まよい猫

環 花奈江

文字の大きさ
上 下
3 / 12
1章

しおりを挟む
***
 娘は気ままな性質たちらしい。
 すぐ間近で慎之介ら姉弟が大いに揉めていたにもかかわらず、どこ吹く風。しげしげと己の手足を眺めたり、その手で顔を擦ったりして過ごしていた。

「ち、違うぞ。俺は何もしておらぬ」

 姉が帰ってしまった後、慎之介は娘から何か言われる前に、先手を打って弁明した。

「ただ、目が覚めたら、そなたがその格好で隣に寝ていただけなのだ。俺はやましいことなど何も……」

 しかし、いくら慎之介が慌てたところで、娘は何の反応も示さなかった。瞬きを何度もして、じっと慎之介を見つめるだけ。
 慎之介も改めて娘を見てみた。
 艷やかな黒い髪の毛とは対照的な白い肌をしている。まるで昨夜降っていた淡い雪を集めて作り上げたかのような、透明感のある白さだ。
 ぽかんと半開きになった口元から覗いて見える歯も白くて、やはり幼い少女であると知れる。
 目は大きい。光の加減によっては深い翡翠色にも見えるその目をぱっちりと開いて、彼女はまっすぐに慎之介を見つめている。
 その目の中には、己が裸体である事への羞恥心がまるでない。それどころか、慎之介を咎めたり、金をせびり取ってやろうという邪念も皆無で、ただただ目の前の相手を知ろうとする純粋な意志だけが感じられた。

「……そなた、念のため聞くが、猫ではあるまいな?」

 馬鹿らしいと思いつつも、慎之介は恐る恐る問いかけた。
 己の記憶では、拾った白猫を布団の中へ連れ込んだところまでは確かなのだ。それが翌朝には人間の娘になっていた。ならば猫とこの娘が同一人物かと疑うのは、当然の流れである。
 すると娘は突然目を見開いて何度も頷いた。あまりにあっさり認めるので、問いかけた慎之介の方が慌てたくらいだった。

(い、いや……これは単に猫の意味を間違えているだけではないか?)

 何せ猫と一口に言っても、この世にはいろんな猫が存在する。
 中でも回向院辺りに住む私娼窟の女を猫と呼ぶ事があり、先ほどは姉にもそっちの事を言っているのだと勘違いされた。だからもしかしたら娘もそういう意味で言っているのかもしれない。

「猫と言ってもまことの猫かと聞いておる。にゃあと鳴く方だ。白粉おしろいを塗りたくっている方ではない」
「……猫です」

 娘は小さな声で答え、そして己の声に、目を見開いて驚いていた。

(……なんてこったい)

 慎之介は天を仰いだ。
 どうやら、自分は酔いに任せて、とんでもないものを拾ってきてしまったらしい。

「……とりあえず、その格好をどうにかするか。そのままではそなたも寒かろう」

 他に考えるべきことはあるのだろうが、どうにも頭がついていかない。
 慎之介は苦笑いを浮かべながら、この不可思議な猫娘に提案したのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)
歴史・時代
江戸時代、五街道の内の一つ、甲州街道が整備され、宿場町として賑わった勝沼は、天領、つまり、徳川幕府の直轄地として代官所が置かれていた。この頃、江戸幕府の財政は厳しく、役人の数も少なかったので、年貢の徴収だけで手がいっぱいになり、治安までは手が回らなかった。その為、近隣在所から無宿人、博徒、浪人などが流れ込み、無政府状態になっていた。これは、無頼の徒が活躍する任侠物語。

答えは聞こえない

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
明治初期、旧幕臣小栗家の家臣の妻であった女性のお話。短編。完結済。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

高槻鈍牛

月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。 表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。 数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。 そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。 あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、 荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。 京から西国へと通じる玄関口。 高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。 あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと! 「信長の首をとってこい」 酒の上での戯言。 なのにこれを真に受けた青年。 とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。 ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。 何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。 気はやさしくて力持ち。 真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。 いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。 しかしそうは問屋が卸さなかった。 各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。 そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。 なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!

処理中です...