妻が小説で俺の不倫を暴露する件について

環 花奈江

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4章

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 そんなわけで人気小説『焼け木杭に火がついた』は作者の一身上の都合により、急遽連載ストップし、全てが解決した俺は平穏な日々のありがたみを噛みしめながら、休日のクロックムッシュを楽しむことができているのだ。

 あれから紀香とは完全に切れることができた。
 紀香は元々、俺の勤務先と専用のメールアドレスしか知らない。だからメルアドを消去し、本社ビル前での待ち伏せを警戒しておけば、もう出会えるはずがなかったのだ。
 俺の火遊びは当分の間お休み。今度はもっと慎重に相手を選ぼう。そしてできれば可愛い顔の女の子がいい。もちろん、しぃさんにだけはもう二度と女の話はしないつもりだ。

 俺は、瑠美子の書きかけの小説を3ページほど読んでみた。

「ふうん、面白い感じじゃないか。出だしの文なんかすごくいいと思う」
「本当? 私は気に入ってないから書き直したいくらいなんだけど」

 さすが瑠美子は、誉められ慣れてない紀香と違って俺のお世辞にもそう簡単に引っかからない。
 俺はオレンジ枠の中につづられた文章を表示したまま、瑠美子にスマホを返した。

「随分とこだわるんだな」
「そりゃあ書き出しは大切でしょ。私が仲良くしている作家さんなんて、最初の一文だけで、1ヶ月以上悩むって言ってたもの」

 その人の書く小説は私も好きなんだけど、いつも読んでたお話が最近急に連載打ち切りになっちゃったのよね、と瑠美子は残念そうに言った。

「『焼け木杭に火が付いた』っていうんだけど、不倫モノでかなりおもしろかったのよ。この主人公がどうしようもない最低男で、俺はやることやってんだからこれくらい遊んでもいいだろうって、完全に開き直っちゃってるの」

 瑠美子は屈託のない笑みを浮かべて焼け木杭に火がついたのあらすじを語る。

「この話の一番怖いところは、知人に聞いた実話を基にしているってところなの。ひどい男も世の中にいるもんよねぇ」
「そうだな」

 俺は全身の力を振り絞って自然な微笑みを浮かべた。

 ……だ、大丈夫……だよな?
 いや、大丈夫だ。瑠美子はその最低男が目の前にいる自分の亭主だとまで気付いていないはず。俺は堂々としておけばいいだけ。
 そうは言っても、さすがに最低男を瑠美子と一緒になってけなす気にはなれなかったので、俺はコンソメスープをずずずと音を立てて飲み干す。
 瑠美子は俺の前に座ってコーヒーを飲み始めた。

「でも、焼け木杭の連載が終わったのを残念に思っているのは私だけじゃなかったみたいでね、自分なりに続編を書いた人までいるのよ」
「続編?」
「焼け木杭を通じて最近仲良くなった人なんだけどね……ああそうだ、男性の意見も聞きたいから旦那さんにも読ませてみてって言われてるの」

 今までの話を読んでいないと分からないかもしれないけど、そんなに長くないし読んでみてくれる?、と瑠美子に再び渡されたスマホを、俺は不覚にもそのまま受け取ってしまったのだ。

 今度の文章は緑色の縁で彩られていた。
 作家同士が送り合うメールの中に綴られたものだったからだ。

《香一が「別れよう」と言い出したのは、園子と熱い情交を交わした直後の事だった。

「え?」

 園子は耳を疑った。つい数十分前まで「この赤いランジェリー、エロくてイイ」なんて囁いていた男の口から、まさか別れ話が上がると思っていなかったのだ。
 しかし香一は最初からこれを最後の逢瀬と決めていたらしく、淡々とした口調で告げてきたのだ。

「とにかく別れたい。なんだか妻に勘付かれたみたいなんだ」
「何があったの? どうしてそんなことに気付いたの?」
「最近美奈代が書いているネット小説に俺たちのことが出ていて、怖くてたまらないんだよ」
「小説に少し怪しい言い回しがあるくらいで別れるなんて言わないでよ。私には香一さんだけなのに」
「やめてくれ。俺には遊びなんだ。そこまで熱を上げられても迷惑だ」

 香一はその言葉通り、不快げに顔を歪めていて、園子は驚いてしまった。
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