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1章
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娘は気ままな性質らしい。
すぐ間近で慎之介ら姉弟が大いに揉めていたにもかかわらず、どこ吹く風。しげしげと己の手足を眺めたり、その手で顔を擦ったりして過ごしていた。
「ち、違うぞ。俺は何もしておらぬ」
姉が帰ってしまった後、慎之介は娘から何か言われる前に、先手を打って弁明した。
「ただ、目が覚めたら、そなたがその格好で隣に寝ていただけなのだ。俺はやましいことなど何も……」
しかし、いくら慎之介が慌てたところで、娘は何の反応も示さなかった。瞬きを何度もして、じっと慎之介を見つめるだけ。
慎之介も改めて娘を見てみた。
艷やかな黒い髪の毛とは対照的な白い肌をしている。まるで昨夜降っていた淡い雪を集めて作り上げたかのような、透明感のある白さだ。
ぽかんと半開きになった口元から覗いて見える歯も白くて、やはり幼い少女であると知れる。
目は大きい。光の加減によっては深い翡翠色にも見えるその目をぱっちりと開いて、彼女はまっすぐに慎之介を見つめている。
その目の中には、己が裸体である事への羞恥心がまるでない。それどころか、慎之介を咎めたり、金をせびり取ってやろうという邪念も皆無で、ただただ目の前の相手を知ろうとする純粋な意志だけが感じられた。
「……そなた、念のため聞くが、猫ではあるまいな?」
馬鹿らしいと思いつつも、慎之介は恐る恐る問いかけた。
己の記憶では、拾った白猫を布団の中へ連れ込んだところまでは確かなのだ。それが翌朝には人間の娘になっていた。ならば猫とこの娘が同一人物かと疑うのは、当然の流れである。
すると娘は突然目を見開いて何度も頷いた。あまりにあっさり認めるので、問いかけた慎之介の方が慌てたくらいだった。
(い、いや……これは単に猫の意味を間違えているだけではないか?)
何せ猫と一口に言っても、この世にはいろんな猫が存在する。
中でも回向院辺りに住む私娼窟の女を猫と呼ぶ事があり、先ほどは姉にもそっちの事を言っているのだと勘違いされた。だからもしかしたら娘もそういう意味で言っているのかもしれない。
「猫と言っても真の猫かと聞いておる。にゃあと鳴く方だ。白粉を塗りたくっている方ではない」
「……猫です」
娘は小さな声で答え、そして己の声に、目を見開いて驚いていた。
(……なんてこったい)
慎之介は天を仰いだ。
どうやら、自分は酔いに任せて、とんでもないものを拾ってきてしまったらしい。
「……とりあえず、その格好をどうにかするか。そのままではそなたも寒かろう」
他に考えるべきことはあるのだろうが、どうにも頭がついていかない。
慎之介は苦笑いを浮かべながら、この不可思議な猫娘に提案したのだった。
娘は気ままな性質らしい。
すぐ間近で慎之介ら姉弟が大いに揉めていたにもかかわらず、どこ吹く風。しげしげと己の手足を眺めたり、その手で顔を擦ったりして過ごしていた。
「ち、違うぞ。俺は何もしておらぬ」
姉が帰ってしまった後、慎之介は娘から何か言われる前に、先手を打って弁明した。
「ただ、目が覚めたら、そなたがその格好で隣に寝ていただけなのだ。俺はやましいことなど何も……」
しかし、いくら慎之介が慌てたところで、娘は何の反応も示さなかった。瞬きを何度もして、じっと慎之介を見つめるだけ。
慎之介も改めて娘を見てみた。
艷やかな黒い髪の毛とは対照的な白い肌をしている。まるで昨夜降っていた淡い雪を集めて作り上げたかのような、透明感のある白さだ。
ぽかんと半開きになった口元から覗いて見える歯も白くて、やはり幼い少女であると知れる。
目は大きい。光の加減によっては深い翡翠色にも見えるその目をぱっちりと開いて、彼女はまっすぐに慎之介を見つめている。
その目の中には、己が裸体である事への羞恥心がまるでない。それどころか、慎之介を咎めたり、金をせびり取ってやろうという邪念も皆無で、ただただ目の前の相手を知ろうとする純粋な意志だけが感じられた。
「……そなた、念のため聞くが、猫ではあるまいな?」
馬鹿らしいと思いつつも、慎之介は恐る恐る問いかけた。
己の記憶では、拾った白猫を布団の中へ連れ込んだところまでは確かなのだ。それが翌朝には人間の娘になっていた。ならば猫とこの娘が同一人物かと疑うのは、当然の流れである。
すると娘は突然目を見開いて何度も頷いた。あまりにあっさり認めるので、問いかけた慎之介の方が慌てたくらいだった。
(い、いや……これは単に猫の意味を間違えているだけではないか?)
何せ猫と一口に言っても、この世にはいろんな猫が存在する。
中でも回向院辺りに住む私娼窟の女を猫と呼ぶ事があり、先ほどは姉にもそっちの事を言っているのだと勘違いされた。だからもしかしたら娘もそういう意味で言っているのかもしれない。
「猫と言っても真の猫かと聞いておる。にゃあと鳴く方だ。白粉を塗りたくっている方ではない」
「……猫です」
娘は小さな声で答え、そして己の声に、目を見開いて驚いていた。
(……なんてこったい)
慎之介は天を仰いだ。
どうやら、自分は酔いに任せて、とんでもないものを拾ってきてしまったらしい。
「……とりあえず、その格好をどうにかするか。そのままではそなたも寒かろう」
他に考えるべきことはあるのだろうが、どうにも頭がついていかない。
慎之介は苦笑いを浮かべながら、この不可思議な猫娘に提案したのだった。
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