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1巻
1-3
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やっぱりこの人はあなどれないな、と思った。人の心を掴むのがうまい。そして、パートナーをその気にさせるのも。
少しだけ、気分が軽くなったような気がする。
いつの間にか緑が増え、東北自動車道に入っていた。蕭々と降りしきる雨の中、山あいの高速道路をスポーツカーは突き抜けていく。
車は日光宇都宮道路の清滝インターチェンジで降り、ヘアピンカーブだらけのいろは坂を上り、中禅寺湖を左に見てさらに北上する。雄大な男体山をのぞみ、戦場ヶ原をとおり抜けたところで、まだ奥へ行くのかなと茜音が思いはじめた頃、龍之介は小さな側道へハンドルを切った。
別荘は、湯ノ湖を見下ろす静かな高台にあった。
色がまだらのレンガが積み上げられた建物で、ゴシック建築を模したものらしい。鬱蒼とした木々の間から現れたそれは、ヨーロッパの古城を思わせた。
砂利の敷かれたアプローチで車を降り、茜音は大きな建物を見上げ、心から絶賛した。
「うわああ……。すっごく素敵な別荘ですね。雰囲気があって……」
ニューヨーク州スリーピー・ホロウの画家が所有していた保養所を買い取り、リノベーションしたのだと、龍之介は語った。その画家は茜音も知る人物で、アメリカ合衆国の名門一族、ロックウェル家の第四代当主であり、親日家として知られている。
「菱橋様、お疲れ様でございました。お食事の準備はできております」
かっちりしたウェイトレスの制服を着た、年配の女性が出迎えた。
五十代後半ぐらいだろうか。ひっつめた髪には白髪が混じり、目尻の皺が温厚そうだ。
「ここの管理をしてくださっている中森さん。ここに滞在中は中森さんのお世話になるから」
龍之介に紹介された中森は、深々と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。なんなりとお申しつけくださいませ」
「こちらこそよろしくお願いします」
茜音も慌てて礼を返す。
すると、龍之介と中森はひそひそとやり取りしはじめた。
「大丈夫だった?」
龍之介が問うと、中森は緊張した面持ちで言う。
「はい、問題ありません。現れなかったようです」
耳をそばだてていた茜音に、しっかりと聞こえた。
んん? 現れなかった? ……誰が?
「じゃ、先に邸内を案内するから」
中へ入るよううながされ、なにも聞こえなかったフリをし、彼のあとに続いた。
「中森さんは夜にはいなくなるから」
さりげなく耳打ちされた艶っぽい響きに、どうしようもなくドキドキする。
邸内はため息が出てしまうほど、贅の凝らされた空間だった。
まずは、広々としたリビング。目にまぶしい真っ白なカバーが掛けられたソファが、爽やかなチークのテーブルをぐるりと囲み、何十人もくつろげそうだ。
西側の壁はすべて取り払われ、湖に向かってリゾート風のウッドテラスが繋がっている。
軽く十人は座れるダイニングには、薔薇の蕾のようなシャンデリアが、用意された二人分の銀食器を照らしていた。
「一階に屋内のヒノキ風呂、二階に露天風呂があるんだ。どちらも、源泉掛け流し」
龍之介の説明に、茜音は内心大喜びだ。しかも、立派なサウナと水風呂にジャグジーも付いているし!
ベッドルームは数えきれないほどあった。露天風呂付きのものと和室も含めると、六つか七つか。
キッチンは、シェフが調理の真っ最中ということで立ち入り禁止だったが、古今東西のワインで埋め尽くされたワインセラー、ビリヤードが楽しめるプレイルームにシアタールーム、さらにリビングの一角を低くし、暖炉を備えたシガースペース、地下にはトレーニングマシンのあるジムとスカッシュコートがあった。
一部屋ずつ案内されるたび、感嘆せずにはいられない。豪邸を紹介する住宅情報番組の、インタビュアーになった気分だった。
「そんなにめずらしくもないだろ。リアクションが大げさすぎないか?」
冷ややかに言う龍之介に、茜音はぶんぶん手を振ってみせる。
「とんでもない! 私は庶民派ですから、これほどまでゴージャスな別荘はさすがに経験ないです」
ダイニングに戻り、腕のいいシェフがこしらえたという、フレンチのコース料理を食べた。
見た目の美しさも、味の繊細さも、かつてないほど素晴らしく、すっかり感動してしまう。龍之介クラスになると、神様みたいな腕を持ったレジェンド・シェフが、世界中どこにでもついてくるらしい。
それから数時間後、茜音は独り二階の露天風呂から、湯ノ湖をはるかに眺めていた。
別荘は高台の斜面に建っているため、視界をさえぎるものはなにもなく、湯ノ湖の全貌をじっくり観賞できる。男体山や温泉ヶ岳、金精山といった山々に抱きかかえられるように湯ノ湖がある。
それは、胸に迫ってくる絶景だった。
霧が出てきたのか、山頂は白く覆われ、深い緑とも群青ともつかない湖面には、サァーッと小雨が降り注いでいる。深い静寂に包まれ、時折、鳥の鳴き声と葉擦れの音がかすかに響いた。
空気は澄み渡り、湖の精霊が降臨したかのような、幽玄の世界がそこにある。
ここの標高は千四百メートルを超え、気温はぐっと下がって秋の終わりぐらいの気候だ。冷たい空気が火照った肌に心地よい。覆いや遮蔽壁がうまく設計されており、全裸で立っていても誰かに見られる心配はなかった。呼吸するたび、体の隅々まで浄化されていく気がする。
ゆっくり緑を眺めるのはひさしぶりだった。日々がせわしなく頭がビジネスモードになっていると、四季の移り変わりや自然の恵みに無頓着になる。感覚は鈍くなり、今の季節ってなんだっけ? と思うことも少なくない。
それにしても、昼間のアレは……
別荘に着いたときの、龍之介と中森のやり取りが気になる。
――はい、問題ありません。現れなかったようです。
このときの、二人の緊張した面持ち。「現れなかった」と聞き、龍之介はホッとしているように見えた。ということは、つまり……
誰かが現れるのを、恐れていた? やっぱり、芸能記者とか?
――別に、マスコミを警戒してるわけじゃない。
ここへ来る道中、そう言ったのは龍之介だ。なら、マスコミ関係者ではない、別の誰か……?
「やっぱり、某国のスパイ説がガチ? うぅ……寒っ!」
体が冷えてきたので、数歩下がってふたたび温泉につかった。
乳白色のお湯は少し硫黄の匂いがし、体の芯から温まっていく。心地よさのあまり、腹の底から深いため息が出た。
「あああああああったかぁ~い! もおおお、最高……」
独り言は、しっとりした空気に溶けていく。
まあ、考えてもしょうがないか。彼が言うとおり、私には関係ないみたいだし……
雨の湯ノ湖はいつまで見ていても、飽きることはなかった。温泉につかったり、浴槽の傍にあるカウチに寝そべったりを繰り返しているうちに、時間はまたたく間に過ぎていく。
ランチが終わったあと、龍之介は書斎で残った仕事を片づけると言った。夕方まで自由時間で、例の〝夜の予定〟はディナーのあとだ。
覚悟が決まったわけじゃない。この段階にきてもまだ、心に迷いは渦巻いていた。
龍之介はこの不安に気づいたんだろうか? ランチのあとに距離を置いたのは、彼なりの気遣いに思える。
――深く考えずにアホになろうか。
この言葉を思い出すと、心が少し軽くなった。
◇ ◇ ◇
ベッドルームのドアを閉めた音がやけに響き、茜音ははっと顔を上げた。
「さて、このあとどうしようか?」
龍之介の声は少し硬く、茜音のほうを見向きもしない。
ヘッドボードにつけられた間接照明が、彼の高い鼻梁から唇のラインを淡く縁取っていた。
……お。めずらしく、神経質になってる?
茜音はそう見て取った。どんなことにも感情を動かさない氷の男が、緊張して動揺している。
逆に茜音は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
ベッドルームは和風インテリアの広い間取りで、キングサイズのベッドがドドンと鎮座している。掃き出し窓から、先ほど茜音が入っていた露天風呂のカウチが見えた。ここから歩いて行ける造りになっているらしい。
茜音はガウンを羽織り、秘密兵器を隠していた。このエスニック柄のロングガウンは、前のボタンを留めればロングワンピースにもなり、ディナーや外歩きに行ける便利なデザインだ。吸水性と速乾性に優れ、温泉やプールなどのリゾート地で重宝する、ボニーズスタイルの人気商品だった。
「そうですねぇ。もう私はシャワーも浴びたし、特にこれ以上やることは……」
「俺もさっき浴びた」
「なら、準備万端かな。さっとやって、パッと終わらせちゃいましょうか?」
冗談めかして言うと、龍之介は眉をひそめ、冷ややかな一瞥をくれる。
「随分な言い草だな。そっちは慣れてるかもしれないけど、俺はこういうのは初めてなんだ」
トゲのある言いかたに、肩をすくめるしかない。
「別に慣れてるわけじゃないけど……。ここでいきなり感情的になるのはなしですよ。これは契約なんだし、極めてドライな展開になることは、最初からわかっていたでしょう?」
「それはそうだが、もう少し言いようがあるだろう?」
「イライラされても困ります。私に八つ当たりしたってむだだし。お互いのせいにしないように協力しましょうって、約束したじゃないですか」
「それはそうだが……」
龍之介は頭をくしゃくしゃと掻きむしった。あきらかに動揺している。
「そんなに難しいことじゃないんだし、とっとと終わらせて自由になりましょうよ。苦手なものは先に終わらせるべし」
「とっとと終わらせてって……簡単に言うなよ。歯の治療じゃないんだぞ」
龍之介が動揺すればするほど、茜音は落ち着いていった。
あれ。なんか、意外と頼りない? さっきまでの俺様キャラ、崩壊してない?
完全無欠のCEOが垣間見せる、頼りない一面。ちょっと可愛いと思ってしまったかも……
「なら、どうします? 今日はやめておきますか? イライラされても嫌ですし、こういうのは男性がダメなら成し得ない行為ですし……」
龍之介は、さっと頬を紅潮させた。
「ダメだなんて言ってないだろ。慣れないから少し緊張しているだけだ」
「なら、頑張りましょっか」
さあ、ここで秘密兵器の御開帳だ!
えいやっ、とロングガウンを脱ぎ去る。なにかBGMでも流したいところだけど、設備がないからしょうがない。
龍之介がこちらを振り返り、石像のように固まった。
そこで、ピタッと時間が止まる。仁王立ちをする茜音と、それを見つめたまま動かない龍之介。
なにを隠そう、秘密兵器とはこのシースルー・ベビードールのことである。我がボニーズスタイルの主力商品で、値段は都内で働くOLの月収約一か月分と、かなりお高めだ。
ゴージャスな総レース仕立てで、ボディ全体にリボンを結ぶようなデザインになっている。胸の蕾をかろうじて覆う、細いレースがバストを斜めに走り、みぞおちに小さなリボンがあり、そこから腰骨に向かってレース生地が垂れ下がり、ぐるりとお尻を囲んでいる。
囲んでいるといっても透け透けだし、みぞおちから臍の辺りは丸見え、背中はばっくり開いているので、全裸とほぼ変わらない。同じデザインのGストリング、いわゆるひも状ショーツもセットで販売されており、それも着けていた。
我が社が自信を持ってオススメする、エロス・オブ・エロスの勝負下着。バストに絡みついたレースを、胸の蕾が押し上げているのが艶めかしさの極み。あばらが露出しているから、ウェストがくびれて見えるし、レースの割れ目からのぞくお臍が、さらにエロスを演出してくれる……はず。
「それ、どういうつもり?」
龍之介の氷のような声が、地獄の底から響いた。ように聞こえた。
ん? もしかして、お気に召しませんでした……?
「あのー、サポートしようと思いまして。アシストというか」
一応説明すると、龍之介はぴくりと片眉を動かした。
「……アシスト? 俺のことを?」
「すべてを龍之介さんにお任せするのもアレですし、私もなにかできることはないかな~と考えまして……。少しでも龍之介さんがナイスゴールを決めるための、アシストになればと」
サッカーにたとえるとは、我ながらうますぎると思っていると、龍之介は眉間に皺を寄せた。
あれ。もしかして、あきれられちゃった……? ちょっとこのベビードールじゃ、セクシーが過ぎたかな?
おもむろに、龍之介は着ている服を脱ぎはじめた。ヤケクソになったように、脱いだ服を一枚ずつ床に叩きつけている。
あっという間に、彼はボクサーショーツだけになり、茜音は思わず息を呑んだ。
惚れ惚れするような肉体美がそこにあった。予想よりはるかに引き締まった体つきで、上腕筋がしなやかに隆起し、丸く膨らんだ胸筋を薄い体毛が覆っている。肩幅はがっしりと広く、腹筋も見るからに硬そうで、むだなぜい肉はいっさいない。マッチョ過ぎるしつこさはなく、女性なら誰もがひと目見て「素敵!」とテンションが上がるぐらいの、理想的な鍛えかただった。
これほどまで均整の取れた、筋肉美を誇る男性を見たことがない。ぶしつけとは知りつつ、じろじろ眺めていると、龍之介は酷薄な笑みを浮かべた。
「……慣れてるんだろ? こういうの」
言いながら、龍之介は大股で近づいてくる。
……な、なんで彼は急に怒っているわけ?
なすすべもなく棒立ちになっていると、目の前まで来た龍之介に、素早く手首を掴まれた。
その握力の強さに、ドキリとする。
握られた手首が、ひどく熱い。
「なら、さっとやって、パッと終わらせようか。君の言ったとおりさ」
低い声は残忍に響く。
こちらを見下ろし、口角を上げる妖艶な美貌。
そのとき襲われた感情が、恐怖か興奮かわからないまま、背筋がゾクッと粟立った。
◇ ◇ ◇
焼けるような素肌の熱さに、茜音は呼吸を止めた。
……うあっ……。熱いっ……
頬が、弾力ある胸板に当たり、ふわふわした体毛にくすぐられる。すぐそこで、龍之介の鼓動が轟いていた。
それ以上に、自分の心臓のほうが爆発しそうだ。
うっとりするような香りに包まれ、まぶたの裏側がくらりとする。
上品なオードトワレに、野性的な匂いが混じったようないい香り。鼻いっぱい吸い込むと、下腹部の芯に小さな火が灯る心地がした。
背中に置かれた龍之介の手がするりと下がり、ちょうど腰の中心にきたと思ったら、ぐっと力が込められ、彼の股間が密着する。
思わず、茜音は目を見開いた。
……あっ。こ、これは、もしや……?
きゃーっ、と声を上げそうになるのを、すんでのところで耐える。
彼のものは硬く大きく膨らみ、下腹部をぐいぐい押してきた。さらに腰を抱く手は力を入れ、容赦なくそれを押しつけてくる。
わわわ、わかった、わかったってば! こんなにガチガチなら、心配することなさそう。あとはさくっと終わらせてくれれば……
冷静でいようとしても、ドキドキしすぎて目が回りそうだった。
硬く怒張したものと、あまりに高すぎる体温が、彼の感じている興奮を生々しく伝えてくる。震えるほどの興奮に感染し、こちらもとんでもないテンションになっていた。
いったいなにが彼をこんなに興奮させているのかわからない。自分がなぜ、こんなにドキドキしているのかも。
嫌悪感はまったくない。堪らなくセクシーないい香りと、たくましい筋肉の熱に包まれ、失神しそうなほど心地よかった。
うん。なんか想像していたより、はるかに素敵かも。この感じなら、そんなにひどい事態にはならなそう……
おずおずと彼の背中に両腕を回すと、がっしりした体躯はかなり厚みがあり、男らしくて好感度が上がる。
心なしか彼の呼吸が、荒い。
「……慣れてるんだろ? こういうの」
声は挑発するように、意地悪く響く。彼はすでに、礼儀正しい男の仮面を取り去っていた。
いや、慣れていないどころか、まったく経験もないっていうか、なんというか……
どう答えようかぐるぐる考えていると、龍之介はどんどん大胆になってきた。腰にあった彼の手がさらに下り、ベビードールの裾の内側に入ってきて、さわさわとお尻を撫で回す。
……ん? んんっ? ちょ、ちょっと……?
大きな手のひらは、曲線をたしかめるように、お尻の表面をじわじわと這っていく……
触れかたがひどくいやらしく、さながら痴漢でもされているみたいで、くすぐったさに四肢がふるふる震えた。
けど、嫌じゃなくて。すごくいやらしいんだけど、背徳感混じりの妙な快感があって……
彼の触れたところから、産毛が逆立つような刺激が生まれる。もっとしっかり触れて欲しくて、もどかしさが募った。
手のひらはゆっくり円を描きながら、舐めるように肌の表面を滑っていく……
指先はやがてお尻の谷間に侵入し、後孔をやんわり掠めたあと、秘裂の割れ目に到達した。花びらの内側をまさぐられ、腰がピクンッ、と跳ねてしまう。
「……あれ。ここ、まだまだじゃない? そっちも準備できてるのかと思ったけど」
冷淡な声とは裏腹に、指先は花びらを一枚ずつめくり、割れ目をそろそろと愛撫しはじめた。
感じやすいところに触れられ、背筋に震えが走り、変な声が漏れそうになる。
くちゅくちゅ、ぴちゅっと、かすかな水音が響き出す。
ん、ちょ、ちょっと、くすぐったっ……ていうか、あぁ……
ソフトなタッチが、気持ちよすぎて腰が抜けそう……
だんだん水音は大きくなり、腿の内側をぬるい液が伝い落ちた。
未経験の刺激に翻弄され、膝はガクガクと笑い、倒れないよう必死で彼にしがみつく。
彼は屈強な片腕で茜音を悠々と支えながら、信じられないほどいやらしい責め苦を与え続けた。
「ちょ、ちょっと待っ……わたしっ……」
体に力が入らない上に、がっしり抱きかかえられ、簡単に逃げられない!
そうこうするうちに、指先は奥にある小さな花芽を探し当て、そろりと撫でた。
うわっ。うわわわっ……!
じんじんする刺激に耐えきれず、反射的に背筋が、ビッと伸びた。
しかし、彼の指はそこから撤退せず、花芽をしっかり捕らえている。
「……足、もっと開けよ」
色っぽい声でそう命じられ、なぜか逆らえない。
従順なロボットみたいに、膝を震わせながらどうにか足を開いた。
すると、指先は卑猥に蠢き、小さな花芽をクリクリと押し回しはじめる……
「もっと、力抜けよ」
「あ、んっ、だ、だって……あ……」
柔らかいタッチで花芽を擦られ、いやがおうでも、うねりがせり上がってくる。
こんなところ、自分で触ったこともない。ひりつくような快感に間断なく襲われ、なにがどうなっているのか、自分でもわからなかった。
怖いんだけど超気持ちよくて、やめて欲しくないけど恥ずかしくて、ただ彼にすがりつくしかできない。
そのとき、別の指が蜜口から中へ、ぬるりと滑り込んできた。
冷えた指が膣内の粘膜に触れ、んんっ、と息を呑む。
蜜口は粘りけのある蜜にまみれており、長い指は難なく奥まで、ずぶずぶと挿し入った。
指のゴツゴツと骨ばった形が、クリアに感じとれる。
指はまるで男根がそうするように、奥のほうの媚肉をにゅるにゅる擦りはじめた。
「……っ!」
なっ、なにこれっ……。き、気持ちよすぎて、ヤバイッ……
指は巧みに花芽をもてあそび、同時に別の指が媚肉を揺さぶり、蜜が掻き出される。
どの指がどうなっているか、さっぱりわからないけど、現状を分析している余裕はなかった。
熱を帯びた媚肉が、ひんやりした指を少しずつ温めていく……
媚肉を掻いている指が、だんだん同じ温度になっていくのが、無性にドキドキした。
「とろとろのぐちゃぐちゃだ。ほら……」
彼はわざと指を激しく出し入れし、ぶちゃっ、ぐちゃっ、と音を立ててみせる。
ちょ、ちょっと、やめて……
恥ずかしいのに、「あっ」とか「うぅ」しか声が出ない。次々に迫りくる快感の波に、意識までさらわれてしまいそうだ。
のけぞった姿勢で体に力が入らず、左足だけツタのように彼の腿に絡ませ、まるでタンゴでも踊っている状態だ。彼に抱えられながら、大きく開いた秘裂をいいように蹂躙され、ひたすら蜜を溢れさせた。
「威勢がよかったわりには、追い込まれるのが早くないか? まだまだこんなもんじゃないだろ?」
冷笑しながら快感を送り込んでくる彼が、もう悪魔にしか見えない。
……た、体勢がキツイんだけど、き、気持ち……よくて……イッちゃう……
奥まで潜り込んだ指の腹が、ずるりっ、と敏感なポイントを抉る。同時に、硬くなった花芽をつままれ、きゅっと押し潰された。
すぐそこまで迫った大きなうねりが、腰の内側で白く弾ける。
「……あくっ。……あぁぅっ……!」
ビクビクッ、と我知らず腰が痙攣し、絶頂に達した。
……な、なにこれ。……死んじゃいそう……ああ……
あまりの気持ちのよさに、媚肉で彼の指を締めつけ、意識がぼんやり遠のいていく……
どろり、と恥ずかしいほど大量の蜜が溢れ、足首まで流れ落ちた。
糸の切れた人形のようにくたっとした体を、片腕で楽々と抱え上げる彼が憎らしい。
モヤがかかった視界に、こちらをじっと見下ろす龍之介の美貌が映った。
「……大丈夫?」
心配そうにのぞき込まれても、肩で息をすることしかできない。
「じゃあ、ベッドに行こうか?」
先ほどまでとは打って変わって、いたわるような眼差しと声音。
初めて見せられた優しさに、なぜか胸がきゅんと切なくなった。
龍之介は軽々と茜音をお姫様抱っこし、ベッドにそっと横たえさせる。
仰向けになり、両膝を立てた茜音は、龍之介を見上げた。
彼は膝立ちで片腕をマットにつき、茜音の体を眺めている。その、じっと身を潜めているようなさまが、これから獲物を仕留めようとする、ネコ科の肉食獣を思い起こさせた。ヒョウとかライオンとか、そういうやつ……
彼の上腕筋は滑らかに盛り上がっていた。肘から先の筋肉に続いている稜線を、つい目でなぞってしまう。
メガネの奥にある目元は、相変わらず涼しげだった。まぶたを少し伏せ、じっと見入る灰色の瞳に、昏い熱がこもっていて、それが茜音を黙らせる。茶化したり挑発したりするのは、許されない気がした。
龍之介さん、なんか……いつもと全然違う。別人みたい……
こんなにも激しく、これほどまで劣情を露わにした視線にさらされた経験は、ない。不思議と気分は高揚し、自分がすごく魅力的な女性に変身したような錯覚に陥った。
舐めるような熱視線が肌を照射し、そこが火傷したみたいにひりひりする。
絶頂の余韻はまだ、体にまとわりついていた。頭はボーッとし、秘裂のひりつく感じは抜けず、肌のあちこちが鋭敏になっている。
ひんやりしたシーツが火照った肌に心地よかった。上質な柔軟剤を使っているのか、アロマのようないい香りがする。
「……ここ、すごい勃ってる」
胸の蕾が石のように硬くなり、ベビードールの薄いレースを押し上げていた。
両方の胸の蕾をきゅっとつままれ、「うぅっ」と声が漏れてしまう。大きな手がレースの生地ごと乳房をわしづかみ、いやらしく揉みはじめた。
……あ。ちょ、ちょっと……そこは……
少しだけ、気分が軽くなったような気がする。
いつの間にか緑が増え、東北自動車道に入っていた。蕭々と降りしきる雨の中、山あいの高速道路をスポーツカーは突き抜けていく。
車は日光宇都宮道路の清滝インターチェンジで降り、ヘアピンカーブだらけのいろは坂を上り、中禅寺湖を左に見てさらに北上する。雄大な男体山をのぞみ、戦場ヶ原をとおり抜けたところで、まだ奥へ行くのかなと茜音が思いはじめた頃、龍之介は小さな側道へハンドルを切った。
別荘は、湯ノ湖を見下ろす静かな高台にあった。
色がまだらのレンガが積み上げられた建物で、ゴシック建築を模したものらしい。鬱蒼とした木々の間から現れたそれは、ヨーロッパの古城を思わせた。
砂利の敷かれたアプローチで車を降り、茜音は大きな建物を見上げ、心から絶賛した。
「うわああ……。すっごく素敵な別荘ですね。雰囲気があって……」
ニューヨーク州スリーピー・ホロウの画家が所有していた保養所を買い取り、リノベーションしたのだと、龍之介は語った。その画家は茜音も知る人物で、アメリカ合衆国の名門一族、ロックウェル家の第四代当主であり、親日家として知られている。
「菱橋様、お疲れ様でございました。お食事の準備はできております」
かっちりしたウェイトレスの制服を着た、年配の女性が出迎えた。
五十代後半ぐらいだろうか。ひっつめた髪には白髪が混じり、目尻の皺が温厚そうだ。
「ここの管理をしてくださっている中森さん。ここに滞在中は中森さんのお世話になるから」
龍之介に紹介された中森は、深々と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。なんなりとお申しつけくださいませ」
「こちらこそよろしくお願いします」
茜音も慌てて礼を返す。
すると、龍之介と中森はひそひそとやり取りしはじめた。
「大丈夫だった?」
龍之介が問うと、中森は緊張した面持ちで言う。
「はい、問題ありません。現れなかったようです」
耳をそばだてていた茜音に、しっかりと聞こえた。
んん? 現れなかった? ……誰が?
「じゃ、先に邸内を案内するから」
中へ入るよううながされ、なにも聞こえなかったフリをし、彼のあとに続いた。
「中森さんは夜にはいなくなるから」
さりげなく耳打ちされた艶っぽい響きに、どうしようもなくドキドキする。
邸内はため息が出てしまうほど、贅の凝らされた空間だった。
まずは、広々としたリビング。目にまぶしい真っ白なカバーが掛けられたソファが、爽やかなチークのテーブルをぐるりと囲み、何十人もくつろげそうだ。
西側の壁はすべて取り払われ、湖に向かってリゾート風のウッドテラスが繋がっている。
軽く十人は座れるダイニングには、薔薇の蕾のようなシャンデリアが、用意された二人分の銀食器を照らしていた。
「一階に屋内のヒノキ風呂、二階に露天風呂があるんだ。どちらも、源泉掛け流し」
龍之介の説明に、茜音は内心大喜びだ。しかも、立派なサウナと水風呂にジャグジーも付いているし!
ベッドルームは数えきれないほどあった。露天風呂付きのものと和室も含めると、六つか七つか。
キッチンは、シェフが調理の真っ最中ということで立ち入り禁止だったが、古今東西のワインで埋め尽くされたワインセラー、ビリヤードが楽しめるプレイルームにシアタールーム、さらにリビングの一角を低くし、暖炉を備えたシガースペース、地下にはトレーニングマシンのあるジムとスカッシュコートがあった。
一部屋ずつ案内されるたび、感嘆せずにはいられない。豪邸を紹介する住宅情報番組の、インタビュアーになった気分だった。
「そんなにめずらしくもないだろ。リアクションが大げさすぎないか?」
冷ややかに言う龍之介に、茜音はぶんぶん手を振ってみせる。
「とんでもない! 私は庶民派ですから、これほどまでゴージャスな別荘はさすがに経験ないです」
ダイニングに戻り、腕のいいシェフがこしらえたという、フレンチのコース料理を食べた。
見た目の美しさも、味の繊細さも、かつてないほど素晴らしく、すっかり感動してしまう。龍之介クラスになると、神様みたいな腕を持ったレジェンド・シェフが、世界中どこにでもついてくるらしい。
それから数時間後、茜音は独り二階の露天風呂から、湯ノ湖をはるかに眺めていた。
別荘は高台の斜面に建っているため、視界をさえぎるものはなにもなく、湯ノ湖の全貌をじっくり観賞できる。男体山や温泉ヶ岳、金精山といった山々に抱きかかえられるように湯ノ湖がある。
それは、胸に迫ってくる絶景だった。
霧が出てきたのか、山頂は白く覆われ、深い緑とも群青ともつかない湖面には、サァーッと小雨が降り注いでいる。深い静寂に包まれ、時折、鳥の鳴き声と葉擦れの音がかすかに響いた。
空気は澄み渡り、湖の精霊が降臨したかのような、幽玄の世界がそこにある。
ここの標高は千四百メートルを超え、気温はぐっと下がって秋の終わりぐらいの気候だ。冷たい空気が火照った肌に心地よい。覆いや遮蔽壁がうまく設計されており、全裸で立っていても誰かに見られる心配はなかった。呼吸するたび、体の隅々まで浄化されていく気がする。
ゆっくり緑を眺めるのはひさしぶりだった。日々がせわしなく頭がビジネスモードになっていると、四季の移り変わりや自然の恵みに無頓着になる。感覚は鈍くなり、今の季節ってなんだっけ? と思うことも少なくない。
それにしても、昼間のアレは……
別荘に着いたときの、龍之介と中森のやり取りが気になる。
――はい、問題ありません。現れなかったようです。
このときの、二人の緊張した面持ち。「現れなかった」と聞き、龍之介はホッとしているように見えた。ということは、つまり……
誰かが現れるのを、恐れていた? やっぱり、芸能記者とか?
――別に、マスコミを警戒してるわけじゃない。
ここへ来る道中、そう言ったのは龍之介だ。なら、マスコミ関係者ではない、別の誰か……?
「やっぱり、某国のスパイ説がガチ? うぅ……寒っ!」
体が冷えてきたので、数歩下がってふたたび温泉につかった。
乳白色のお湯は少し硫黄の匂いがし、体の芯から温まっていく。心地よさのあまり、腹の底から深いため息が出た。
「あああああああったかぁ~い! もおおお、最高……」
独り言は、しっとりした空気に溶けていく。
まあ、考えてもしょうがないか。彼が言うとおり、私には関係ないみたいだし……
雨の湯ノ湖はいつまで見ていても、飽きることはなかった。温泉につかったり、浴槽の傍にあるカウチに寝そべったりを繰り返しているうちに、時間はまたたく間に過ぎていく。
ランチが終わったあと、龍之介は書斎で残った仕事を片づけると言った。夕方まで自由時間で、例の〝夜の予定〟はディナーのあとだ。
覚悟が決まったわけじゃない。この段階にきてもまだ、心に迷いは渦巻いていた。
龍之介はこの不安に気づいたんだろうか? ランチのあとに距離を置いたのは、彼なりの気遣いに思える。
――深く考えずにアホになろうか。
この言葉を思い出すと、心が少し軽くなった。
◇ ◇ ◇
ベッドルームのドアを閉めた音がやけに響き、茜音ははっと顔を上げた。
「さて、このあとどうしようか?」
龍之介の声は少し硬く、茜音のほうを見向きもしない。
ヘッドボードにつけられた間接照明が、彼の高い鼻梁から唇のラインを淡く縁取っていた。
……お。めずらしく、神経質になってる?
茜音はそう見て取った。どんなことにも感情を動かさない氷の男が、緊張して動揺している。
逆に茜音は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
ベッドルームは和風インテリアの広い間取りで、キングサイズのベッドがドドンと鎮座している。掃き出し窓から、先ほど茜音が入っていた露天風呂のカウチが見えた。ここから歩いて行ける造りになっているらしい。
茜音はガウンを羽織り、秘密兵器を隠していた。このエスニック柄のロングガウンは、前のボタンを留めればロングワンピースにもなり、ディナーや外歩きに行ける便利なデザインだ。吸水性と速乾性に優れ、温泉やプールなどのリゾート地で重宝する、ボニーズスタイルの人気商品だった。
「そうですねぇ。もう私はシャワーも浴びたし、特にこれ以上やることは……」
「俺もさっき浴びた」
「なら、準備万端かな。さっとやって、パッと終わらせちゃいましょうか?」
冗談めかして言うと、龍之介は眉をひそめ、冷ややかな一瞥をくれる。
「随分な言い草だな。そっちは慣れてるかもしれないけど、俺はこういうのは初めてなんだ」
トゲのある言いかたに、肩をすくめるしかない。
「別に慣れてるわけじゃないけど……。ここでいきなり感情的になるのはなしですよ。これは契約なんだし、極めてドライな展開になることは、最初からわかっていたでしょう?」
「それはそうだが、もう少し言いようがあるだろう?」
「イライラされても困ります。私に八つ当たりしたってむだだし。お互いのせいにしないように協力しましょうって、約束したじゃないですか」
「それはそうだが……」
龍之介は頭をくしゃくしゃと掻きむしった。あきらかに動揺している。
「そんなに難しいことじゃないんだし、とっとと終わらせて自由になりましょうよ。苦手なものは先に終わらせるべし」
「とっとと終わらせてって……簡単に言うなよ。歯の治療じゃないんだぞ」
龍之介が動揺すればするほど、茜音は落ち着いていった。
あれ。なんか、意外と頼りない? さっきまでの俺様キャラ、崩壊してない?
完全無欠のCEOが垣間見せる、頼りない一面。ちょっと可愛いと思ってしまったかも……
「なら、どうします? 今日はやめておきますか? イライラされても嫌ですし、こういうのは男性がダメなら成し得ない行為ですし……」
龍之介は、さっと頬を紅潮させた。
「ダメだなんて言ってないだろ。慣れないから少し緊張しているだけだ」
「なら、頑張りましょっか」
さあ、ここで秘密兵器の御開帳だ!
えいやっ、とロングガウンを脱ぎ去る。なにかBGMでも流したいところだけど、設備がないからしょうがない。
龍之介がこちらを振り返り、石像のように固まった。
そこで、ピタッと時間が止まる。仁王立ちをする茜音と、それを見つめたまま動かない龍之介。
なにを隠そう、秘密兵器とはこのシースルー・ベビードールのことである。我がボニーズスタイルの主力商品で、値段は都内で働くOLの月収約一か月分と、かなりお高めだ。
ゴージャスな総レース仕立てで、ボディ全体にリボンを結ぶようなデザインになっている。胸の蕾をかろうじて覆う、細いレースがバストを斜めに走り、みぞおちに小さなリボンがあり、そこから腰骨に向かってレース生地が垂れ下がり、ぐるりとお尻を囲んでいる。
囲んでいるといっても透け透けだし、みぞおちから臍の辺りは丸見え、背中はばっくり開いているので、全裸とほぼ変わらない。同じデザインのGストリング、いわゆるひも状ショーツもセットで販売されており、それも着けていた。
我が社が自信を持ってオススメする、エロス・オブ・エロスの勝負下着。バストに絡みついたレースを、胸の蕾が押し上げているのが艶めかしさの極み。あばらが露出しているから、ウェストがくびれて見えるし、レースの割れ目からのぞくお臍が、さらにエロスを演出してくれる……はず。
「それ、どういうつもり?」
龍之介の氷のような声が、地獄の底から響いた。ように聞こえた。
ん? もしかして、お気に召しませんでした……?
「あのー、サポートしようと思いまして。アシストというか」
一応説明すると、龍之介はぴくりと片眉を動かした。
「……アシスト? 俺のことを?」
「すべてを龍之介さんにお任せするのもアレですし、私もなにかできることはないかな~と考えまして……。少しでも龍之介さんがナイスゴールを決めるための、アシストになればと」
サッカーにたとえるとは、我ながらうますぎると思っていると、龍之介は眉間に皺を寄せた。
あれ。もしかして、あきれられちゃった……? ちょっとこのベビードールじゃ、セクシーが過ぎたかな?
おもむろに、龍之介は着ている服を脱ぎはじめた。ヤケクソになったように、脱いだ服を一枚ずつ床に叩きつけている。
あっという間に、彼はボクサーショーツだけになり、茜音は思わず息を呑んだ。
惚れ惚れするような肉体美がそこにあった。予想よりはるかに引き締まった体つきで、上腕筋がしなやかに隆起し、丸く膨らんだ胸筋を薄い体毛が覆っている。肩幅はがっしりと広く、腹筋も見るからに硬そうで、むだなぜい肉はいっさいない。マッチョ過ぎるしつこさはなく、女性なら誰もがひと目見て「素敵!」とテンションが上がるぐらいの、理想的な鍛えかただった。
これほどまで均整の取れた、筋肉美を誇る男性を見たことがない。ぶしつけとは知りつつ、じろじろ眺めていると、龍之介は酷薄な笑みを浮かべた。
「……慣れてるんだろ? こういうの」
言いながら、龍之介は大股で近づいてくる。
……な、なんで彼は急に怒っているわけ?
なすすべもなく棒立ちになっていると、目の前まで来た龍之介に、素早く手首を掴まれた。
その握力の強さに、ドキリとする。
握られた手首が、ひどく熱い。
「なら、さっとやって、パッと終わらせようか。君の言ったとおりさ」
低い声は残忍に響く。
こちらを見下ろし、口角を上げる妖艶な美貌。
そのとき襲われた感情が、恐怖か興奮かわからないまま、背筋がゾクッと粟立った。
◇ ◇ ◇
焼けるような素肌の熱さに、茜音は呼吸を止めた。
……うあっ……。熱いっ……
頬が、弾力ある胸板に当たり、ふわふわした体毛にくすぐられる。すぐそこで、龍之介の鼓動が轟いていた。
それ以上に、自分の心臓のほうが爆発しそうだ。
うっとりするような香りに包まれ、まぶたの裏側がくらりとする。
上品なオードトワレに、野性的な匂いが混じったようないい香り。鼻いっぱい吸い込むと、下腹部の芯に小さな火が灯る心地がした。
背中に置かれた龍之介の手がするりと下がり、ちょうど腰の中心にきたと思ったら、ぐっと力が込められ、彼の股間が密着する。
思わず、茜音は目を見開いた。
……あっ。こ、これは、もしや……?
きゃーっ、と声を上げそうになるのを、すんでのところで耐える。
彼のものは硬く大きく膨らみ、下腹部をぐいぐい押してきた。さらに腰を抱く手は力を入れ、容赦なくそれを押しつけてくる。
わわわ、わかった、わかったってば! こんなにガチガチなら、心配することなさそう。あとはさくっと終わらせてくれれば……
冷静でいようとしても、ドキドキしすぎて目が回りそうだった。
硬く怒張したものと、あまりに高すぎる体温が、彼の感じている興奮を生々しく伝えてくる。震えるほどの興奮に感染し、こちらもとんでもないテンションになっていた。
いったいなにが彼をこんなに興奮させているのかわからない。自分がなぜ、こんなにドキドキしているのかも。
嫌悪感はまったくない。堪らなくセクシーないい香りと、たくましい筋肉の熱に包まれ、失神しそうなほど心地よかった。
うん。なんか想像していたより、はるかに素敵かも。この感じなら、そんなにひどい事態にはならなそう……
おずおずと彼の背中に両腕を回すと、がっしりした体躯はかなり厚みがあり、男らしくて好感度が上がる。
心なしか彼の呼吸が、荒い。
「……慣れてるんだろ? こういうの」
声は挑発するように、意地悪く響く。彼はすでに、礼儀正しい男の仮面を取り去っていた。
いや、慣れていないどころか、まったく経験もないっていうか、なんというか……
どう答えようかぐるぐる考えていると、龍之介はどんどん大胆になってきた。腰にあった彼の手がさらに下り、ベビードールの裾の内側に入ってきて、さわさわとお尻を撫で回す。
……ん? んんっ? ちょ、ちょっと……?
大きな手のひらは、曲線をたしかめるように、お尻の表面をじわじわと這っていく……
触れかたがひどくいやらしく、さながら痴漢でもされているみたいで、くすぐったさに四肢がふるふる震えた。
けど、嫌じゃなくて。すごくいやらしいんだけど、背徳感混じりの妙な快感があって……
彼の触れたところから、産毛が逆立つような刺激が生まれる。もっとしっかり触れて欲しくて、もどかしさが募った。
手のひらはゆっくり円を描きながら、舐めるように肌の表面を滑っていく……
指先はやがてお尻の谷間に侵入し、後孔をやんわり掠めたあと、秘裂の割れ目に到達した。花びらの内側をまさぐられ、腰がピクンッ、と跳ねてしまう。
「……あれ。ここ、まだまだじゃない? そっちも準備できてるのかと思ったけど」
冷淡な声とは裏腹に、指先は花びらを一枚ずつめくり、割れ目をそろそろと愛撫しはじめた。
感じやすいところに触れられ、背筋に震えが走り、変な声が漏れそうになる。
くちゅくちゅ、ぴちゅっと、かすかな水音が響き出す。
ん、ちょ、ちょっと、くすぐったっ……ていうか、あぁ……
ソフトなタッチが、気持ちよすぎて腰が抜けそう……
だんだん水音は大きくなり、腿の内側をぬるい液が伝い落ちた。
未経験の刺激に翻弄され、膝はガクガクと笑い、倒れないよう必死で彼にしがみつく。
彼は屈強な片腕で茜音を悠々と支えながら、信じられないほどいやらしい責め苦を与え続けた。
「ちょ、ちょっと待っ……わたしっ……」
体に力が入らない上に、がっしり抱きかかえられ、簡単に逃げられない!
そうこうするうちに、指先は奥にある小さな花芽を探し当て、そろりと撫でた。
うわっ。うわわわっ……!
じんじんする刺激に耐えきれず、反射的に背筋が、ビッと伸びた。
しかし、彼の指はそこから撤退せず、花芽をしっかり捕らえている。
「……足、もっと開けよ」
色っぽい声でそう命じられ、なぜか逆らえない。
従順なロボットみたいに、膝を震わせながらどうにか足を開いた。
すると、指先は卑猥に蠢き、小さな花芽をクリクリと押し回しはじめる……
「もっと、力抜けよ」
「あ、んっ、だ、だって……あ……」
柔らかいタッチで花芽を擦られ、いやがおうでも、うねりがせり上がってくる。
こんなところ、自分で触ったこともない。ひりつくような快感に間断なく襲われ、なにがどうなっているのか、自分でもわからなかった。
怖いんだけど超気持ちよくて、やめて欲しくないけど恥ずかしくて、ただ彼にすがりつくしかできない。
そのとき、別の指が蜜口から中へ、ぬるりと滑り込んできた。
冷えた指が膣内の粘膜に触れ、んんっ、と息を呑む。
蜜口は粘りけのある蜜にまみれており、長い指は難なく奥まで、ずぶずぶと挿し入った。
指のゴツゴツと骨ばった形が、クリアに感じとれる。
指はまるで男根がそうするように、奥のほうの媚肉をにゅるにゅる擦りはじめた。
「……っ!」
なっ、なにこれっ……。き、気持ちよすぎて、ヤバイッ……
指は巧みに花芽をもてあそび、同時に別の指が媚肉を揺さぶり、蜜が掻き出される。
どの指がどうなっているか、さっぱりわからないけど、現状を分析している余裕はなかった。
熱を帯びた媚肉が、ひんやりした指を少しずつ温めていく……
媚肉を掻いている指が、だんだん同じ温度になっていくのが、無性にドキドキした。
「とろとろのぐちゃぐちゃだ。ほら……」
彼はわざと指を激しく出し入れし、ぶちゃっ、ぐちゃっ、と音を立ててみせる。
ちょ、ちょっと、やめて……
恥ずかしいのに、「あっ」とか「うぅ」しか声が出ない。次々に迫りくる快感の波に、意識までさらわれてしまいそうだ。
のけぞった姿勢で体に力が入らず、左足だけツタのように彼の腿に絡ませ、まるでタンゴでも踊っている状態だ。彼に抱えられながら、大きく開いた秘裂をいいように蹂躙され、ひたすら蜜を溢れさせた。
「威勢がよかったわりには、追い込まれるのが早くないか? まだまだこんなもんじゃないだろ?」
冷笑しながら快感を送り込んでくる彼が、もう悪魔にしか見えない。
……た、体勢がキツイんだけど、き、気持ち……よくて……イッちゃう……
奥まで潜り込んだ指の腹が、ずるりっ、と敏感なポイントを抉る。同時に、硬くなった花芽をつままれ、きゅっと押し潰された。
すぐそこまで迫った大きなうねりが、腰の内側で白く弾ける。
「……あくっ。……あぁぅっ……!」
ビクビクッ、と我知らず腰が痙攣し、絶頂に達した。
……な、なにこれ。……死んじゃいそう……ああ……
あまりの気持ちのよさに、媚肉で彼の指を締めつけ、意識がぼんやり遠のいていく……
どろり、と恥ずかしいほど大量の蜜が溢れ、足首まで流れ落ちた。
糸の切れた人形のようにくたっとした体を、片腕で楽々と抱え上げる彼が憎らしい。
モヤがかかった視界に、こちらをじっと見下ろす龍之介の美貌が映った。
「……大丈夫?」
心配そうにのぞき込まれても、肩で息をすることしかできない。
「じゃあ、ベッドに行こうか?」
先ほどまでとは打って変わって、いたわるような眼差しと声音。
初めて見せられた優しさに、なぜか胸がきゅんと切なくなった。
龍之介は軽々と茜音をお姫様抱っこし、ベッドにそっと横たえさせる。
仰向けになり、両膝を立てた茜音は、龍之介を見上げた。
彼は膝立ちで片腕をマットにつき、茜音の体を眺めている。その、じっと身を潜めているようなさまが、これから獲物を仕留めようとする、ネコ科の肉食獣を思い起こさせた。ヒョウとかライオンとか、そういうやつ……
彼の上腕筋は滑らかに盛り上がっていた。肘から先の筋肉に続いている稜線を、つい目でなぞってしまう。
メガネの奥にある目元は、相変わらず涼しげだった。まぶたを少し伏せ、じっと見入る灰色の瞳に、昏い熱がこもっていて、それが茜音を黙らせる。茶化したり挑発したりするのは、許されない気がした。
龍之介さん、なんか……いつもと全然違う。別人みたい……
こんなにも激しく、これほどまで劣情を露わにした視線にさらされた経験は、ない。不思議と気分は高揚し、自分がすごく魅力的な女性に変身したような錯覚に陥った。
舐めるような熱視線が肌を照射し、そこが火傷したみたいにひりひりする。
絶頂の余韻はまだ、体にまとわりついていた。頭はボーッとし、秘裂のひりつく感じは抜けず、肌のあちこちが鋭敏になっている。
ひんやりしたシーツが火照った肌に心地よかった。上質な柔軟剤を使っているのか、アロマのようないい香りがする。
「……ここ、すごい勃ってる」
胸の蕾が石のように硬くなり、ベビードールの薄いレースを押し上げていた。
両方の胸の蕾をきゅっとつままれ、「うぅっ」と声が漏れてしまう。大きな手がレースの生地ごと乳房をわしづかみ、いやらしく揉みはじめた。
……あ。ちょ、ちょっと……そこは……
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