にクッションがちりばめられて居心地よく見えた。

しかし、アーヘルゼッヘは座りたくないと思った。理由は全く分からなかった。一緒に入ったチウが同じように入口に立ちつくしている。彼も何か感じているように見えた。

アーヘルゼッヘは部屋の中を見回した。天井からは色鮮やかな花々が蔓にはさんでつるされて、壁には明るい色彩の絨毯がかけられている。中央の大きな盆には水差しや房の果物がいまおいたばかりのみずみずしさで飾られている。居心地がよさそうに見えた。なのに、どうしても中へ入れない。

「埃を落とそう。果樹園を抜けて来たからね」

そう言って、チウはアーヘルゼッヘを部屋からかばうように片手を上げて一歩下がった。すると狙い澄ましたかのように家人が一歩踏み出し、部屋とチウの間に入った。と、思った瞬間、部屋の中で光が爆発した。

片手で目を覆って、光をさえぎる。が、光だと思ったのはアーヘルゼッヘだけらしい。家人もチウもゆるく身がまえたまま、視線を部屋の中央から動かさなかった。

そこには、小さな人間が座っていた。小柄な人間と言う意味ではない。盆に載るくらいの大きさになってしまった人間が、胡坐をかいて座っていた。

小さな人間は、口髭を付け、黒い上下の身体にピタリとあった服を着ている。襟は高く真白で、上着の黒い襟と白い襟とを銀のチェーンで留めている。目が細く、神経質そうな雰囲気をまといながら、チウへ向けて一礼した。

「チウネルゼ・アーネ。お待ちしておりました」
「テンネか…」
と言ったまま、チウは動かなかった。

「お約束の期限は、あと一週間になりましたが。いかがおなりでしょう?」
「まだ、祭りも始まっていないのに、いかがも何もなかろう」

チウは、冷たい突き放した声で答える。ぞっとするような冷たさだった。アーヘルゼッヘは、目の前の小さな人影に目をこらした。

向こうからはチウ以外は見えないらしい。姿は小柄で透けている。まるで、北の者がよくやる遠映のように見えた。実態は彼方にあって、姿だけ、相手先へ見せるものだが、その姿は人間だった。

「そうでしたか。まだ、祭りが始まっていないのですか」
「満月の夜と決まっている。後、三日は何も起こらんぞ」
「後、三日。あなたは何もせずにお過ごしになるとおっしゃるのですね」
「何を言いたい」
「いえ。別にあなたにお話しているわけではありません」
小人の視線が、左に揺れた。誰か近くの人間を見ているらしい。アーヘルゼッヘには見えない。チウにも見えないようだった。向こうがアーヘルゼッヘを見えないように、その人物が見えないのだろう。しかし、チウには誰だかわかったらしい。

「ご安心ください。約束は必ず果たされます。どうか心安らかに、その時をお待ちください」
その誰かに話しかけるように言った。小人は口のひげを指の先でなぞった。脇にいる人物を観察しているらしい。口の端を押えて小声で何か言っている。言ったあと、のけぞるようにはっと笑った。

「似た者同士とはこのことだな。何があっても気にするな、と言っているぞ。心憎いほど穏やかな顔をしている。できるなら見せてやりたいが、これは結構高価でな。二人も映す余裕はない。何せ、帝国は財政難だからな。少しは節約せねばならん」

そう言って、まるで自分の冗談に自分で受けたと言うように笑った。チウは表情を全く変えずに、立ち尽くしている。冷やかな顔は、怒りや憎悪が浮かんでいた方が、まだ、人間らしい温かさがあるような気がする冷たさだった。

「と、言うわけで、まだ、今は元気でここにおいでだ。約束は守ろう。しかし、もしもお前が、約束をたがえたならば」
「わかっている。おまえはとても正直だ。嘘は言わない」
「そうだ。私はとても正直だ。その町から、水の種を持ち帰れ。ようはそれだけだ。それができなければ、お前の従妹を火の神に差し出す。燃え盛る紅蓮の炎に身を投じる、世紀の姫巫女の姿は、末代までの語り草になるだろう」
「約束にはあと一週間ある」
「そうそう。後、一週間しかないのだからな。忘れるな。待つ必要もないのに、待ってやっているのだ。これが我らの温情だ、と言うことをな」
アーヘルゼッヘはチウの顔をじっと見た。感情をすべて押し殺したらこんな顔になるのではないかと言うような顔だった。目の前の小さい小人も気になったらしい。

「風雅な屋敷に滞在していると聞いた。そのまま、何もなかったことにして過ごしても、誰も気にはしないだろう。もともと無理なことだったのだ」
少し同情が滲んでいるような気がした。しかし、チウは冷やかに、
「待つという約束は、果たされるだろうな?」
「もちろんだ」
と小さな姿はうなずいた。思った以上に重々しい姿に見えた。チウは分かったようにうなずいて、
「都に水が必要だ。大地が枯れて久しいのは、何もお前だけが憂いているわけではない」
「ははは。姫巫女が、身を犠牲にしてまで欲しいと思う水だからな」
「犠牲にして水が手に入るなら、私の身を使うさ」
と低い声だった。アーヘルゼッヘ以外には聞こえなかったようだ。小人は、物足りなそうな顔をしたが、
「時間だ。まったく、北はせっかちでいかん。ではな」
と言って姿を消した。

アーヘルゼッヘは、姿の消えた盆をじっと見つめた。北はせっかちでいかん、と言った。向こうには北の者がついていたと言うことだ。都にいて、北の者が補助したいと思うような魅力的な人間がいるのだろうか、と疑問に思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...