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7章 文化祭
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……何の話をするんだろう?
篤樹もついていこうかと一瞬思ったが、葵は彼だけを呼び出したのだから、ここでしゃしゃり出るのはおかしい。
しかし一連のやりとりを遠くから見守っていた江里口先輩は、篤樹を手招きしたのだ。
「あっちゃんおいで。ここから聞こえる」
彼女が指さしたのは、化学実験室の壁の下部に開いていた通風孔。その前には木製の試験管立てが入ったダンボール箱が置いてあるが、それを少しずらすだけで廊下の声もしっかり聞こえるのだという。
……いや、それって単なる盗み聞きなんじゃ……。
「手段なんて選んでらんないでしょ。話の流れで田部井先輩から正式に付き合いしたいとか言われちゃったらどうすんのよ」
「それは無いと思うんですけど……」
「あんた、何を油断してんの。高梨先輩は強く言われると何でも、うんって言っちゃう人なんだから。とにかく見張っときなさい!」
江里口先輩に何故だか怒られ、篤樹は試験管立ての積み重なった段ボール箱のすぐ隣に座らされた。
しかしまぁ、確かにこの場所からなら二人の足もちらりと見えて、声だってしっかり聞こえてくる。
「……だから、田部井くんは化学部の活動を何もやっていないんだから、今年は発表も何もしなくていいって言ってるの」
廊下の向こうから聞こえる葵の声は、珍しくきっぱりとした口調だった。しかし参加を拒まれた田部井先輩の方は、素直に引き下がる気も無さそうだった。
「なんだよそれ」
明らかに不快気な声。化学部で活躍したいというよりは、葵が自分を必要としてくれないことが気に入らないのだろう。
「オレはバスケ部が忙しいから、普段は何もしなくていい。その代わり、人前に出るようなイベントごとに関しては任せるって話だったはずだぜ。今まで化学部の方に出てないのは、お前も了承済ってことだろ」
「それはそうなんだけど……」
「ふん、あの一年がいるからオレはお払い箱ってことか」
不貞腐れたような言い方の中には威圧感もある。
大きな体の男から睨まれ、彼女が怯えたように息を呑む雰囲気を感じた。多分、今まではここで葵が折れて来たのだと思う。でも今回は……。
「あっちゃんがどうのって話じゃなくて……あのね、田部井くんに今までいっぱい助けてもらったことは感謝してるんだよ。私は人前に出るのとか苦手だから、田部井くんがいてくれてホント助かった」
だけど今のままじゃいけないと思うんだよ、と葵は声を震わせながら切り出したのだ。
「私、田部井くんから文化祭合わせでもいいからとりあえず付き合おうや、って言ってもらった時、すごく嬉しかったんだ」
「……」
「私は見た目も性格もこんなだからさ、彼氏とか、そういうものには縁がないんだろうな、って最初から諦めてた。それでも周りのみんなが付き合ったりするのは羨ましかったし、私だけ誰にも選んでもらえないっていうのは寂しかったりもして」
変なところで見栄っ張りなのかもしれない、と彼女は乾いた笑いを漏らした。
「田部井くんが誘ってくれた時、あぁこれで高校の間、彼氏の一人もできませんでしたって言わなくて済むんだ、ってほっとしたの……うん、そう。ほっとした」
葵は自分の言葉を噛み締めるように二度繰り返して言った。
「文化祭の直後に、私の事なんか好きじゃないって田部井くんが友だちとしゃべっているのを聞いちゃって、それ自体にはびっくりしたんだけど、でもそれも当然かなって、納得したとこもあったよ。だって、私は本来必要なはずの好きって気持ちをすっ飛ばして、彼氏が欲しいっていう気持ちだけを優先させちゃってたんだから。そりゃ田部井くんにも嫌われるよね」
「だからそれは勢いって奴で。別に嫌ってなんか……」
「ごめんなさい」
田部井先輩の言葉を遮るようにして、葵は深く頭を下げた。
「もっと早くに言うべきだった。こんなにずるずると引きずってしまって、本当にごめんなさい」
「……」
「田部井くんはバスケ部が忙しいのにずっと化学部に籍を置いてくれていたし、私があげたペンケースもずっと使ってくれてたし、出席番号が前後だったおかげで実習の班とかだって三年間ずっと一緒だったもんね。だから私だって田部井くんが向けてくれる気持ちには気付いてたよ。だけど、そこに向き合うのが怖くて、そんなはずはないんだって見ないフリをしてきてしまった」
篤樹もついていこうかと一瞬思ったが、葵は彼だけを呼び出したのだから、ここでしゃしゃり出るのはおかしい。
しかし一連のやりとりを遠くから見守っていた江里口先輩は、篤樹を手招きしたのだ。
「あっちゃんおいで。ここから聞こえる」
彼女が指さしたのは、化学実験室の壁の下部に開いていた通風孔。その前には木製の試験管立てが入ったダンボール箱が置いてあるが、それを少しずらすだけで廊下の声もしっかり聞こえるのだという。
……いや、それって単なる盗み聞きなんじゃ……。
「手段なんて選んでらんないでしょ。話の流れで田部井先輩から正式に付き合いしたいとか言われちゃったらどうすんのよ」
「それは無いと思うんですけど……」
「あんた、何を油断してんの。高梨先輩は強く言われると何でも、うんって言っちゃう人なんだから。とにかく見張っときなさい!」
江里口先輩に何故だか怒られ、篤樹は試験管立ての積み重なった段ボール箱のすぐ隣に座らされた。
しかしまぁ、確かにこの場所からなら二人の足もちらりと見えて、声だってしっかり聞こえてくる。
「……だから、田部井くんは化学部の活動を何もやっていないんだから、今年は発表も何もしなくていいって言ってるの」
廊下の向こうから聞こえる葵の声は、珍しくきっぱりとした口調だった。しかし参加を拒まれた田部井先輩の方は、素直に引き下がる気も無さそうだった。
「なんだよそれ」
明らかに不快気な声。化学部で活躍したいというよりは、葵が自分を必要としてくれないことが気に入らないのだろう。
「オレはバスケ部が忙しいから、普段は何もしなくていい。その代わり、人前に出るようなイベントごとに関しては任せるって話だったはずだぜ。今まで化学部の方に出てないのは、お前も了承済ってことだろ」
「それはそうなんだけど……」
「ふん、あの一年がいるからオレはお払い箱ってことか」
不貞腐れたような言い方の中には威圧感もある。
大きな体の男から睨まれ、彼女が怯えたように息を呑む雰囲気を感じた。多分、今まではここで葵が折れて来たのだと思う。でも今回は……。
「あっちゃんがどうのって話じゃなくて……あのね、田部井くんに今までいっぱい助けてもらったことは感謝してるんだよ。私は人前に出るのとか苦手だから、田部井くんがいてくれてホント助かった」
だけど今のままじゃいけないと思うんだよ、と葵は声を震わせながら切り出したのだ。
「私、田部井くんから文化祭合わせでもいいからとりあえず付き合おうや、って言ってもらった時、すごく嬉しかったんだ」
「……」
「私は見た目も性格もこんなだからさ、彼氏とか、そういうものには縁がないんだろうな、って最初から諦めてた。それでも周りのみんなが付き合ったりするのは羨ましかったし、私だけ誰にも選んでもらえないっていうのは寂しかったりもして」
変なところで見栄っ張りなのかもしれない、と彼女は乾いた笑いを漏らした。
「田部井くんが誘ってくれた時、あぁこれで高校の間、彼氏の一人もできませんでしたって言わなくて済むんだ、ってほっとしたの……うん、そう。ほっとした」
葵は自分の言葉を噛み締めるように二度繰り返して言った。
「文化祭の直後に、私の事なんか好きじゃないって田部井くんが友だちとしゃべっているのを聞いちゃって、それ自体にはびっくりしたんだけど、でもそれも当然かなって、納得したとこもあったよ。だって、私は本来必要なはずの好きって気持ちをすっ飛ばして、彼氏が欲しいっていう気持ちだけを優先させちゃってたんだから。そりゃ田部井くんにも嫌われるよね」
「だからそれは勢いって奴で。別に嫌ってなんか……」
「ごめんなさい」
田部井先輩の言葉を遮るようにして、葵は深く頭を下げた。
「もっと早くに言うべきだった。こんなにずるずると引きずってしまって、本当にごめんなさい」
「……」
「田部井くんはバスケ部が忙しいのにずっと化学部に籍を置いてくれていたし、私があげたペンケースもずっと使ってくれてたし、出席番号が前後だったおかげで実習の班とかだって三年間ずっと一緒だったもんね。だから私だって田部井くんが向けてくれる気持ちには気付いてたよ。だけど、そこに向き合うのが怖くて、そんなはずはないんだって見ないフリをしてきてしまった」
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