日に向かう花

環 花奈江

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6章 夏休み

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「誰がそんなものを……って、そこは守秘義務がありますかね」

 言っている途中で気付き自分ですぐに質問を取り下げたものの、惚れ薬を欲しがっているのが誰なのかは心に引っ掛かった。
 何しろ、今一番惚れ薬を必要としている人物に、篤樹は心当たりがある。
 それに、こう言っちゃなんだが、いかにも友達少なげで根暗そうな瀬川先輩に薬の制作を依頼できる人なんてそういないはずなのだ。

 ……まさかとは思うけどな。でもあの人のことだから、可能性があろうとなかろうと、とにかくやれるだけのことはやってみようなんてバカなことを考えるかも……。

 篤樹は瀬川先輩の広げている実験道具を見回した。ガスバーナーとビーカーと分液ロート、何かの葉っぱをすりつぶしたらしい乳鉢、出来上がったものを詰めるためのガラスの小瓶、それにクエン酸と書かれた薬瓶のラベルだけははっきり見て取れたが、それだけではどんな薬なのかまでは予想できなかった。

「ふうん……で、その惚れ薬とやらはどうやって使うものなんですか?」


 篤樹が尋ねると「口説きたい相手の前で、自分が飲んでおけばいいだけだ」と瀬川先輩は教えてくれた。
「お前も使うか?」
「俺はこういうのに頼るつもりはありませんよ」

 得体のしれないものを体に取り込むのは危険すぎる。篤樹はきっぱり断ったが、瀬川先輩はくっくっく、と喉の奥の方で曇った笑い声を上げた。

「そうか。だけど、こういうものに頼ってでも、っていう気持ち自体は、悪いことじゃないと思うけどな」
「じゃあ先輩は、この惚れ薬を使いたいって人の恋を応援してあげたいんですね?」
「僕は誰かに肩入れする気なんてない。ただ使用サンプルは多い方がいいに決まっている。だから効果の感想だけでももらえたら嬉しいんだ」

 最後に唇の端を歪めた彼は、再び薬の作成に没頭し始めた。
 その姿を見ていて、篤樹は妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。

 ……これはやっぱり、早く何とかした方がいいかも。

 この人の薬は効き目が未知数なだけに、不安しか感じない。
 それでもまぁ、惚れ薬の依頼人は田部井先輩だと決まったわけでもないし、今はそんなナゾの薬に気を取られている場合ではないはずだった。まずはオープンスクールをどう攻略するかを考えなければ。
 篤樹はスマホを取り出すと、薬学部についての情報をいろいろと検索し始めたのだった。



 そして日曜日。松葉丘駅にて待ち合わせた篤樹と葵は、約束通り都内三カ所の大学巡りに出かけた。葵はノースリーブの紺色のワンピース姿で、ちょっぴり大人びた装い。地味は地味だが、ひょろっと背の高い彼女にはよく似合っていたし、肌の露出の多いノースリーブなところがなんとなく嬉しい。

 ……だって、デートだもんな。

 篤樹の浮かれた気分とは対照的に、彼女は電車に乗ってからも書き出してきた予定表とにらめっこしていた。篤樹にからかわれたのがよほど悔しかったのかもしれない。絶対間違えない、と一生懸命だった彼女は確かにほぼノーミスで乗り換えを済ませたが、それでも駅を降りた後には他の大学へ行きそうになるくらいのことはやっていた。まぁ、それくらいはやらかしてくれないと、篤樹も付き添った甲斐がないというものだ。
 でも本人はそんな些細なミスも結構気にしているようだった。

「だって、まさか同じ最寄り駅の他の大学までオープンキャンパスやってるなんて思わないし!」
「はいはい、分かってますよ。先輩は悪くないです」

 今、篤樹たちは松葉丘駅近くのファミレスにいる。昼ごはんを食べる時間も無いまま駆け回ってきたものだから少し休憩しようよ、と葵から言ってくれたのだ。それで以前も行ったファミレスにて少し早めの晩御飯を食べている。
 ちなみに、今日一日付き合ってもらったお礼という名目で、篤樹はまたドリンクバーを奢ってもらっていた。

「それで実際に見てみて、先輩的にはどこの大学が良かったですか?」
「どこって……」

 アイスコーヒーを飲みながら篤樹が尋ねると、葵は戸惑った表情を浮かべてしまった。だから篤樹は自分の感想をまず伝えたのだ。

「俺は最後に見たところが一番良かったと思いますよ。都心であれだけの薬草園があるのは大したもんだな、と」

 言いながら、篤樹は今日もらってきた各大学のパンフレットをテーブルの上に広げた。

「ここの大学も設備なんかは問題ないんですけど、国家試験の合格率がなぁ……六年間も勉強して試験に受からないんじゃ、薬学部に行く意味ないですよね」
「あれ? 合格率ならもっと悪いとこあるよ」

 葵は下から別の大学のパンフレットを引っ張り出してきた。しかし篤樹は記された数値を見比べて首を横に振る。

「でも、こっちは最初から卒業をさせてないんですよ。ほら、入学人数に対して新卒の受験者が少なすぎるでしょ。これは国試に受かりそうもない学生を卒業させないって手で、こういうのは何処の大学でもやってますけど、ここの大学の数値は突出していて気になります」
「ふうん、そうなんだ」
「ま、とりあえず、最初に行った大学だけは無いかな。一年生全員富士山の山麓で寮生活ってありえませんよ。いきなり遠距離とかホント無理……」

 つい本音が零れ出てしまい、篤樹は慌てて自分の口を押さえる。

「いやだから、先輩も家族と離れて遠距離で生活するのは嫌かなぁって思って」
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