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1章 化学部の先輩
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……マジでうざいな、この女。
璃子とはクラスが違うから今日が初対面なのだ。それなのにどうしてここまでベタベタできるのだかさっぱり分からない。
でもこういう女は、篤樹の周りに意外と多い気もするのだ。
『そりゃあお前は俺と違って、背が高くて、鼻筋がシュッと通ってて、目が切れ長で、涼しい顔つきで、ちょっぴり斜に構えた態度がクールなわりに、時折見せる無防備な笑顔が食べちゃいたいくらいカワイイ!、って思われてるからだろ』
6つ年上の兄ちゃんから、そんな事を言われたことはある。どうして女ってのはやたらと触れてきたがるのだろうと相談した時のことだ。
『ボディータッチで男が落ちると思いこんでる女は多いからなぁ。お前はこれからも女の手垢でベタベタにされるんだぜ。あーあ、イケメンは羨ましいねぇ』
……これの何がいいんだよ。迷惑なだけじゃねぇか。
さっきより力を込めて璃子の手を振りほどくと小柄な彼女はよろめいて、そして何故だか笑った。
「やだぁ。あっちゃんてば、乱暴」
……うるせぇ、子猿。猿はその辺の木にでもぶら下がってろ。
そうこうしているうちにも、みんなは帰り支度を整えて化学実験室を出ていく。
「お疲れ様です」
「また来週ね」
高梨先輩はみんなを笑顔で見送っていた。おとなしそうな人だが、決して愛想が無いわけではないらしい。
篤樹はこれから部活で使う白衣の注文書を書くフリをして、一番最後まで居残った。そして、他の部員が全員出て行ったのを見計らって立ち上がると、教壇のところでファイルなんかをまとめていた副部長さんの元へ注文書を渡しに行ったのだった。
「高梨先輩」
「うん、何?」
さすがの彼女も一対一のこの状況では、篤樹の方へ目を向けてくれた。しかもみんなに笑顔を振りまいた名残なのか、口元には僅かながら笑みも残っている。
……なんだ、俺って嫌われてる訳じゃないのかも。
こんな些細なことでも嬉しくなった篤樹は、調子に乗ってからかうような声を上げた。
「まだ笑顔が固いですよ」
「え」
篤樹の言葉に彼女は、その作り笑いを顔に張り付けたまま凍りついてしまった。
やっぱりな、と篤樹は自分の予想が当たったことにほくそ笑む。そして、教壇前のテーブルに肘をつき、ニヤけた顔で重ねて指摘した。
「先輩って人前に立つの苦手でしょ? さっきも、ここから逃げ出したいっていうオーラがすっげぇ出てましたよ」
篤樹だって別に、こんなどうでもいい話をするために居残っているわけではない。璃子に捕まらないよう時間を潰したいだけなのだ。あの女、ちゃっかり校門辺りで待ち構えていて、途中まで一緒に帰ろうよ、とか言ってきそうだったから。
でも、そんな事情を知る由もない高梨先輩は、篤樹の指摘を受けて一気に萎れてしまった。
「ごめんね、頼りなくて。なんか呆れられてるなぁ、っていうのはこっちに向けられる視線でひしひしと感じてたんだけど」
……え、視線で?
確かに篤樹はミーティングの最中ずっと彼女の方を見ていた。それも、その不可思議な雰囲気が気になってたまらないものだから、一度もその視線を外すことなくじろじろと。
『お前って目付きがキツすぎて、睨んでるみたいに見えることあるよな。ま、そこがまたカッコいい、とか女子どもは言うんだろうけどさ』
かつての兄ちゃんのセリフがまた蘇ってくる。まさか篤樹のせいで必要以上にビビらせていたのか?
「い、いや、別に非難してたわけじゃないんですけど……」
篤樹は慌てて弁明したが、ただでさえ俯きがちな彼女はすっかり意気消沈してしまっていた。
「私、リーダーシップとるのとか、ホントにダメなんだよね。でも玲香ちゃんは面倒だからヤダって言うし、瀬川くんは実験以外のことなんて絶対やらないって言うし、田部井くんはこれからも来てくれそうにないし……ごめんね、初日からこんなグダグダになっちゃって」
どんどん湿っぽくなっていくこの状況に、篤樹はすっかり焦ってしまった。
……ヤバいな。この構図って俺がイビってることになってね?
璃子とはクラスが違うから今日が初対面なのだ。それなのにどうしてここまでベタベタできるのだかさっぱり分からない。
でもこういう女は、篤樹の周りに意外と多い気もするのだ。
『そりゃあお前は俺と違って、背が高くて、鼻筋がシュッと通ってて、目が切れ長で、涼しい顔つきで、ちょっぴり斜に構えた態度がクールなわりに、時折見せる無防備な笑顔が食べちゃいたいくらいカワイイ!、って思われてるからだろ』
6つ年上の兄ちゃんから、そんな事を言われたことはある。どうして女ってのはやたらと触れてきたがるのだろうと相談した時のことだ。
『ボディータッチで男が落ちると思いこんでる女は多いからなぁ。お前はこれからも女の手垢でベタベタにされるんだぜ。あーあ、イケメンは羨ましいねぇ』
……これの何がいいんだよ。迷惑なだけじゃねぇか。
さっきより力を込めて璃子の手を振りほどくと小柄な彼女はよろめいて、そして何故だか笑った。
「やだぁ。あっちゃんてば、乱暴」
……うるせぇ、子猿。猿はその辺の木にでもぶら下がってろ。
そうこうしているうちにも、みんなは帰り支度を整えて化学実験室を出ていく。
「お疲れ様です」
「また来週ね」
高梨先輩はみんなを笑顔で見送っていた。おとなしそうな人だが、決して愛想が無いわけではないらしい。
篤樹はこれから部活で使う白衣の注文書を書くフリをして、一番最後まで居残った。そして、他の部員が全員出て行ったのを見計らって立ち上がると、教壇のところでファイルなんかをまとめていた副部長さんの元へ注文書を渡しに行ったのだった。
「高梨先輩」
「うん、何?」
さすがの彼女も一対一のこの状況では、篤樹の方へ目を向けてくれた。しかもみんなに笑顔を振りまいた名残なのか、口元には僅かながら笑みも残っている。
……なんだ、俺って嫌われてる訳じゃないのかも。
こんな些細なことでも嬉しくなった篤樹は、調子に乗ってからかうような声を上げた。
「まだ笑顔が固いですよ」
「え」
篤樹の言葉に彼女は、その作り笑いを顔に張り付けたまま凍りついてしまった。
やっぱりな、と篤樹は自分の予想が当たったことにほくそ笑む。そして、教壇前のテーブルに肘をつき、ニヤけた顔で重ねて指摘した。
「先輩って人前に立つの苦手でしょ? さっきも、ここから逃げ出したいっていうオーラがすっげぇ出てましたよ」
篤樹だって別に、こんなどうでもいい話をするために居残っているわけではない。璃子に捕まらないよう時間を潰したいだけなのだ。あの女、ちゃっかり校門辺りで待ち構えていて、途中まで一緒に帰ろうよ、とか言ってきそうだったから。
でも、そんな事情を知る由もない高梨先輩は、篤樹の指摘を受けて一気に萎れてしまった。
「ごめんね、頼りなくて。なんか呆れられてるなぁ、っていうのはこっちに向けられる視線でひしひしと感じてたんだけど」
……え、視線で?
確かに篤樹はミーティングの最中ずっと彼女の方を見ていた。それも、その不可思議な雰囲気が気になってたまらないものだから、一度もその視線を外すことなくじろじろと。
『お前って目付きがキツすぎて、睨んでるみたいに見えることあるよな。ま、そこがまたカッコいい、とか女子どもは言うんだろうけどさ』
かつての兄ちゃんのセリフがまた蘇ってくる。まさか篤樹のせいで必要以上にビビらせていたのか?
「い、いや、別に非難してたわけじゃないんですけど……」
篤樹は慌てて弁明したが、ただでさえ俯きがちな彼女はすっかり意気消沈してしまっていた。
「私、リーダーシップとるのとか、ホントにダメなんだよね。でも玲香ちゃんは面倒だからヤダって言うし、瀬川くんは実験以外のことなんて絶対やらないって言うし、田部井くんはこれからも来てくれそうにないし……ごめんね、初日からこんなグダグダになっちゃって」
どんどん湿っぽくなっていくこの状況に、篤樹はすっかり焦ってしまった。
……ヤバいな。この構図って俺がイビってることになってね?
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