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5章 断ち切れぬ想い
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……そんなに好きなら、もっと素直になりゃいいのに。
篤樹は問題だらけの先輩に苦笑しながら、コートの方へ目を向けた。
試合はどんどん進んでいる。葵は宮沢先輩の放った強烈なアタックに全く反応できず、ちょうどその身を強張らせているところだった。応援している下僕たちは、やんややんやの大喝采だ。
どうやら同じ化学部員でも、縦巻きロールの女王様の方はバレーボールがお得意らしい。この二人はどこまでいっても対称的な存在だ。
「なぁ、オレと勝負しようぜ」
「は?」
この男の話はいつも唐突すぎる。篤樹は胡散臭げな眼をして傍らの大男を見やった。
「この後の試合であと一回勝ったら、準々決勝はお前んとこの1年2組と当たるらしいんだよ。洋輔に聞いたけど、お前もバスケの方なんだろ?」
「勝負なんて嫌ですよ。バスケじゃ俺が負けるの確実だし」
篤樹はげんなりした表情を浮かべた。体育は特別苦手というわけじゃないが、こんなバスケ部の大男とガチでぶち当たるのは御免被る。
「それに俺なんかに勝ったって、何の意味も無いでしょ」
葵が二人の男の間で揺れ動いているというのならともかく、彼女はどちらのことも好きではないのだ。こんな状態で勝負したところで結果は何も動かない。
しかし田部井先輩は今にも篤樹の喉元へ噛みつきそうな顔をして唇を大きく歪めたのだ。
「そこは意味があるから言ってんだろーが」
「……ぶちょー?」
篤樹は首をひねった。傍らの大男は苛立った様子で頭を掻きむしっている。
「ったく……オレだって本当は分かってんだよ。いくら昔の約束を盾に迫ったところで、あいつがオレの方を見る気は無いってことくらい」
野太い声で吐き捨てるように言った彼は、苛立ちまぎれなのか視線の先にいた小さな働きアリたちをその太い指で潰し始めた。
「でもそれを認めたくないから、今までずっとこの関係をうやむやにしてきたんだ。それなのにお前がしゃしゃり出てきたせいで、その万に一つ残っていた可能性まで消し飛んじまってさ」
「そこに俺は関係ないでしょ。俺は弟みたいに可愛いがってもらってるだけの後輩ですし」
「よく言うぜ」
顔を上げた田部井先輩は、恨めし気な目で篤樹を睨みつけてきた。
「これだからイケメンって奴は感じ悪いんだよ」
……いやいや、俺も葵先輩にはふられてるんだけどな。分かってんのかな、この人?
肩をすくめる篤樹の耳に大きな歓声が飛び込んで来た。どうやら5組のエースが宮沢先輩のブロックをかわし、アタックを決めたようだ。葵も嬉しそうな横顔を覗かせている。その笑顔を微笑ましく思う気持ちと、側にいられない寂しさと、複雑な心情が入り混じって篤樹の胸に染み込む。もう諦めると決めたはずなのに、気持ちの方はまだ追い付いていないらしい。
多分、洋輔や田部井先輩が感じているように、葵の気持ちが実はこちらに向いているのかも、と心のどこかで期待しているせいだと思う。あれだけきっぱりふられたのに、往生際の悪い話だ。
篤樹は自嘲気味な笑みを口角の端に乗せると、首を二、三回ひねった。いつのまにか強張っていた関節がぽきぽきと小気味良い音を立てる。
「ぶちょーの方が、俺なんかよりまだ少しは可能性あるんじゃないですか?」
「あぁ?」
篤樹が言うと、田部井先輩はうろんな目をした。
「なにせ同学年でクラスも一緒なんだし。見下したりひねくれたりせずに、まっすぐ気持ちを伝えれば、意外となんとかなるかもしれませんよ―――例えば、そうやって無駄な殺生をしないとかも大切」
篤樹はアリを潰し続けている太い指へと目を向けた。
「ダメですよ。葵先輩、そういうの大っ嫌いなんですから」
「そうなのか?」
「俺より長く一緒にいるんだから、ちゃんと分かっておいてくださいよ」
篤樹が言うと、田部井先輩の表情はひどく情けないものになってしまった。
「オレ、そーいうのに気付くの苦手なんだよ」
「あぁそっか。先輩ってバカですもんね」
「……お前、ガチでムカつく奴だな」
殺気を帯びた目で篤樹を睨みつけたのはほんの一瞬。田部井先輩はよっこらしょ、という親父臭い掛け声とともに立ち上がった。
「ふうん、まっすぐいきゃいい、ねぇ……じゃあ、試しにやってみるかな」
噛み締めるようにつぶやいた彼は、何のスイッチが入ったのだか、突然コートの方へと走っていってしまう。
どうしたんだ?、と篤樹が訝しみながらその大きな背中の行方を目で追いかけたら、誰かが足を引きずりながらコートの外へと出てくるのが見えた。
……あれって葵先輩?!
驚いた篤樹は思わず立ち上がり、田部井先輩に続いて彼女の元へと駆け寄ってしまった。
篤樹は問題だらけの先輩に苦笑しながら、コートの方へ目を向けた。
試合はどんどん進んでいる。葵は宮沢先輩の放った強烈なアタックに全く反応できず、ちょうどその身を強張らせているところだった。応援している下僕たちは、やんややんやの大喝采だ。
どうやら同じ化学部員でも、縦巻きロールの女王様の方はバレーボールがお得意らしい。この二人はどこまでいっても対称的な存在だ。
「なぁ、オレと勝負しようぜ」
「は?」
この男の話はいつも唐突すぎる。篤樹は胡散臭げな眼をして傍らの大男を見やった。
「この後の試合であと一回勝ったら、準々決勝はお前んとこの1年2組と当たるらしいんだよ。洋輔に聞いたけど、お前もバスケの方なんだろ?」
「勝負なんて嫌ですよ。バスケじゃ俺が負けるの確実だし」
篤樹はげんなりした表情を浮かべた。体育は特別苦手というわけじゃないが、こんなバスケ部の大男とガチでぶち当たるのは御免被る。
「それに俺なんかに勝ったって、何の意味も無いでしょ」
葵が二人の男の間で揺れ動いているというのならともかく、彼女はどちらのことも好きではないのだ。こんな状態で勝負したところで結果は何も動かない。
しかし田部井先輩は今にも篤樹の喉元へ噛みつきそうな顔をして唇を大きく歪めたのだ。
「そこは意味があるから言ってんだろーが」
「……ぶちょー?」
篤樹は首をひねった。傍らの大男は苛立った様子で頭を掻きむしっている。
「ったく……オレだって本当は分かってんだよ。いくら昔の約束を盾に迫ったところで、あいつがオレの方を見る気は無いってことくらい」
野太い声で吐き捨てるように言った彼は、苛立ちまぎれなのか視線の先にいた小さな働きアリたちをその太い指で潰し始めた。
「でもそれを認めたくないから、今までずっとこの関係をうやむやにしてきたんだ。それなのにお前がしゃしゃり出てきたせいで、その万に一つ残っていた可能性まで消し飛んじまってさ」
「そこに俺は関係ないでしょ。俺は弟みたいに可愛いがってもらってるだけの後輩ですし」
「よく言うぜ」
顔を上げた田部井先輩は、恨めし気な目で篤樹を睨みつけてきた。
「これだからイケメンって奴は感じ悪いんだよ」
……いやいや、俺も葵先輩にはふられてるんだけどな。分かってんのかな、この人?
肩をすくめる篤樹の耳に大きな歓声が飛び込んで来た。どうやら5組のエースが宮沢先輩のブロックをかわし、アタックを決めたようだ。葵も嬉しそうな横顔を覗かせている。その笑顔を微笑ましく思う気持ちと、側にいられない寂しさと、複雑な心情が入り混じって篤樹の胸に染み込む。もう諦めると決めたはずなのに、気持ちの方はまだ追い付いていないらしい。
多分、洋輔や田部井先輩が感じているように、葵の気持ちが実はこちらに向いているのかも、と心のどこかで期待しているせいだと思う。あれだけきっぱりふられたのに、往生際の悪い話だ。
篤樹は自嘲気味な笑みを口角の端に乗せると、首を二、三回ひねった。いつのまにか強張っていた関節がぽきぽきと小気味良い音を立てる。
「ぶちょーの方が、俺なんかよりまだ少しは可能性あるんじゃないですか?」
「あぁ?」
篤樹が言うと、田部井先輩はうろんな目をした。
「なにせ同学年でクラスも一緒なんだし。見下したりひねくれたりせずに、まっすぐ気持ちを伝えれば、意外となんとかなるかもしれませんよ―――例えば、そうやって無駄な殺生をしないとかも大切」
篤樹はアリを潰し続けている太い指へと目を向けた。
「ダメですよ。葵先輩、そういうの大っ嫌いなんですから」
「そうなのか?」
「俺より長く一緒にいるんだから、ちゃんと分かっておいてくださいよ」
篤樹が言うと、田部井先輩の表情はひどく情けないものになってしまった。
「オレ、そーいうのに気付くの苦手なんだよ」
「あぁそっか。先輩ってバカですもんね」
「……お前、ガチでムカつく奴だな」
殺気を帯びた目で篤樹を睨みつけたのはほんの一瞬。田部井先輩はよっこらしょ、という親父臭い掛け声とともに立ち上がった。
「ふうん、まっすぐいきゃいい、ねぇ……じゃあ、試しにやってみるかな」
噛み締めるようにつぶやいた彼は、何のスイッチが入ったのだか、突然コートの方へと走っていってしまう。
どうしたんだ?、と篤樹が訝しみながらその大きな背中の行方を目で追いかけたら、誰かが足を引きずりながらコートの外へと出てくるのが見えた。
……あれって葵先輩?!
驚いた篤樹は思わず立ち上がり、田部井先輩に続いて彼女の元へと駆け寄ってしまった。
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