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3章
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……マジかよ。
エイコー主催の食事会の翌月の事だった。エブリグーで毎日更新されている『焼け木杭に火が付いた』をチェックしていた俺は愕然としてしまった。
渡辺香一が園子を連れて小料理屋へ行っていたのだ。
しかも同席したのは高校からの悪友、孝英とその彼女。
お店の看板メニューのウニしゃぶが出てきた時には、俺も目の前が真っ暗になった。食ったものがここまでかぶるのは、これはもう絶対おかしいだろ。大体、孝英って名前だってエイコーの本名の英孝をひっくり返しただけだし!
これは、完全にバレてる。
……ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
「うわぁ、やっぱり北海道の海の幸は迫力が違うわねぇ」
スマホ片手に真っ青になっている俺の横で、瑠美子はテレビを見ながら能天気な声を上げている。
「ウニだってさ。最近食べてないなぁ。パパはいろいろ食べてるんだろうけど」
「え……」
「だってほら、先月、土曜日のまっ昼間から取引先との接待だったじゃない。北海道から直送の海の幸を使った店に行ったとか言ってなかったっけ?」
「あ……あぁ、それな」
さすがの俺も、この状況じゃ舌が痙攣してしまい、全く動かない。
「俺、ウニは嫌いだなぁ」
一緒にソファに座ってテレビを見ていた歩がぼそりと呟いた。
「なんかあのどろっと感が気持ち悪い。生臭ぇし」
「歩もまだまだおこちゃまねぇ。あの濃厚な味が分かるようにならなきゃ、イイ男になれないわよ」
「なんだよ、その基準」
……お前ら、もう全て知ってるって言うなら、いっそ真正面から詰ってくれよ!
喉の奥に気持ちの悪いものが引っ掛かったようで、俺は今にも叫んでしまいそうだった。
こういう蛇の生殺しみたいな扱いが一番困る。浮気を認めることも、知らぬていで笑い飛ばすことも許されないなんて……。
無邪気な笑顔の瑠美子が、ただひたすらに怖かった。
勘付いていることを匂わせるだけ匂わせておいて、俺を怯えさせようということなのか? そんな様子を楽しみたいのか?
これはミスキャンパスだった女のプライドがなせる業なんだろうか。
旦那の浮気ごときでギーギーみっともなく騒ぐことなんてできないって?
それとも紀香みたいな、容姿も才能も、全てが下回る女に亭主を寝取られたことを現実として受け止めきれないから、気付かなかったことにしておきたいとか? それでも気が済まないから小説として吐き出しているって?
……分からない。
本当に分からなくて、頭の中には無数のクエスチョンマークが飛んでいる。
もしかしたら、こうやって俺に笑顔を見せる陰では、すでに離婚準備をしているのかもしれない。
ゆるぎない証拠を集め、離婚届を突き付ける時には、この家の全ての資産を自分名義に書き換えているとか……。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
俺はもうさっきから同じことばかり何度も胸の奥で叫んでいる。
いや、本当にヤバいとしか言いようがないだろ、これは。
瑠美子が準備万端ならば、離婚の際には多額の慰謝料を請求される可能性もあるし、歩の親権だって持って行かれるかもしれない。
このマンションの最上階での優雅な暮らしも失うのだ。
それに、不倫が原因で離婚だなんて周囲に知れたら、社会的な俺の信用だってだだ下がりだ。
このままだと、俺はこれまで積み重ねてきた全てを失ってしまう。
でも瑠美子はどうやって俺の火遊びに気付いたんだろう。
そこが何度考えても分からない。
スマホを持つ手に脂汗が滲む。
一度落ち着いて考え直そう、と俺は思った。
瑠美子の情報の入手方法が分かれば、何をどこまで理解しているかも見えてくる。そうすれば俺にも対処のしようがあるってもんだ。
瑠美子と歩が北海道の旅行番組を楽しんでいる傍らで、俺はスマホを使って必死で『焼け木杭に火が付いた』を読み直した。
全てのヒントはこの中にあるはずだ。
エイコー主催の食事会の翌月の事だった。エブリグーで毎日更新されている『焼け木杭に火が付いた』をチェックしていた俺は愕然としてしまった。
渡辺香一が園子を連れて小料理屋へ行っていたのだ。
しかも同席したのは高校からの悪友、孝英とその彼女。
お店の看板メニューのウニしゃぶが出てきた時には、俺も目の前が真っ暗になった。食ったものがここまでかぶるのは、これはもう絶対おかしいだろ。大体、孝英って名前だってエイコーの本名の英孝をひっくり返しただけだし!
これは、完全にバレてる。
……ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
「うわぁ、やっぱり北海道の海の幸は迫力が違うわねぇ」
スマホ片手に真っ青になっている俺の横で、瑠美子はテレビを見ながら能天気な声を上げている。
「ウニだってさ。最近食べてないなぁ。パパはいろいろ食べてるんだろうけど」
「え……」
「だってほら、先月、土曜日のまっ昼間から取引先との接待だったじゃない。北海道から直送の海の幸を使った店に行ったとか言ってなかったっけ?」
「あ……あぁ、それな」
さすがの俺も、この状況じゃ舌が痙攣してしまい、全く動かない。
「俺、ウニは嫌いだなぁ」
一緒にソファに座ってテレビを見ていた歩がぼそりと呟いた。
「なんかあのどろっと感が気持ち悪い。生臭ぇし」
「歩もまだまだおこちゃまねぇ。あの濃厚な味が分かるようにならなきゃ、イイ男になれないわよ」
「なんだよ、その基準」
……お前ら、もう全て知ってるって言うなら、いっそ真正面から詰ってくれよ!
喉の奥に気持ちの悪いものが引っ掛かったようで、俺は今にも叫んでしまいそうだった。
こういう蛇の生殺しみたいな扱いが一番困る。浮気を認めることも、知らぬていで笑い飛ばすことも許されないなんて……。
無邪気な笑顔の瑠美子が、ただひたすらに怖かった。
勘付いていることを匂わせるだけ匂わせておいて、俺を怯えさせようということなのか? そんな様子を楽しみたいのか?
これはミスキャンパスだった女のプライドがなせる業なんだろうか。
旦那の浮気ごときでギーギーみっともなく騒ぐことなんてできないって?
それとも紀香みたいな、容姿も才能も、全てが下回る女に亭主を寝取られたことを現実として受け止めきれないから、気付かなかったことにしておきたいとか? それでも気が済まないから小説として吐き出しているって?
……分からない。
本当に分からなくて、頭の中には無数のクエスチョンマークが飛んでいる。
もしかしたら、こうやって俺に笑顔を見せる陰では、すでに離婚準備をしているのかもしれない。
ゆるぎない証拠を集め、離婚届を突き付ける時には、この家の全ての資産を自分名義に書き換えているとか……。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
俺はもうさっきから同じことばかり何度も胸の奥で叫んでいる。
いや、本当にヤバいとしか言いようがないだろ、これは。
瑠美子が準備万端ならば、離婚の際には多額の慰謝料を請求される可能性もあるし、歩の親権だって持って行かれるかもしれない。
このマンションの最上階での優雅な暮らしも失うのだ。
それに、不倫が原因で離婚だなんて周囲に知れたら、社会的な俺の信用だってだだ下がりだ。
このままだと、俺はこれまで積み重ねてきた全てを失ってしまう。
でも瑠美子はどうやって俺の火遊びに気付いたんだろう。
そこが何度考えても分からない。
スマホを持つ手に脂汗が滲む。
一度落ち着いて考え直そう、と俺は思った。
瑠美子の情報の入手方法が分かれば、何をどこまで理解しているかも見えてくる。そうすれば俺にも対処のしようがあるってもんだ。
瑠美子と歩が北海道の旅行番組を楽しんでいる傍らで、俺はスマホを使って必死で『焼け木杭に火が付いた』を読み直した。
全てのヒントはこの中にあるはずだ。
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