妻が小説で俺の不倫を暴露する件について

環 花奈江

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2章

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 俺はこの恐怖を独りで抱えきれなくなり、友人らに打ち明けることに決めた。
 みんなを呼び出したのは瑠美子の小説を読んでしまった五日後、金曜日の夜のことだ。
 仕事帰りのサラリーマンで賑やかな大衆居酒屋の片隅に馴染みの顔が三つ集うと、俺はビールのジョッキ片手に、ネット小説類似事件を包み隠さず話して聞かせた。

「ほぉ……そりゃあ確実にやっちまってますな。ご愁傷様であります」
「そっか。キングもとうとう年貢の納め時なのかぁ。僕はあの下衆ゲスい話を結構楽しみにしてたんだけどなぁ」
「いやいや、俺たちのキングがこれしきのことでおとなしくなるはずがないぜ。まだまだやらかしてくれるんだろ?」

 俺の話を聞いた後、三者三様のリアクションを見せてくれた悪友たちは、地元の公立高校で意気投合して以来、ずっと仲良くしているメンバーだ。
 同級生だから全員が43歳。いい年こいたおっさんになっても、昔と変わらずバカなことばっかり言っては俺と遊んでくれる気のいい奴ばかりだ。
 ちなみにキングってのは俺のあだ名。態度が王様のごとくふてぶてしいからってことで、こいつらが呼び始めた。失礼な命名だが、まぁ言い得て妙だな、と結構気に入ってる。
 今回は俺が招集したけど、三ヶ月に一度くらいの頻度で大体誰かが、そろそろ会おうぜ、と言い出し、そのたびにみんなで飲んだくれているのだ。

「でもキングにしちゃ珍しく弱気だよな。これって、要するに小説の設定が偶然同じになっちゃっただけの話だろ? 何を心配してるんだよ」

 三人の友人の中で一番おおらかな性格のしぃさんは、緊迫感のない顔で枝豆をぽりぽりつまんでいる。このところ頭頂部の薄毛がひどくなっていて、同じ歳なはずなのに彼だけが10歳くらい年を喰って見える。

「うちのもそういうのが好きでいつもなんか書いてるけど、日常の小さな話を膨らませて小説のネタにしてるみたいだぜ。だからミスキャンパスも『そういやダンナが昔アメリカに単身赴任してたな』ってとこを参考にしたくらいで、実際にロスの存在にまでは気づいてないんじゃないか? もし気付いてるならもっと他にやり口があるだろうし」

 しぃさんが言うロスというのは紀香の事。俺がアメリカのロサンゼルスで知り合ったから、この友人らの中ではそう呼ばれている。

「俺もそう思いたいけどさ……でも、ここまで被るってのも変じゃね? 俺は食品メーカー勤務で、娘じゃなくて息子だけど、それ以外……割合にすれば八割以上が一緒なんだぜ。男が単身赴任中に知り合ったところも、女がダンナの海外赴任に引っ付いてアメリカへ来ていたとこも全く同じ。出張と偽っての二泊三日の沖縄旅行なんて、半年前、まさにロスと行ってるんだよ。それはお前らだって知ってるだろ? しかもその理由が『家族と過ごす旅行もいいけど、俺はこういう大人の旅も楽しみたいんだよ』」
「あぁ確かにキング氏は以前そんなセリフを吐いておられましたなぁ」

 うけけけけ、と妙な笑い方をするエイコーは、人懐っこい少年のような顔立ちをしている。このメンバーの中では唯一の独身貴族。自由を愛し、自由に生きる彼は、その社交的な性格ゆえに女を欠かすことも無いけど、女と長続きすることも無くて、いつでも場当たり的な快楽のみを求めている。

「僕は結構ヤバい状況だと思うぞ。ロスとの不倫を小説に仕立て直すなんて、奥さんもよっぽど怒ってるってことだろ。早めに謝っといた方が傷は浅いって」

 ビン(本名はさとし)はちょっと気の弱い奴だ。自分に置き換えて考えたのか、ぶるっと身を震わせている。
 こいつは韓流アイドル好きなカミさんの尻に敷かれて、三人の子どもたちの世話をさせられている可哀想な奴だ。そんな状況だから、不倫なんてありえないんだろう。

「自分一人が子育てして仕事して、疲れはててる時に旦那が不倫旅行ってさぁ。怒りが限界突破して、普通に怒鳴り散らすだけじゃ気が済まなかったんじゃないか?」
「一人じゃねぇよ。俺だって子育てはやってる」
「将棋してやったり?」
「そーだよ、それは俺にしかできないからな」

 それは瑠美子が俺との結婚を決めた理由の一つである。彼女は将棋ができる子は賢いという話を信じているから、父親がその相手をしてやれるのはポイントも高いのだ。
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