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16. なぜか確信めいたもの
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その夜、キッチンの奥にある古い貯蔵庫でボヤがあり、城内は明け方まで騒然としていた。
出火原因は不明で、くすぶった消し炭のせいだとか、コックのタバコのせいだとか、使用人たちはあれこれ噂していた。
古い貯蔵庫はもう使われておらず、使用人たちがサボったりおしゃべりをしたりする、憩いの隠れ場のようなものだ。幸い、駆けつけたエドガールと下男のギヨームによって火はすぐに消し止められ、大事には至らなかった。貯蔵庫内は半焼し、ハシゴや桶や木箱などの古道具が燃えたものの、人命には関わらなかったし、食材や調理器具は別の場所に保管されているため無事だった。
この騒ぎで、野次馬根性の強い招待客たちはガン首そろえてキッチンまで下りてきて、消火を手伝いながら物珍しそうに火災現場を眺めていた。
その中には、ダスブリア子爵の顔もあった。
エドガールはそのでっぷりした二重あごを横目で見つつ、この分なら今夜は誰も子爵に手出しできないだろうと安堵した。
招待客たちがわらわらとこんなに集まった状態でなにかあれば、かなり目立ってしまうからだ。
ダイニングエリアの暖炉に火が焚かれ、招待客たちにブランデー入りの紅茶と焼き菓子が振る舞われ、このボヤ騒ぎがちょっとした見世物のようになっていた。
恐らく、このボヤ騒ぎはミレーユが仕込んだものだろうと、エドガールは当たりをつけていた。
損失の少ない場所を選び、誰のことも傷つけず、かつ一晩中騒ぎになる程度の目立つ火災を起こす……この城に詳しい人間じゃないとできない。さらに、ある程度策を弄せられる人物でないと。
――いいえ。今夜はたぶん中止になります。
数時間前、子爵の部屋でそう言ったのはミレーユだ。
方法はなんであれ、子爵が今夜襲撃されることは回避できた。
消火活動にいそしみながら、エドガールは密かに安堵していた。
しかし、彼女に対してのアレは……
衝動的にミレーユを抱きしめてしまった瞬間を振り返り、情けなさと恥ずかしさに死にたくなる。
あれじゃ、お世辞にも紳士とは言えないぞ! うら若き淑女に僕はなんてことを……
しかし、彼女はまったく嫌がるそぶりを見せなかった。それどころか、艶やかな唇を少し開きぎみにし、積極的にこちらへ寄せてきたのだ。
その事実がエドガールを思春期の青年のように懊悩させていた。
ぐああああっ! あんな風にされたら、拒絶できるわけなかろうがああああっ! 相手が人狼だろうが化け物だろうが、関係あるかああああっ!
熱くなった体はなかなか静まらず、外の冷たい空気を吸いに出なければならなかった。
翌朝になっても、キッチンへ続くダイニングルームは焦げ臭さが漂っていた。
天気は快晴で風は止み、白く降りた霜が日光を反射してまぶしく輝いている。
エドガールはあくびを噛み殺し、どうにかシャロワ一族の朝食の列に加わった。
朝一番で子爵の無事を確認し、さっき部屋を交換して元に戻したところだ。
寝不足なのに早起きなのは、伯爵をはじめとする一族たちの動向を見ておきたかったからだ。
この天気ならノールストームはまだ来ない。今日グラスドノール城を発つのは充分可能だろう。
「昨日、徹夜しちゃったからねぇ。眠くてしょうがないのよ……」
ふらりと近寄ってきたカスティーユ伯爵夫人が、あくび混じりでそう言った。
「出発? しないしない。今から昼寝して、今夜もここに泊めてもらうわ。だって、シャロワ伯爵がそうしなさいって言ってくれたし。ノールストームといい、ボヤ騒ぎといい、この城はちょっとした見世物には事欠かないわね。しかも、今夜はキジ料理らしいわよ? 私、キジは大好物なんですの」
こりゃダメだ、とエドガールは早くも説得をあきらめる。「ここは人狼が出るから早く去れ」なんて言おうものなら、こちらが変人扱いされるのがオチだ。
騒ぎ立てたりしたら一族たちに目をつけられ、惨殺死体になるのはエドガールになってしまう。
敵陣の真ん中にいる以上、狙われた一人の命を守るのがせいいっぱいだった。
一族に向けて猟銃を乱射するわけにもいかない。そんな狩りを始めたところで、招待客たちに告発され、狂人として精神病院送りになるか、死刑になる未来しかなさそうだ。
縁もゆかりもない、カスティーユ伯爵夫人やダスブリア子爵を守らねばと思うたび、言いようのない徒労感に襲われた。
こんな奴らさ、むしろ食われちまえばいいんだ……
そう思ってしまうのは罪深いことだろうか?
いや。内心でどう思おうが自由だろう? 口に出してるワケじゃないんだ。
殺したいと思うことと、現実に殺してしまうのはぜんぜん違う。
朝食の席でミレーユと二人きりで話したかったが、彼女は一族たちにガッチリ囲まれ、目を合わせることさえ困難だった。
ミレーユとエドガールに細い繋がりがあることを、一族にさとられてはまずい。
なんとなくそう直感した。これまでの経験を踏まえて。
そして、直感は外れたことがない。
ミレーユが昨晩語ったことは本心だとして、ならば、彼女は敵でも味方でもない立場となる。
招待客たちの命を守るためなら、彼女は協力してくれる。
しかし、一族の命を奪おうとしたら、彼女は立ち塞がる。
エドガールはそんなことをあれこれ考察しながら、シャロワ一族が自分の一挙手一投足を注視している、冷ややかな気配を感じていた。
……なんだ? 今日はやけに注目を浴びてるじゃないか。とうとう僕の正体がバレたのか……?
いや、そんなはずはない。
エドガールの情報や繋がりがあることを、ミレーユが一族にリークすることはないはずだ。
そういう形で彼女が自分を裏切ることはないと、なぜか確信めいたものがあった。
昨晩の子爵の部屋での彼女とのやり取りを思い出しては、むちゃくちゃに胸を掻きむしりたい衝動に駆られる。
魔が差したというか、ほんの出来心だったんだ。まったく、なにをやってるんだ僕は……。よりによって、人狼かもしれない女性を相手に……
ようやく念願のテールブランシェの人狼に接近し、事態はこんなに緊迫しているのに、彼女の可愛らしさにやられてしまい、すっかりワケがわからなくなってるぞ。
しかも、自分のほうが十歳近く年上なのに、生娘にあっさり誘惑されてしまうなんて。
それもこれも、十数年も女絶ちしているせいだ。修行僧みたいな禁欲生活を送っている弊害がこんなときに……
女性に耐性の低い、冴えないモテない自分が呪わしい。これでも、十代の頃は容姿のおかげでモテなくもなかったが、神話と伝承の研究にすべてを捧げ、女性に興味がなさすぎた。
気づいたときには三十前になり、その正体はヴァンパイアと噂される、奇人変人偏屈男に成り下がっていたのだ。
エドガールとて、女性なら誰でもいいわけじゃない。好みはかなりうるさいほうだ。
……正直、僕の性癖にグサッと刺さるんだよなぁ……
本が好きで変わり者で、純粋で優しくて、あの可愛らしさと素直さ。性格は純真無垢なのに、ドキッとするほど艶めかしい肉体の持ち主……
薄布一枚越しの、豊満な胸の柔らかい感触がどうしても拭えない。
思い出すたびに、体中の血がざわざわと熱くたぎり、甘酸っぱい気分に浸ってしまう。
あんなに澄んだ瞳で「好きです」と繰り返され、エドガールの半身である作品も愛してくれ、もう完全に舞い上がっていた。
彼女を思うと胸が絞られる心地がし、思わず心臓の辺りを押さえる。
なんだこれは……心臓病か……。あのときの彼女、やっぱり嫌がってなかったよな……
エドガールは腐っても男爵であり、紳士である。嫌がる婦人を無理矢理どうこうするのは絶対にあり得ない。性格も非常に繊細がゆえに、女性が少しでも嫌がっていたらすぐにわかった。
しかし、ミレーユは嫌がっていなかった。むしろ悦んでいるように見えたのだ。
衝動的に抱きしめたとき、ぎゅっと抱き返された。柔らかい体を押しつけてきたかと思うと、彼女はまぶたを閉じ、こちらへ唇を寄せてきて……
あのとき、ボヤが起きていなければ……と、何度も想像しては悶え転がりそうになる。
「ま、まずいな。こんなはずじゃ……」
独り言がやけに反響し、エドガールは周りをはばかって口を押さえた。
エドガールは現在、伯爵の執務室へ行く途中の回廊を歩いている。
ミレーユと話ができなそうなので、一族の人間から情報を集めようと、城内を調べるつもりだった。
幸い、昨晩はダスブリア子爵への襲撃を防いだが、二度目はない。あのボヤ騒ぎのせいで一族の監視の目は厳しくなったようだし、二夜連続で襲われたとしたら、防ぎきれないだろう。
仮に今夜、運良くふたたび防いだとしても、ただの時間稼ぎにしかならない。子爵を城から脱出させても、ターゲットが別の人間に移れば、同じことだ。
ミレーユ、どうするつもりだ? 行き当たりばったりで対応しても、その場しのぎにしかならないぞ。
猟銃を取り人狼一族とやり合うか、招待客を全員城から退去させるしかない。
しかし、そのどちらもこちらの正体が露見してしまう。
そうなれば、仮にこの城を制圧できたとしても、別の地にいる人狼たちが群れを成し、エドガールの屋敷があるエストヴィルまで報復に来るだろう。
人狼を屠るとき、こちらの正体を知られてはならない……先祖のレポートにも繰り返しあった。
当初は簡単に調査するつもりが、ここまで核心に踏み込むとは思わなかったな……
誤算だった。ギヨームを買収し、脱出経路は確保しているものの、猟銃一丁では圧倒的に戦力が足りない。
さらには、ミレーユの存在も誤算だった。
そもそも、僕にミレーユが撃てるのか……?
書庫で感じた小さな不安が徐々に膨れ上がり、行く手に立ちはだかる。
――人狼は人間に非ず。迷いなく引き金を引くこと。
……僕は引き金を引かなければならない。
すべては、僕が生まれるはるか前から、決まっていることなんだ。
ただ、それはもう少し先の話だ。今すぐ彼女をどうこうするつもりはない。
彼女が一族の側につき、僕への協力を拒んだら、そのときは……
エドガールは内心で決意を固め、深呼吸して顔を上げた。
そのときは、迷いなく引き金を引くしかない。
出火原因は不明で、くすぶった消し炭のせいだとか、コックのタバコのせいだとか、使用人たちはあれこれ噂していた。
古い貯蔵庫はもう使われておらず、使用人たちがサボったりおしゃべりをしたりする、憩いの隠れ場のようなものだ。幸い、駆けつけたエドガールと下男のギヨームによって火はすぐに消し止められ、大事には至らなかった。貯蔵庫内は半焼し、ハシゴや桶や木箱などの古道具が燃えたものの、人命には関わらなかったし、食材や調理器具は別の場所に保管されているため無事だった。
この騒ぎで、野次馬根性の強い招待客たちはガン首そろえてキッチンまで下りてきて、消火を手伝いながら物珍しそうに火災現場を眺めていた。
その中には、ダスブリア子爵の顔もあった。
エドガールはそのでっぷりした二重あごを横目で見つつ、この分なら今夜は誰も子爵に手出しできないだろうと安堵した。
招待客たちがわらわらとこんなに集まった状態でなにかあれば、かなり目立ってしまうからだ。
ダイニングエリアの暖炉に火が焚かれ、招待客たちにブランデー入りの紅茶と焼き菓子が振る舞われ、このボヤ騒ぎがちょっとした見世物のようになっていた。
恐らく、このボヤ騒ぎはミレーユが仕込んだものだろうと、エドガールは当たりをつけていた。
損失の少ない場所を選び、誰のことも傷つけず、かつ一晩中騒ぎになる程度の目立つ火災を起こす……この城に詳しい人間じゃないとできない。さらに、ある程度策を弄せられる人物でないと。
――いいえ。今夜はたぶん中止になります。
数時間前、子爵の部屋でそう言ったのはミレーユだ。
方法はなんであれ、子爵が今夜襲撃されることは回避できた。
消火活動にいそしみながら、エドガールは密かに安堵していた。
しかし、彼女に対してのアレは……
衝動的にミレーユを抱きしめてしまった瞬間を振り返り、情けなさと恥ずかしさに死にたくなる。
あれじゃ、お世辞にも紳士とは言えないぞ! うら若き淑女に僕はなんてことを……
しかし、彼女はまったく嫌がるそぶりを見せなかった。それどころか、艶やかな唇を少し開きぎみにし、積極的にこちらへ寄せてきたのだ。
その事実がエドガールを思春期の青年のように懊悩させていた。
ぐああああっ! あんな風にされたら、拒絶できるわけなかろうがああああっ! 相手が人狼だろうが化け物だろうが、関係あるかああああっ!
熱くなった体はなかなか静まらず、外の冷たい空気を吸いに出なければならなかった。
翌朝になっても、キッチンへ続くダイニングルームは焦げ臭さが漂っていた。
天気は快晴で風は止み、白く降りた霜が日光を反射してまぶしく輝いている。
エドガールはあくびを噛み殺し、どうにかシャロワ一族の朝食の列に加わった。
朝一番で子爵の無事を確認し、さっき部屋を交換して元に戻したところだ。
寝不足なのに早起きなのは、伯爵をはじめとする一族たちの動向を見ておきたかったからだ。
この天気ならノールストームはまだ来ない。今日グラスドノール城を発つのは充分可能だろう。
「昨日、徹夜しちゃったからねぇ。眠くてしょうがないのよ……」
ふらりと近寄ってきたカスティーユ伯爵夫人が、あくび混じりでそう言った。
「出発? しないしない。今から昼寝して、今夜もここに泊めてもらうわ。だって、シャロワ伯爵がそうしなさいって言ってくれたし。ノールストームといい、ボヤ騒ぎといい、この城はちょっとした見世物には事欠かないわね。しかも、今夜はキジ料理らしいわよ? 私、キジは大好物なんですの」
こりゃダメだ、とエドガールは早くも説得をあきらめる。「ここは人狼が出るから早く去れ」なんて言おうものなら、こちらが変人扱いされるのがオチだ。
騒ぎ立てたりしたら一族たちに目をつけられ、惨殺死体になるのはエドガールになってしまう。
敵陣の真ん中にいる以上、狙われた一人の命を守るのがせいいっぱいだった。
一族に向けて猟銃を乱射するわけにもいかない。そんな狩りを始めたところで、招待客たちに告発され、狂人として精神病院送りになるか、死刑になる未来しかなさそうだ。
縁もゆかりもない、カスティーユ伯爵夫人やダスブリア子爵を守らねばと思うたび、言いようのない徒労感に襲われた。
こんな奴らさ、むしろ食われちまえばいいんだ……
そう思ってしまうのは罪深いことだろうか?
いや。内心でどう思おうが自由だろう? 口に出してるワケじゃないんだ。
殺したいと思うことと、現実に殺してしまうのはぜんぜん違う。
朝食の席でミレーユと二人きりで話したかったが、彼女は一族たちにガッチリ囲まれ、目を合わせることさえ困難だった。
ミレーユとエドガールに細い繋がりがあることを、一族にさとられてはまずい。
なんとなくそう直感した。これまでの経験を踏まえて。
そして、直感は外れたことがない。
ミレーユが昨晩語ったことは本心だとして、ならば、彼女は敵でも味方でもない立場となる。
招待客たちの命を守るためなら、彼女は協力してくれる。
しかし、一族の命を奪おうとしたら、彼女は立ち塞がる。
エドガールはそんなことをあれこれ考察しながら、シャロワ一族が自分の一挙手一投足を注視している、冷ややかな気配を感じていた。
……なんだ? 今日はやけに注目を浴びてるじゃないか。とうとう僕の正体がバレたのか……?
いや、そんなはずはない。
エドガールの情報や繋がりがあることを、ミレーユが一族にリークすることはないはずだ。
そういう形で彼女が自分を裏切ることはないと、なぜか確信めいたものがあった。
昨晩の子爵の部屋での彼女とのやり取りを思い出しては、むちゃくちゃに胸を掻きむしりたい衝動に駆られる。
魔が差したというか、ほんの出来心だったんだ。まったく、なにをやってるんだ僕は……。よりによって、人狼かもしれない女性を相手に……
ようやく念願のテールブランシェの人狼に接近し、事態はこんなに緊迫しているのに、彼女の可愛らしさにやられてしまい、すっかりワケがわからなくなってるぞ。
しかも、自分のほうが十歳近く年上なのに、生娘にあっさり誘惑されてしまうなんて。
それもこれも、十数年も女絶ちしているせいだ。修行僧みたいな禁欲生活を送っている弊害がこんなときに……
女性に耐性の低い、冴えないモテない自分が呪わしい。これでも、十代の頃は容姿のおかげでモテなくもなかったが、神話と伝承の研究にすべてを捧げ、女性に興味がなさすぎた。
気づいたときには三十前になり、その正体はヴァンパイアと噂される、奇人変人偏屈男に成り下がっていたのだ。
エドガールとて、女性なら誰でもいいわけじゃない。好みはかなりうるさいほうだ。
……正直、僕の性癖にグサッと刺さるんだよなぁ……
本が好きで変わり者で、純粋で優しくて、あの可愛らしさと素直さ。性格は純真無垢なのに、ドキッとするほど艶めかしい肉体の持ち主……
薄布一枚越しの、豊満な胸の柔らかい感触がどうしても拭えない。
思い出すたびに、体中の血がざわざわと熱くたぎり、甘酸っぱい気分に浸ってしまう。
あんなに澄んだ瞳で「好きです」と繰り返され、エドガールの半身である作品も愛してくれ、もう完全に舞い上がっていた。
彼女を思うと胸が絞られる心地がし、思わず心臓の辺りを押さえる。
なんだこれは……心臓病か……。あのときの彼女、やっぱり嫌がってなかったよな……
エドガールは腐っても男爵であり、紳士である。嫌がる婦人を無理矢理どうこうするのは絶対にあり得ない。性格も非常に繊細がゆえに、女性が少しでも嫌がっていたらすぐにわかった。
しかし、ミレーユは嫌がっていなかった。むしろ悦んでいるように見えたのだ。
衝動的に抱きしめたとき、ぎゅっと抱き返された。柔らかい体を押しつけてきたかと思うと、彼女はまぶたを閉じ、こちらへ唇を寄せてきて……
あのとき、ボヤが起きていなければ……と、何度も想像しては悶え転がりそうになる。
「ま、まずいな。こんなはずじゃ……」
独り言がやけに反響し、エドガールは周りをはばかって口を押さえた。
エドガールは現在、伯爵の執務室へ行く途中の回廊を歩いている。
ミレーユと話ができなそうなので、一族の人間から情報を集めようと、城内を調べるつもりだった。
幸い、昨晩はダスブリア子爵への襲撃を防いだが、二度目はない。あのボヤ騒ぎのせいで一族の監視の目は厳しくなったようだし、二夜連続で襲われたとしたら、防ぎきれないだろう。
仮に今夜、運良くふたたび防いだとしても、ただの時間稼ぎにしかならない。子爵を城から脱出させても、ターゲットが別の人間に移れば、同じことだ。
ミレーユ、どうするつもりだ? 行き当たりばったりで対応しても、その場しのぎにしかならないぞ。
猟銃を取り人狼一族とやり合うか、招待客を全員城から退去させるしかない。
しかし、そのどちらもこちらの正体が露見してしまう。
そうなれば、仮にこの城を制圧できたとしても、別の地にいる人狼たちが群れを成し、エドガールの屋敷があるエストヴィルまで報復に来るだろう。
人狼を屠るとき、こちらの正体を知られてはならない……先祖のレポートにも繰り返しあった。
当初は簡単に調査するつもりが、ここまで核心に踏み込むとは思わなかったな……
誤算だった。ギヨームを買収し、脱出経路は確保しているものの、猟銃一丁では圧倒的に戦力が足りない。
さらには、ミレーユの存在も誤算だった。
そもそも、僕にミレーユが撃てるのか……?
書庫で感じた小さな不安が徐々に膨れ上がり、行く手に立ちはだかる。
――人狼は人間に非ず。迷いなく引き金を引くこと。
……僕は引き金を引かなければならない。
すべては、僕が生まれるはるか前から、決まっていることなんだ。
ただ、それはもう少し先の話だ。今すぐ彼女をどうこうするつもりはない。
彼女が一族の側につき、僕への協力を拒んだら、そのときは……
エドガールは内心で決意を固め、深呼吸して顔を上げた。
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