図書館の君

ハジメユキノ

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困った『図書館の君』の担当編集者の呟き

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カタカタカタカタ……。

ふと手を止めて外を見る。
街路樹が全ての葉を落とし、枝だけが冬の乾いた風に揺れていた。

コンコン。

僕の手が止まったのが聞こえたのか、締切をドアの外で待つ担当編集者の緒方君が僕の進捗状況を確認しようとしていた。

+++

「先生?いかがですか?」
「ん。ちょっと……。」

先生が…ソワソワし始めてる。
そろそろ足りないって言う頃だとは思っていたが……。

「そんなわかりやすくがっかりしなくても……。」
「先生、またですか?」
「だってさぁ……この前行ったら会えなかったんだよ?せっかくの息抜きだったのに……。」
「定期的に図書館そこ行かないとダメなんですか?」
「資料欲しいしさ…。」

ねぇ……。

「私、集めてきますよ。ですから先生は締切のことだけ考えていただ…。」
「僕、そんなにいつも我儘言わないじゃない?だから、ちょっとだけ……。」

お得意の甘いマスクで困り顔。男の僕でもちょっと絆されるって。

「もう明日の昼が締切デッドですよ?間に合うんですか?」
「僕、書き始めたら早いよ(笑)」

いい笑顔しますよね。


「次の締切もあるんですよね?さっき漣出版の方が……。」
「あっちは10枚くらいだし、補充できたらすぐ書けるよ♡」

補充て。
漣さんは官能小説の連載。うちはラノベ……。角山さんはえーっと歴史モノ。推理小説にファンタジー……。
他にも忘れちゃったけど、ペンネームを変えて節操なくジャンルとわず何でも書いている。
頭…こんがらがったりしないのかと、呆れ…感心してしまう。
先生の補充とは……。

一度僕も見たことがある。
背筋をきちんと伸ばし、紺色に金の肩章のついた制服を纏う警備員の男性。
揃いの帽子をかぶり、来館者が図書館に入ってまず向かう駐車券コーナーにいる。
男性と言っても、ついこの間高校を卒業しましたという感じの少年ぽい初々しさが残っている青年。
「こんにちは」と気持ちのいい挨拶をする感じの良い青年。
先生は男色ゲイ…じゃなかったよな?
この先生ひと見た目モデルか俳優でもやってるのか?と思うくらい整った顔してるし、こんな部屋に籠もって文章しか書いてない割にいい体してるし、無駄に背高いし。
ついこの間もこの夏上映された、先生の原作で映画化された恋愛ものに出演してた女優と噂になってた。
今まで結構な数の浮名を流していたこの先生が、あんな地味な青年に会えなかったってぼやくなんて。

「だから、ちょっとだけ。夕飯も外で済ませてくるからさ。今なら『僕の君』に会えるギリギリの時間なんだよ……。」

僕は図書館に資料集めと称して、その『君』が何時まで『駐車券コーナー』にいるのかリサーチさせられていた。
もちろん資料集めもしたけれど、夕方何時まで立っているかなんて僕には本当にどうでもいい事だったが、先生に頼まれて調べた。
16時までそこに立っていて、それ以降の時間は図書館職員にバトンタッチするということを掴んでいた。

「はぁ……。」
「頼むよぉ……。ね?緒方くん。絶対良いの書くから(笑)」

それが本当に嘘じゃないから余計に始末に悪い。
帰ってくるなり書斎に籠もり、ものの数時間で書き上げてくれる。
それがまた…面白いんだわ。
『僕の図書館の君』ねぇ……。
確かに可愛い顔はしてた…ような?
挨拶の声は耳心地よかった…ような?

「そんなに……会いたくなるもんですか?」
「僕にしか分かんないかもね(笑)」
「それじゃまるで……。」

恋してるみたいじゃ……。

「癒やされるんだよね~……。」

ウットリと冬の真っ青な空を見つめる作家先生このひと
分っかんねぇな。
美少女とかだったら分かりやすいんだけど。
あっ!それじゃ、ロリコンか(笑)。

「先生……何時に帰ってきますか?」

うゎ!いつの間に薔薇背負ったんですか?!
昭和の少女漫画か宝塚か……。
クラクラするほどの甘い香りを放ち、エロ全開な色気を出した犬飼先生。

早速タブレットと財布とスマートフォンを入れたサコッシュを手にすると、こっちが蕩けるような極甘のエロい顔で笑った。
あの警備員…食われちゃうんじゃないか(笑)?

「さすが!緒方くんは僕のことよく分かってくれてるよね?良い編集さんだ♡」

うぉぉぉ!!!僕まで堕とさなくていいですって!
綺麗なウインクをぶちかまして、先生は滑らかな光沢を持つ物凄く着心地良さそうなカシミアのロングコートを颯爽と身につけた。
相変わらず足長えし、格好いいな!
これでマスコミにはほとんど顔出さないなんて……なんて宝の持ち腐れ。
こんな見た目なのに、「僕は作品で評価されればそれでいいんだ」なんて言うんだもんな。
かっけぇ!
抱いて♡!(嘘嘘)

「ちゃんと午前様にならないように帰ってくるからね♡」
「えっ!ちょ、ちょっと先生!!」
「大丈夫大丈夫♡緒方くんが出世しちゃうくらい良いの書くから♡」

まだ15時40分だよ。何が午前様にならないだよ!
だけど…この作家先生イケメン
有言実行、締切を守るんだよなぁ……。

「じゃあ行くね!ありがとう、緒方くん♡」

何が緒方くん♡ですか!
危うくこっちが恋に落ちるとこだよ。

「絶対締切デッド守って下さいよ!」
「当たり前じゃない。僕、穴開けたことなんかないでしょう?」

これから後孔あな開けに行くんだろ!!(下品過ぎる!俺!!!)

「今から✕✕つもりでしょうが……。」
「えっ?何?緒方くん???」

そこまで節操なしじゃないか。

「いえ!何でもありません!お気をつけて!浮かれて車に轢かれないで下さいよ(笑)」
「大丈夫だよ。車で行くから(笑)」

必死かよ!
可愛いな!
ここから歩いても5分。走れば…先生の足なら3分足らずで着くだろうに。

「ん?どうしました先生?」

イケメンが俺を見ていた。

「いいですよ。分かってますから。」
「……僕、頑張るね♡」

艶っぽい笑顔を残して走り去る先生。
残された僕は何故か恥ずかしくなって顔が激アツだった。
あの子……。堕とすつもりだ。
僕は静かに十字を切った。
アーメン。


✝おしまい✝


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