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6. 敵意のようなもの
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さっき、思いっきり無視されちゃったなぁ……
ドレッサーの前で髪を梳かしながら、ミレーユは今宵を振り返る。
食事のあと、お決まりの婦人たちのおしゃべりになじめず、一人でこっそり書庫に逃げようかと考えていたとき、同じようにポツンと一人、所在なげに座っているエドガールを発見した。
微笑みかけたところ、エドガールは困惑した表情で立ち去ってしまったのだ。
男爵もたぶん、紳士たちの集まりになじめなかったのかなぁ……
彼を追い立ててしまったような罪悪感。彼に手ひどく無視された絶望感。
心は鈍く痛み、ため息が止まらない。
夜も更け、招待客たちはそれぞれ客室に引き上げていた。
ここ、グラスドノール城は先祖代々シャロワ一族が所有してきたもので、増築に増築が繰り返され、客室は無数にある。
城内は非常に広く、隠し部屋や隠し通路もあり、立ち入りを禁じられている場所も多く、ミレーユでさえその全貌を把握していなかった。
こんな人里離れた北の果てにある古城が増築され、仕掛けが施されたのには理由がある。
すべては古来より催されてきた、月食の聖贄宴のためだった。
聖贄宴を滞りなく進行させ、その痕跡を完璧に消し去るため、一族はこの城の増築に巨費を投じたのだ。
一族の生活は聖贄宴を中心に回っている。掟も教えも、衣食住も、交友関係もすべてが。
ミレーユは櫛をドレッサーに置き、小さく嘆息した。
ここまで人生をガチガチに縛られ、いったいどこに自由があるんだろう?
聞こえるのは強風のうなり声だけで、答えるものはいなかった。
この夜会は七日間、連日連夜行われる。
招待客たちは皆、快晴で風もなかった日中のうちに来城し、今宵の夜会を楽しみ、早い客は明日の朝帰る予定だった。
けど、もしノールストームが始まったら、ここに足止めされるのは間違いない。
この時期にグラスドノールでひどい吹雪があることも、計算済みで計画は立てられていた。
今のところ、シャロワ一族の目論見どおり、事は順調に進んでいる。
そんな中、ミレーユの心はどこか別の次元をさまよっていた。
せっかくファンだって告白したのに、すごく嫌そうな顔してたなぁ……
あのとき、エドガールが向けてきた刺すような眼差しが思い返される。
困惑するというより、怒っているみたいだった。瞬間的にカッとなり、睨みつけてきたような……
なぜだろうと考えてしまう。「好意があります」と告げるのが、そんなに邪魔くさかったんだろうか。
というより、あれはなんだか……私の言ってることを、信じてないみたいだった。
敵意のようなものをはっきり感じた。敵視される筋合いはないはずなのに……
そのとき、コンコン、とドアをノックする音が響いた。
……こんな夜更けに誰だろう?
とりあえず返事をすると、ドアは勢いよく開かれ、長身で黒髪の紳士が現れた。
「よお! ミレーユ。驚いたか?」
ミレーユは目を丸くしてしまう。
「ピ、ピエール! びっくりしたぁ……」
ミレーユの兄、ピエール・ド・シャロワは悪びれもせず笑った。
「いくら兄妹とはいえ、夜中に来るなんてお行儀悪いですよ? まったく……」
ミレーユがいさめると、ピエールはニヤニヤして言う。
「なんだ? おまえ、だんだん母様に似てきたな」
「別に……。誰だって同じこと言うと思うけど?」
「そのうちおまえも、僕が次期伯爵にふさわしくないとか説教しそうだな」
ミレーユの母ジャンヌが、現シャロワ伯爵の実の娘であり、ミレーユの父は婿養子だ。
シャロワ一族の血を引くのはジャンヌであり、その長男であるピエールが次期シャロワ伯爵と決まっていた。
ピエールは五歳年上で、人懐っこい上に面倒見がよく、兄妹は非常に仲良くやっている。
「説教なんてしないけど……。どうしたの? 急に」
「おまえのことだから、聖贄宴について思うことがあるんだろう?」
ピエールは暖炉の前にある椅子にどっかり座った。
「そう言うってことは、ピエールもなにか思うことがあるわけ?」
「もちろん。僕なりの見解をおまえに伝えておこうと思ってさ」
ミレーユは少し驚いた気持ちで、ピエールの前に腰掛けた。
「ミレーユ。誰にするか、選んだのか?」
いつになく真剣なピエールの様子に、ミレーユはたじろぐ。
「……いえ。まだ選んでないけど……」
「選ぶかどうかも決めてない。そんなところだろ? 最悪、選ばない、という可能性も視野に入れてるよな?」
図星を指され、言葉が返せない。
普段はチャラチャラしているこの兄が、なにを考えているのか読めなかった。
「酷だよな。まだうら若いおまえにすべてを選ばせるなんてさ。なにが最善なのか、自分はどうしたいのか、考える時間もくれないんだぜ?」
「それは、そのとおりだけど……」
愚痴ったところでしょうがない。文句を言っても状況は変わらないのだから。
ドレッサーの前で髪を梳かしながら、ミレーユは今宵を振り返る。
食事のあと、お決まりの婦人たちのおしゃべりになじめず、一人でこっそり書庫に逃げようかと考えていたとき、同じようにポツンと一人、所在なげに座っているエドガールを発見した。
微笑みかけたところ、エドガールは困惑した表情で立ち去ってしまったのだ。
男爵もたぶん、紳士たちの集まりになじめなかったのかなぁ……
彼を追い立ててしまったような罪悪感。彼に手ひどく無視された絶望感。
心は鈍く痛み、ため息が止まらない。
夜も更け、招待客たちはそれぞれ客室に引き上げていた。
ここ、グラスドノール城は先祖代々シャロワ一族が所有してきたもので、増築に増築が繰り返され、客室は無数にある。
城内は非常に広く、隠し部屋や隠し通路もあり、立ち入りを禁じられている場所も多く、ミレーユでさえその全貌を把握していなかった。
こんな人里離れた北の果てにある古城が増築され、仕掛けが施されたのには理由がある。
すべては古来より催されてきた、月食の聖贄宴のためだった。
聖贄宴を滞りなく進行させ、その痕跡を完璧に消し去るため、一族はこの城の増築に巨費を投じたのだ。
一族の生活は聖贄宴を中心に回っている。掟も教えも、衣食住も、交友関係もすべてが。
ミレーユは櫛をドレッサーに置き、小さく嘆息した。
ここまで人生をガチガチに縛られ、いったいどこに自由があるんだろう?
聞こえるのは強風のうなり声だけで、答えるものはいなかった。
この夜会は七日間、連日連夜行われる。
招待客たちは皆、快晴で風もなかった日中のうちに来城し、今宵の夜会を楽しみ、早い客は明日の朝帰る予定だった。
けど、もしノールストームが始まったら、ここに足止めされるのは間違いない。
この時期にグラスドノールでひどい吹雪があることも、計算済みで計画は立てられていた。
今のところ、シャロワ一族の目論見どおり、事は順調に進んでいる。
そんな中、ミレーユの心はどこか別の次元をさまよっていた。
せっかくファンだって告白したのに、すごく嫌そうな顔してたなぁ……
あのとき、エドガールが向けてきた刺すような眼差しが思い返される。
困惑するというより、怒っているみたいだった。瞬間的にカッとなり、睨みつけてきたような……
なぜだろうと考えてしまう。「好意があります」と告げるのが、そんなに邪魔くさかったんだろうか。
というより、あれはなんだか……私の言ってることを、信じてないみたいだった。
敵意のようなものをはっきり感じた。敵視される筋合いはないはずなのに……
そのとき、コンコン、とドアをノックする音が響いた。
……こんな夜更けに誰だろう?
とりあえず返事をすると、ドアは勢いよく開かれ、長身で黒髪の紳士が現れた。
「よお! ミレーユ。驚いたか?」
ミレーユは目を丸くしてしまう。
「ピ、ピエール! びっくりしたぁ……」
ミレーユの兄、ピエール・ド・シャロワは悪びれもせず笑った。
「いくら兄妹とはいえ、夜中に来るなんてお行儀悪いですよ? まったく……」
ミレーユがいさめると、ピエールはニヤニヤして言う。
「なんだ? おまえ、だんだん母様に似てきたな」
「別に……。誰だって同じこと言うと思うけど?」
「そのうちおまえも、僕が次期伯爵にふさわしくないとか説教しそうだな」
ミレーユの母ジャンヌが、現シャロワ伯爵の実の娘であり、ミレーユの父は婿養子だ。
シャロワ一族の血を引くのはジャンヌであり、その長男であるピエールが次期シャロワ伯爵と決まっていた。
ピエールは五歳年上で、人懐っこい上に面倒見がよく、兄妹は非常に仲良くやっている。
「説教なんてしないけど……。どうしたの? 急に」
「おまえのことだから、聖贄宴について思うことがあるんだろう?」
ピエールは暖炉の前にある椅子にどっかり座った。
「そう言うってことは、ピエールもなにか思うことがあるわけ?」
「もちろん。僕なりの見解をおまえに伝えておこうと思ってさ」
ミレーユは少し驚いた気持ちで、ピエールの前に腰掛けた。
「ミレーユ。誰にするか、選んだのか?」
いつになく真剣なピエールの様子に、ミレーユはたじろぐ。
「……いえ。まだ選んでないけど……」
「選ぶかどうかも決めてない。そんなところだろ? 最悪、選ばない、という可能性も視野に入れてるよな?」
図星を指され、言葉が返せない。
普段はチャラチャラしているこの兄が、なにを考えているのか読めなかった。
「酷だよな。まだうら若いおまえにすべてを選ばせるなんてさ。なにが最善なのか、自分はどうしたいのか、考える時間もくれないんだぜ?」
「それは、そのとおりだけど……」
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