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7. 正直なところ

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「おまえは変なところ強情で、変なところ従順だよな。今回の聖贄宴、おまえは一人で家出でもするかと期待してたんだが」
 ピエールの言葉に、ミレーユは顔をしかめた。
「出ていったところで行くアテなんてないし。結局、連れ戻されて終わるだけでしょ?」
「正直なところどうなんだ? 格好つけなくていい。おまえがどう考えてるのか知りたい」
 亡き母と同じ紺青の瞳が、暖炉の炎を反射し、きらめいている。
「私は……」
 ミレーユは炎に目を遣り、自分の思いをまとめようとした。
「私は……正直、わからない。どうしていいかわからないの。一族の立場に立てば、やることは決まってる。掟に従いたい気持ちも本当。けど、私個人としては……」
「個人としては?」
「たぶん、七対三ぐらいで、選ばないっていう結論を出すと思う。今のところ……」
 すると、ピエールは脱力して椅子にもたれた。そして、ひじ掛けに頬杖をつき、ミレーユを見上げる。
 いつになく兄の視線は冷たく、鋭かった。
「ミレーユ、招待客たちを見たか? どいつもこいつも鈍くて厚顔無恥で、自分は善人だと思い込んでる奴ばかりだ。その手は血で真っ赤に染まってるっていうのにさ。奴ら盲目だから、自分の手さえちゃんと見たことがないんだろ」
 かなり辛辣しんらつな物言いだ。
「僕は、おまえに長生きして欲しい。そのためなら、害悪でしかない奴一人の命ぐらい、喜んで捧げるつもりだ」
「ピエール……」
「それにさ、ミレーユ。これは、ここだけの話だが……」
 ピエールは上体を寄せてきて、ちょうど顔に影ができる。
「……僕はさ、正直、食べたい」
 ミレーユは固唾を呑んだ
「だから、おまえがちょっとだけうらやましいよ。おまえはないのか? そういう欲は?」
 なくはない。あると言えば、ある。けど……
「今のところ弱いみたい。無理矢理ひねり出せば、そういう気持ちになれなくはないけど……」
 声がかすかに震えてしまった。
 食べたいと言った兄が、少し怖い。
 すると、ピエールはおかしそうに笑いはじめた。
 呆気に取られていると、ピエールは「嘘、嘘」と笑いながら手をヒラヒラ振る。
「嘘だってば。食べたいなんて嘘だよ。まあ、強制されたら、食べられなくもないがな」
「こんなとき冗談はやめてよ。今の言いかた、嘘には聞こえなったけど?」
「僕としては、適当なところで妥協するのをオススメしておく。しょせん、一族に逆らうなんて無理な話だからな」
 一族を裏切りたくない。一族の掟に従いたい。その気持ちは本当だ。
 けど、掟だからってなんでもやれというのは、違う気がする。
「ところで、招待客の中にまずい男がいるな? ドラポルト男爵を呼んだのは、おまえか? 爺ちゃんがそう言ってたが」
「そうだけど……。まずい男なんて言い方はよしてよ」
「違う違う。男爵の悪評を信じてまずいと言ったわけじゃないよ」
「なら、まずいって……?」
 ピエールは暖炉の炎を見つめ、こう言った。
「ドラポルト男爵は黒煙騎士団の末裔まつえいじゃないか、という疑いがある」
 黒煙騎士団……!?
 思わず、はっと身を強張らせてしまう。
「まだ確証を掴んだわけじゃない。前々から候補としてマークしてた。今回なんの因果か、彼がここへ紛れ込んだわけだ。これは偶然なのか、それとも必然なのか……」
「まさか……」
「おまえ、なぜ男爵を呼んだ? 誰かに頼まれたのか?」
「ううん、そんなことない! たまたま私、男爵の本を読んでいて、それで……」
 すると、ピエールは「うわぁ」という呆れ顔を作った。
「おまえの例のあれか。活字の虫の病かよ……」
「そう。だから、男爵がここへ招かれたのは、私が頼んだから。男爵がスパイするためにここへ潜り込んだ、なんてことはないと思う」
「ふーむ、そうか。なるほどなぁ……」
 ピエールは顎を撫でながら中空を睨み、思案している。
「ま、経緯はともあれ、黒煙騎士団の疑いがあることは間違いない。我々に危害を加えてくる可能性があるから、重々気をつけて行動しろよ」
「男爵が? まさか……。考えすぎじゃない?」
 そう言うと、ピエールは肩をすくめた。
「聖贄宴のせいで過敏になってるのは認めるけどさ。用心するに越したことはない」
 実は、ミレーユには小さな心当たりがあった。
 こちらへ向けられた、異様に強すぎる敵意……
 たしかにエドガールは、ミレーユにあからさまな敵意を抱いているようだった。
 あのときは、エドガールの性格がなせる業だと深く考えなかったけれど……
「うん、わかった。大丈夫。忠告ありがとう、ピエール」
 疑念は内心に秘め、ミレーユは感謝を口にした。
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