妻が小説で俺の不倫を暴露する件について

環 花奈江

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2章

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 大事なもののためなら何でもできるってのは当たり前だし、俺にとっては仕事も家庭もプライベートも、全てが大事ってだけの話だ。
 無理をしていないからどれもが長続きしているんだろう。
 
 エイコーはビールのおかわりを店員に注文した後、挑発するような意地の悪い笑みを浮かべながら俺に尋ねてきた。

「じゃあ、キング氏はミスキャンパスの顔色を伺って、今度のロスとの会食はやめとくつもりでありますかな?」
「ヤダよ。エイコーお勧めの店だろ。絶対行きてぇし」

 俺は即答した。 
 営業をやっているエイコーはその仕事柄、いろんな店を知っていて、その中でお気に入りを見つけると俺らを食べに誘ってくれるのだ。そんなわけで今月末にはエイコーとエイコーの彼女と紀香の四人で行く約束になっている。
 俺の迷いの無い答えを聞いて、しぃさんが笑い出した。

「ほらな。やっぱキングはこれくらいの疑惑でおとなしくなるようなタマじゃないんだって」
「ぐふふふ、今回の店は大都会の真ん中にある大人の隠れ家的存在な小料理屋でありますぞ。ウニしゃぶが絶品でしてな」

 俺が紀香との関係をやめる気が無いと知ったエイコーは嬉しそうな声でお店の解説を始め、「いいなぁ。美味そう」とビンが喉を鳴らすことになった。
 エイコーは一応みんなを誘っているが、この食事会に行くと返事したのは俺だけなのだ。ビンは小遣いが足りないし、しぃさんはあんまり頻繁に出掛けるとその間奥さんを一人きりにすることになるから申し訳ない、と断ってくる。

 結婚しても昔のように遊べるのは俺だけみたいだ。
 でもプライベートまで家族に縛られるような窮屈な暮らし、みんなはつまらなくないんだろうか。
 俺は単純に、自分の欲求を我慢するなんて絶対に嫌なだけなんだけどなぁ。


 結局、俺は月末の土曜日の昼、予定通り紀香を連れてエイコー主催の食事会に行った。
 あれから瑠美子に目立った動きは無いし、歩だって俺を揶揄するようなことは言ってこなかったからだ。
 しぃさんの言う通り、たまたま不倫小説のネタと俺自身が被っただけなんだろう。
 何も気にすることは無い。俺はそう結論付けたのだ。

 エイコーが連れて行ってくれた店は、オフィス街の路地裏にある落ち着いた雰囲気の小料理店で、北海道の海の幸をふんだんに使った料理が自慢だった。さすが、舌の肥えたエイコーが勧める店だけあって、どの料理も最高に美味い。
 エイコーの今回の彼女と俺たちは初対面だったが、明るい性格の女だったから余計な気遣いをせずに済んだ。俺がうっかり二人前の彼女の話をしてしまった時にも、笑って流してくれたくらい。
 紀香はおとなしい性格だからほぼ聞き役でニコニコ笑っていただけだったが、美味しい料理を食べられて幸せそうな顔をしていた。
 餌付けって楽しいな、と思う瞬間だ。瑠美子は美味い物も食べ慣れているからそうそう感動してくれないが、紀香はどんなものでも大喜びしてくれる。どうせご馳走するならこっちに、と思うのは当然だろう。

 優雅で楽しい食事会を終えると、今から買い物に行くと言うエイコーたちと別れ、俺は紀香と二人でいつものシティホテルへ向った。
 芸能人御用達の不倫ホテルとして有名になっているこのホテルグループは、短い時間でも部屋を使わせてくれるから、密会するにはとても便利だ。
 それにラブホテルの利用は浮気の証拠とされてしまうらしいけど、シティホテルなら、いえいえ最上階のレストランでお茶していただけですケド、と誤魔化せるらしい。少し値段は張るが、そこをケチってこの楽しい火遊びを危険にさらしたくはない。

「どうしたんですか?」

 ホテルの部屋に着いた途端、俺がノートパソコンの入ったビジネスバックをバスタオルでぐるぐる巻きにするから、紀香は長い髪の毛を揺らしながら、不思議そうに首を傾けた。
 俺より5歳年下の彼女は、俺に対していつも遠慮がちで、敬語を使ってくる。

「念のため。盗撮と盗聴防止に」

 俺はバスタオルで巻いた鞄をクローゼットの中に放り込んだ。

「いや、大した事じゃないんだけど。最近うちのが小説を書くようになって、そのネタと俺自身が被っている部分があったから少し気になってさ」
「え?」

 紀香は話の意味が分からなかったようできょとんとした顔をした。おかげで元々だんごっ鼻の不細工な顔が、ますます間抜け面になる。

「エブリグーって知ってるか?」
「全然知らないです。何ですか?」
「無料で誰でも小説を投稿できるサイトなんだ。あいつがそこに投稿している小説の中に、俺と紀香にそっくりな登場人物が出てきたんだ」
「小説に……」
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