ラストレター

ハジメユキノ

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ひとでなしの男

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リストカットしたものの発見が早く、命は取り留めた。だが、出血量が多かったため、再び目を覚ますかどうかという瀬戸際だった。
「まさか死のうとするとな…」
沢山の管に繋がれた女の横には、他の男に抱かせた奴が付き添っていた。
「お前はもう…お払い箱だな」
良かったな。もう嫌な奴に抱かれずに済む。
………………………………………………………
この世界は、いい女と知り合う機会が多くて助かる。若くて、自分の美しさに自信を持っている女は、それを認めてもらいたくて…簡単だな。
だが、あの女ほどの上玉は中々いない。美しくて賢く、従順だ。そう…。従順なはずだった…。
「鴨川芹…。あんな男に惚れていたとな…」
他の男にさせても惜しくなくなった。俺を裏切ったんだから…。

「あなたは私のことなんか好きじゃないでしょう?」
賢いのも過ぎると面倒だな。俺の目的がバレてしまった。
「ただ連れて歩くのに…便利なだけ」
そうだな。でもそれだけじゃないぞ。お前の体は中々良かった。
「便利だなんて…。お前は美しいからな」
指で女の顎を反らせると、女は俺の目を見つめた。綺麗な瞳だ。
「もう…あなたとは会わないわ」
それは困る。ここまで育てたんだから…。
「それは困るんだよな…。ところでさ、いいもの作ったんだ。見るか?」
「?」
「お前と俺が愛し合った証拠。綺麗だろう?」
切なそうな顔で男に抱かれている自分の姿。いろんな体位で抱かれている姿がどうやって撮られていたのか、余りにも生々しい…。
青ざめていく顔。怯えるような目。ゾクゾクする…。
「お前はこうして抱くと…良い声で啼くよな(笑)」
「そんな…」
……………………………………………………………
芹はよく眠っていた。抱き合った後、裸のまま抱き締めていると、いつの間にか規則正しい寝息が聞こえてきた。そのまま朝まで芹を胸に抱いて眠った。
「まつげ長いんだな…」
前髪を寄せて、おでこにキスをした。
「俺はお前に弱いな…。弘樹が死んでから他人の前で鎧を脱いだことなんかなかったんだぞ?」
ずっと心なんて晒せなかった。信じられる人間なんていなかった。
「早く芹に俺の写真、撮ってもらいたいよ」
少しは人間らしい顔で写真に収まるだろうか。
「どれ、仕事しないとな」
この2日間まともに仕事できなかった。所員に任せるのも限界がある。
「起きたら食べられるように、おにぎりでも作るか」
炊飯器をセットし、グリルで鮭を焼いた。タイマーで焼いている間に、大根と小松菜、油揚げの味噌汁を作り、テーブルにランチョンマットを敷いた。
『見た目と全然違うんだな(笑)』
芹は俺がちゃんと料理をすることに驚いて、からかうように笑った。
「料理は得意な方がすればいいだろ?」
目を擦りながら起きてきた芹が、テーブルの上に用意されたおにぎりを見て、クスッと笑う姿が浮かんだ。
「俺も大概芹に甘いな…」
俺は自分の分を食べると、芹を起こさないようにそっと家を出た。
……………………………………………………………
昼頃起き出すと、もう優作は出掛けていた。ダイニングテーブルにおにぎりとお味噌汁のお椀、メモが残されていた。
『おはよう芹。食べられるようならおにぎりとお味噌汁があるから食べろよ。出掛けるなら俺に連絡してくれ。』
過保護か?朝からエプロンを着けてキッチンに立つ優作が目に浮かんだ。
「優しすぎ(笑)」
コンロを点火し、お味噌汁を温めた。テーブルに運び、おにぎりと一緒に食べた、温かいお味噌汁がお腹から体を温めていく。あんな目に遭ったのにこんなに安心していられるのは、ずっと優作が傍にいてくれたからだ。
「いつの間にこんなに大事な奴になったんだろうな」
陸玖…。お前だけだって言ってたのに、ごめん。俺、優作が好きだ。陸玖は俺のこと許してくれるかな…。

『芹、起きたのか?』
「うん…。優作…。おにぎりとお味噌汁。ありがと」
優作の声が耳に優しい。
『出掛けるのか?』
「うん。知り合いに芸能界の裏事情に詳しい奴がいるから…」
『…。気をつけろよ?そんなに毎回助けに行けないぞ?』
全く…。どんだけデレるつもりだ。
「気を付けるよ。それに、そいつとは何もないから」
『当たり前だ。セフレに会うなよ』
セフレは全部切るよ。セフレって言ったって、俺もお前と同じで何回も同じ奴とはやらなかったから。
「分かってる。お前だけだから」
『…。ワザとそういうこと言ってんのか?』
「は?」
『お前のデレは破壊力抜群なんだよ(笑)』
「じゃあな!」
『ハハハハ…(笑)』
「切るぞ!」
『愛してるよ、芹(笑)』
「笑いながら言うな!」
ブチっと電話を切った。顔が熱くなっているのが分かる。
「デレてんのはどっちだよ…」
こんな顔のまま出掛けられない。俺はまた顔を洗い、情報屋に電話をかけた。

「あ~この人ね。あんま深追いしない方がいいと思うよ」
情報屋の丸は、名は体を表すとはよく言ったもんだと思うほど頭がツルンと丸く、丸眼鏡の奥の細い目を更に細く糸のようにして俺を見た。
「あれだよ。お偉いさんが困ることが出て来ちゃうから、怖い人がね…」
昭和のジェスチャー…?人差し指をほっぺに当てて斜めに下ろす、ヤのつく人。
「事務所も丸ごとそうなのか?」
「いや…。一部でしょ。そんなに大っぴらには出来ないから、社長が見込んだ子だけを育ててね」
育てる?自分の女にしておいてって事なのか?
『事務所の言いつけで仕方なく…』
泣いてたな…。
『愛人なんだろう?』
どんな思いでいたんだろうな…。ごめんな。俺、自分の事しか考えてなかった。自分の寂しさを埋めるので精一杯で、誰でも良かったなんて。
「まぁ、自分からお金のためにって人もいるみたいだけどな。どっちにしろ天上の人間しか相手にしてもらえない。俺らみたいな平民は鼻にも掛けてもらえない(笑)」
丸は最後に付け加えた。
「濱野千聖は今、入院してるらしい。どこにも出てない情報だけどな」
「えっ?」
「再起不能らしいよ」
「なんで?」
「そこまでは…。病気ではないらしいけど」
最近名前を聞かなかったのは…。何があったんだ?彼女の写真に写っていた人間が関係あるのか?
「鴨ちゃん…。濱野千聖と付き合ってたんだろ?」
「あっ…いや。そこまででは…」
「何だよ。遊びか?色男は違うな(笑)」
丸さん…。俺、体だけだったんだよ。ひでえよな。

丸さんは『鴨ちゃん。内緒だぞ』と入院している病院を教えてくれた。海の見える綺麗な場所にある病院。ちょっと悲しい場所…。
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