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2章 お宅訪問
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葵は、百害あって一利なし、なんて言って苦笑するが、篤樹にはそんな態度が歯痒くてならなかった。
これだけの根気と才能があるのを、役に立たないなんて言い方で片付けなくてもいいのに。なんでこの人はそこまで自分を否定するのだろう。
「ほら。これなんて、どうしてこんなに作っちゃったんだろってくらいあるんだよ」
葵が見せてくれたのは、大入りおかきの缶に入っていた大量のブックカバーだった。直線縫いばかりで簡単だし、端切れの処分も兼ねて作れるだけ作ってしまったのだとか。
「うちにある文庫本、全部に使っても余るくらいにあるんだよね」
……確かにこの量を一人で使うのは無理があるけどさ……。
篤樹は見せられたブックカバーを手に取った。様々な形の端切れを上手くつなぎ合わせてそれ自体が模様のようになっており、この世に二つとない作品ばかりだ。こんなにきれいに作ったものを埋もれさせ、無駄扱いするなんてもったいない。
「置き場に困るくらいなら、俺は欲しいんで譲ってくださいよ」
「え……」
篤樹の申し出を喜んでくれるかと思ったのに、この時彼女は何故だか頬をこわばらせた。
「……そう言われて作ったものを気軽にあげたせいで、ひどい目にあったことがあるんだよ」
いつの間にやら部屋の入り口に立っていた洋輔が、その硬い表情の理由について教えてくれる。
「ねーちゃんは気に入ったなら使ってね、って何も考えずにペンケースを渡しただけだったんだけどさ。そいつに気があるんじゃないかって勘ぐられていろいろ噂になって」
「もういいよ、その話は」
葵の苦笑の中には、触れないでほしいという拒絶の意図を強く感じた。よほど嫌な気分を味わったのだろう。
「俺は言いふらしませんよ。ただ、うちの母がちょうどこんな文庫本サイズくらいのカバーをできるだけたくさん欲しがってたんで」
「そうなの?」
使うのが篤樹ではなくその母親だと分かった葵は安堵の笑みを漏らし、さらに奥からもう一箱引っ張り出してきた。
「実はまだこっちの箱にも入っているんだよね。欲しいだけ持って帰ってよ」
「ありがとうございます。母も喜びます―――あ、これは先輩のシュシュと一緒ですね」
篤樹は何枚もある布の中から、藍色の布を目ざとく見つけて引っ張り出した。
「これは、俺が使ってもいいですか?」
そうすれば葵とお揃いになる……咄嗟にそんなことを思い付いてしまったのだ。
しかしそんな魂胆をまっすぐに口にするのはさすがに気恥ずかしくて「ここのまだらな青い布の部分がすごく綺麗で気に入りました」と言い訳がましく言ってみた。
「あっちゃん、お目が高い。それ本物の藍染なんだよ」
なんでも家族旅行で徳島へ行った際に自分で染めたものらしい。絞り染めの技法で作られたランダムな丸い模様を見ているうちに、篤樹は不意にひらめいてしまった。
「こういうのって部活でできないですかね。藍染はともかく、草木染ならすぐに準備できそうですよ」
「おぉ! あっちゃん、いいこと言うね!」
篤樹の提案に、葵は目を輝かせて喜んでくれた。草木染なら材料費も安いし、みんなですぐにできる。ふふん、我ながら名案を思い付いたものだ。
「じゃあさ、染めた糸であっちゃんの白衣に名前の刺繍をしてあげるね」
「マジっすか。それはすっげぇ嬉しいです」
「私も嬉しい」
懸案事項が一つ片付いた安堵感で葵もはしゃいだ笑顔を見せてくれる。
しかし盛り上がる二人の間で、洋輔だけは少々居心地が悪そうだった。
「そうめん伸びるから、俺は食ってくるよ」
肩をすくめた彼は、そう言い残してリビングへ去っていく。
これだけの根気と才能があるのを、役に立たないなんて言い方で片付けなくてもいいのに。なんでこの人はそこまで自分を否定するのだろう。
「ほら。これなんて、どうしてこんなに作っちゃったんだろってくらいあるんだよ」
葵が見せてくれたのは、大入りおかきの缶に入っていた大量のブックカバーだった。直線縫いばかりで簡単だし、端切れの処分も兼ねて作れるだけ作ってしまったのだとか。
「うちにある文庫本、全部に使っても余るくらいにあるんだよね」
……確かにこの量を一人で使うのは無理があるけどさ……。
篤樹は見せられたブックカバーを手に取った。様々な形の端切れを上手くつなぎ合わせてそれ自体が模様のようになっており、この世に二つとない作品ばかりだ。こんなにきれいに作ったものを埋もれさせ、無駄扱いするなんてもったいない。
「置き場に困るくらいなら、俺は欲しいんで譲ってくださいよ」
「え……」
篤樹の申し出を喜んでくれるかと思ったのに、この時彼女は何故だか頬をこわばらせた。
「……そう言われて作ったものを気軽にあげたせいで、ひどい目にあったことがあるんだよ」
いつの間にやら部屋の入り口に立っていた洋輔が、その硬い表情の理由について教えてくれる。
「ねーちゃんは気に入ったなら使ってね、って何も考えずにペンケースを渡しただけだったんだけどさ。そいつに気があるんじゃないかって勘ぐられていろいろ噂になって」
「もういいよ、その話は」
葵の苦笑の中には、触れないでほしいという拒絶の意図を強く感じた。よほど嫌な気分を味わったのだろう。
「俺は言いふらしませんよ。ただ、うちの母がちょうどこんな文庫本サイズくらいのカバーをできるだけたくさん欲しがってたんで」
「そうなの?」
使うのが篤樹ではなくその母親だと分かった葵は安堵の笑みを漏らし、さらに奥からもう一箱引っ張り出してきた。
「実はまだこっちの箱にも入っているんだよね。欲しいだけ持って帰ってよ」
「ありがとうございます。母も喜びます―――あ、これは先輩のシュシュと一緒ですね」
篤樹は何枚もある布の中から、藍色の布を目ざとく見つけて引っ張り出した。
「これは、俺が使ってもいいですか?」
そうすれば葵とお揃いになる……咄嗟にそんなことを思い付いてしまったのだ。
しかしそんな魂胆をまっすぐに口にするのはさすがに気恥ずかしくて「ここのまだらな青い布の部分がすごく綺麗で気に入りました」と言い訳がましく言ってみた。
「あっちゃん、お目が高い。それ本物の藍染なんだよ」
なんでも家族旅行で徳島へ行った際に自分で染めたものらしい。絞り染めの技法で作られたランダムな丸い模様を見ているうちに、篤樹は不意にひらめいてしまった。
「こういうのって部活でできないですかね。藍染はともかく、草木染ならすぐに準備できそうですよ」
「おぉ! あっちゃん、いいこと言うね!」
篤樹の提案に、葵は目を輝かせて喜んでくれた。草木染なら材料費も安いし、みんなですぐにできる。ふふん、我ながら名案を思い付いたものだ。
「じゃあさ、染めた糸であっちゃんの白衣に名前の刺繍をしてあげるね」
「マジっすか。それはすっげぇ嬉しいです」
「私も嬉しい」
懸案事項が一つ片付いた安堵感で葵もはしゃいだ笑顔を見せてくれる。
しかし盛り上がる二人の間で、洋輔だけは少々居心地が悪そうだった。
「そうめん伸びるから、俺は食ってくるよ」
肩をすくめた彼は、そう言い残してリビングへ去っていく。
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