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1章
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しおりを挟む瑠美子は昨夜散々書いたはずなのに、今日も朝から小説三昧。洗濯機をまわして掃除機をかけ、と家事はこなしつつ、リビング脇の自分のノートパソコンに向かってカタカタやっている。
そんな彼女を横目で見ながら、俺はリビングのソファに座った。
うちのリビングはかなり広め。大きな窓から差し込む陽の光で照らされ、開放感たっぷりで、15階建てのマンションの最上階だから眺めも最高だ。
この部屋は俺たちが結婚する時に瑠美子の両親がプレゼントしてくれた。
元々この土地自体が瑠美子の両親のものだから、そこに建てたマンションの最上階を確保するくらいは簡単なことだったわけだ。
俺はその広いリビングに置かれたソファへ深く座り、スマホを弄っていたが、心はここにあらず。今朝の会話をさっきから何度も考えなおしている。
……あれは何だったんだ?
一瞬、二人は紀香のことを言っているのかと驚いてしまった。でもどれだけ考えたところで二人にバレているとは到底思えない。
俺も無駄に家庭を壊したくないから、情報管理には気をつけているのだ。
だからスマホは一切使わない。紀香専用のEメールアドレスを作っておき、仕事用のノートパソコンでだけその内容を確認するようにしている。
スマホと違って仕事用のパソコンなら瑠美子が触れることは無いし、それに万一、開示要求をされても堂々と拒否することが可能だし。
まぁそれくらいの用心は当然だろう。
俺の不審な行動からバレた可能性も考えるには考えたが、やはりこれといった決め手は無かったように思う。
よく世間一般で不倫露見の原因になるといわれている目に見えない匂いだって、紀香は香水をつけるような女じゃないから心配いらない。俺だってシャワーを浴びるにしても備え付けのシャンプーを使うようなへまはしないし。
大体、人妻である彼女と会うのは昼間だけにしているから、妙な匂いを漂わせていたとしても家へ帰るまでには消えているはず。
もう一つ、露見の主な原因としてはSNSがあり、俺もそれは使っているけれど、閲覧できる相手は仲の良い友人に限定しているし、ネット小説に夢中な瑠美子はそもそもSNSなんていう手間のかかる代物に興味が無いから、俺がどんなサイトを使っているかすらも知らないはずだ。
歩は自分用のタブレットを持っているし、今どきの子だからSNSくらいおちゃのこさいさいかもしれないけど……いや、それでも大丈夫だろうな。
さっきの意味深な言い回しは当てずっぽうで根拠が無い。きっと自分が母親の追及を逃れたいだけの適当なセリフだ。
だから何も心配いらないんだ、と俺は結論付けた。
家族には何もバレてない。
その証拠に、あれだけの会話が繰り広げられた後でも、我が家はいたって平和だ。
歩は自分の部屋に籠ってゲームをやってるみたいだし、瑠美子は俺に背を向けてパソコンでカタカタやってるだけ。
その様子は、怒っているとか苛立っているとかいう風でも無く淡々としていて。時折唸って天を見上げているのは、多分、気に入った言い回しが見つからないだけだ。
……あははは、そうだよな。
俺は自らの小心ぶりを嘲笑い、ソファに深く腰掛け直した。スプリングのよくきいた革張りの高級ソファは、買った時には値段も張ったが、それだけに何年経ってもへたることがなく快適な座り心地を楽しめる。
全く……瑠美子が不倫ネタで小説書いてるくらいのことで何ビビってんだよ。
俺は乾ききった唇を、何度も舐めまわした。
紀香とは七年前、俺がアメリカへ単身赴任に行っている時に知り合っている。
仕事関係や学生時代からの付き合いでもない彼女の存在を隠すのは、俺としても決して難しいことじゃなかった。
だから今までにドキッとさせられたことはただの一度もない。
……大丈夫だ。バレる要素なんて一つもない。
俺は何度も自分に言い聞かせた。
瑠美子は偶然、不倫がらみの小説を書きたくなっただけなんだろう。サスペンスを書く作家がわざわざ殺人事件を起こしていないのと同じで、瑠美子は空想の産物だけで不倫を描こうとしている。だってほら、背徳の恋なんてスリル満点でネタとしては最高だからさ。それだけのことなんだ。
……それにしても、どんな話を書いてるんだろうな。
露見の心配が杞憂に終わったものの、俺は瑠美子の書いている小説の内容がひどく気になった。
だけど彼女が読ませたかったものはスルーしておいて、今更不倫モノだけ読ませてくれって頼むのは、いかにも怪しい。
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