日に向かう花

環 花奈江

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3章 お姉さん

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 ゴールデンウィーク明けの化学部第2回目の活動は思いの外盛り上がった。
 木綿の布や糸をぐつぐつ煮込み、それを乾かすだけという単純作業ながら、綺麗な色に染めるのはそれだけで気持ちがいいものだ。
 それに葵が着色の仕組みを黒板に書いて説明してくれたから、少しは実験っぽい雰囲気も出て良かったと思う。
 草木染に使う染料は事前に連絡して各自が用意してきたから、皆は思い思いの作品を作り上げることになった。
 葵は王道の玉ねぎ染め。ど派手な宮沢先輩はブルーベリーで染めたものの、その薄い色が気に入らなかったらしく、下僕たちに命じて薬品棚に並んでいた青色のインジゴ試薬を勝手に追加していた。確かにインジゴは藍染の主成分ではあるが、試薬を足すんじゃ草木染にならない気も……。
 そして陰気な瀬川先輩が一人黙々と仕上げた布は、なんと色鮮やかな紫色。皆の注目を集める見事な仕上がりとなった。
 でも彼の染料には謎な茶色の虫が浮いているのを、篤樹は見てしまったのだ。

 ……さすが魔女の秘薬を研究しようなんて言い出すだけあって、選ぶ素材もぶっ飛んでんな。

 この先輩とお近づきになるのは今後も遠慮しておこう、と心に誓いながら篤樹はガラス棒で自分のビーカーをかき混ぜた。ちなみに篤樹が用意した染料は当然のことながら(?)紅茶である。

「ところでさ、なんであっちゃんが私に連絡くれたの?」
 隣で布を染めていた璃子が、篤樹のお腹を突っついて尋ねてきた。
「ん?」
「前回の活動の時って高梨先輩とアドレス交換しなかったよね。あっちゃんのところにだけ今日の持ち物の連絡来たのっておかしくない?」

 璃子の疑問は当然のことなのだが、そんなことにまで気付かなくても良かったのに、と篤樹はかったるげに髪をいじくった。

「うちのクラスに先輩の弟がいるんだよ。それで連絡ついて」

 いちいち説明するのが面倒で、篤樹は途中経過をかなり省いて話した。幸いなことに、璃子はすぐ納得してくれたのでほっと胸を撫でおろす。
 まだ固まり切っていないこの関係に、今このタイミングで余計な横やりを入れられるのは困るのだ。

 ……別に、すっげぇ好きとか、そーいうわけでもないからさ。ただ、なんか気になるっつうか……。

 自分自身でも持て余しているこのもやもやした気持ちを抱えたまま顔を上げれば、目は自然と葵の姿を追っている。
 気になるだけ?
 篤樹にもその辺はまだはっきりしないが、偶然でも目が合えば嬉しいのは確かだ。なにせ初対面では視線が交わることすらなかったのだ。それに比べれば親密度合いは大きく前進していると思う。
 これから部活を続けていくうちにこの気持ちも変わったりするのかな、と期待しながら化学実験室にやってきた次の月曜日、篤樹が葵から手渡されたのは、活動初日に注文していた白衣だった。

「先週の木曜日に届いたからさっそく縫ってみたんだけど、名前だけのつもりがつい盛り上がっちゃって……」
「うわぁ、すげぇ」

 一目見るなり、篤樹は感嘆の声を上げてしまった。
 胸元のポケットには玉ねぎで染まった黄色の糸で名前のイニシャルが縫い付けられ、その縁取りには同じ色の糸で刺繍された幾何学模様がびっしりと並んでいる。これをわずか数日で仕上げたと?

「男の子だから、あんまり可愛すぎる柄は恥ずかしいかなと思ってこんなのにしてみたの」

 葵はその模様の意味についても解説してくれた。

「幾何学模様には終わりと始まりが無い、つまり永遠っていう意味があるんだよ。この先もずっと、部活頑張ってねってことで」
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