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4章
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翌朝も姉はやってきた。さすがに学習した慎之介は早起きをして、ふうを着替えさせ、髪まできちんと結っておいたが、それくらいで姉の怒りが和らぐ事は無かった。
「まだその娘を置いていたのですか」
姉は呆れ……いやむしろ慎之介を憐れんでいるような目をして言った。
「佳代殿の着物など着せて……何を考えているのです、あなたは」
姉が妻に先立たれた弟を案じてくれている事は知っている。だからこそ、毎朝こうやって世話を焼きに来てくれているのだ。
そのことに感謝はしているが、それでも、今の慎之介はふうを最優先にしたい。
「姉上、御案じくださいますな。ふうは悪い猫ではありません」
「……お好きになさい」
姉はため息を一つ残して帰って行った。
***
今日は最初からふうを背負っていった。猫に歩き方を教えるよりも、その方がよほど楽なのだ。
半刻ほど歩き、目的地である新場橋に着くと慎之介はふうを背中からおろした。この辺りは日本橋にもほど近く、人通りは多い。
「どうだ。見覚えがあるだろう」
「……」
「そなたはここにいたのだぞ。この橋の袂で鳴いていた。何か思い出さぬか」
「わかりませぬ」
「参ったな。分からぬのでは、家を探せぬぞ」
「お家はあっちです」
「それはたった今歩いてきた方角だ」
この猫娘、本当に手間がかかるな、と慎之介はがっくり肩を落とした。
そこへ真鍮の釜を担いだ甘酒売りの老人が近づいてきた。甘酒売りとは、寒い冬の日、熱い甘酒を1杯数文で売り歩く商売だ。
老人は皺だらけの顔で、瞳が見えぬほど、瞼が垂れ下がっていた。
「旦那、甘酒はいかがですかい」
「いや、いらぬ」
「まぁ、そう言わずに。味見だけでも」
強引な老人は突然ふうの口元に湯呑を押し付け、飲ませてしまった。この者は熱いのが苦手だから、と慎之介が止める間もなかった。
「勝手をするな!」
湯呑を奪い取った慎之介は、その中身が甘酒でない事に気づいた。緑色で腐敗臭のする怪しすぎる液体。
(……こんなものを飲ませたのか?!)
愕然とした慎之介は、その直後信じられない光景を目にした。ふうが膝から崩れるように倒れたのだ。
「ふうっ!」
すぐに手を伸ばして助け起こすが、長い睫毛の下、半開きになった目の焦点が合っていない。
「しっかりしろっ! ふうっ!」
慎之介が悲鳴を上げる中、甘酒売りの老人はどっこらしょと重たそうに商売道具を担いで歩き去っていった。
「待てっ!」
慎之介は意識を失ったふうを背負い直すと、急いでこの老人を追いかけた。
「まだその娘を置いていたのですか」
姉は呆れ……いやむしろ慎之介を憐れんでいるような目をして言った。
「佳代殿の着物など着せて……何を考えているのです、あなたは」
姉が妻に先立たれた弟を案じてくれている事は知っている。だからこそ、毎朝こうやって世話を焼きに来てくれているのだ。
そのことに感謝はしているが、それでも、今の慎之介はふうを最優先にしたい。
「姉上、御案じくださいますな。ふうは悪い猫ではありません」
「……お好きになさい」
姉はため息を一つ残して帰って行った。
***
今日は最初からふうを背負っていった。猫に歩き方を教えるよりも、その方がよほど楽なのだ。
半刻ほど歩き、目的地である新場橋に着くと慎之介はふうを背中からおろした。この辺りは日本橋にもほど近く、人通りは多い。
「どうだ。見覚えがあるだろう」
「……」
「そなたはここにいたのだぞ。この橋の袂で鳴いていた。何か思い出さぬか」
「わかりませぬ」
「参ったな。分からぬのでは、家を探せぬぞ」
「お家はあっちです」
「それはたった今歩いてきた方角だ」
この猫娘、本当に手間がかかるな、と慎之介はがっくり肩を落とした。
そこへ真鍮の釜を担いだ甘酒売りの老人が近づいてきた。甘酒売りとは、寒い冬の日、熱い甘酒を1杯数文で売り歩く商売だ。
老人は皺だらけの顔で、瞳が見えぬほど、瞼が垂れ下がっていた。
「旦那、甘酒はいかがですかい」
「いや、いらぬ」
「まぁ、そう言わずに。味見だけでも」
強引な老人は突然ふうの口元に湯呑を押し付け、飲ませてしまった。この者は熱いのが苦手だから、と慎之介が止める間もなかった。
「勝手をするな!」
湯呑を奪い取った慎之介は、その中身が甘酒でない事に気づいた。緑色で腐敗臭のする怪しすぎる液体。
(……こんなものを飲ませたのか?!)
愕然とした慎之介は、その直後信じられない光景を目にした。ふうが膝から崩れるように倒れたのだ。
「ふうっ!」
すぐに手を伸ばして助け起こすが、長い睫毛の下、半開きになった目の焦点が合っていない。
「しっかりしろっ! ふうっ!」
慎之介が悲鳴を上げる中、甘酒売りの老人はどっこらしょと重たそうに商売道具を担いで歩き去っていった。
「待てっ!」
慎之介は意識を失ったふうを背負い直すと、急いでこの老人を追いかけた。
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