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1章 化学部の先輩
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「じゃあ、また来週の放課後に、この部屋集合で。これからどんな実験をやりたいか、各自で考えてきてください」
「はーい」
帰り支度にいそしんでいる部員らは、高梨先輩の言葉に対し適当な返事を投げ返していた。
化学部のような文化部は気楽でいい。運動系の部活みたいに毎日朝夕の練習があるわけでも無いし、吹奏楽部みたいに県内のコンクールに出場するため自主練と言う名の強制練習があるわけでもない。毎週月曜日に集まって二時間あまりをグダグダ過ごすだけ。見ている限りでは、どうやら上下関係も厳しくはなさそうだ。
篤樹も熱い青春ごっことかをやりたくて高校に入ったわけじゃないから、初日のこのヌルさはある意味有り難いくらいだったが、でもさすがにこれは無いかな、とも思った。この先の活動内容を決めるだけの話し合いが、何一つ決まらないだけでお開きとはさすがにお粗末すぎる。
拍子抜けした気分を覚えながら通学鞄を肩にかけて立ち上がった時、例のど派手な宮沢先輩が篤樹の前に立ちはだかった。
「あなた、伊藤君だったわよね?」
「そうですけど?」
「この部にはすでに伊藤君がいるから、その名前はややこしいのよ。どうにかしてちょうだい」
「はぁ……」
どう返事をしていいか判断しかねたまま、篤樹は曖昧に頷いた。でもこれってどうにかするような話か?
しかし彼女の後ろでは二年の伊藤君という四角い眼鏡の先輩が、目を潤ませて宮沢先輩を見上げていたのだ。
『あぁ。ボクなんかの呼称ために、玲香さまが直々に動いてくださるなんて感動です!』ということらしい。
……ヤベぇ奴だな、この腰巾着。
先ほどからの様子で篤樹も薄々感づいてはいたのだが、どうやら五人いる二年生のうち、男子の四人は、全員が同じような眼鏡顔で、全員がこの伊藤先輩と同じ精神状況のようだ。
なるほど。これだけ熱狂的な下僕どもがかしづいていれば、宮沢先輩が女王様気質になるのも当然かもしれない。
「じゃあ、こっちの伊藤君は『あっちゃん』でどうでしょう」
璃子が篤樹の腕にとびつき、そんな提案をしてきた。
「なんだよ、それ」
「篤樹だからあっちゃん。可愛いし、呼びやすいからいいじゃん。ね?」
……こいつ、そんな上目遣いで同意を求めても、全然可愛くねぇっての。
篤樹は忌々しげに璃子を振り払ったが、宮沢先輩はその呼び方で納得したようだった。まあ、正確に言えばどうでもいい、という表情だったが。
「そうね。いいんじゃないの、それで」
「いや、でも……」
篤樹が反論しかけたら、宮沢先輩の背後に居並ぶ下僕どもに睨まれてしまった。
『お前、玲香さまがいいっておっしゃってるのに、嫌とか言うんじゃねぇだろうな』
こちらへ向けられた8個の目玉が、そんな無言の圧力をかけてくる。
……うーん、これは入る部活、間違えたかな。
篤樹は憮然とした表情で首をひねった。
おかしいな。部活紹介の時には大きな体で明るい雰囲気の男の先輩が出てきて『俺たちと一緒に楽しく実験しような!』みたいな楽しげなノリだったのに。
しかし、その当人はバスケ部へ行ってしまって今日はいない。そして代わりに仕切っているのはたどたどしくて地味な副部長さん。これは要するに詐欺って奴なんじゃなかろうか。
篤樹が初日から早くも後悔の念にかられていると、腕には璃子が再びぶら下がってきた。
「あっちゃん、一緒に帰ろうよ」
「自転車だからムリ。お前は電車なんだろ」
「おぉ。よく覚えてくれてたね」
璃子は感動した様子で目を見張ったが、それはさっき部活が始まるまでの間に根掘り葉掘り個人情報を聞き出されたから、その流れで彼女の話まで聞かされてしまっただけのこと。篤樹だって覚えたくて覚えたわけじゃない。
「はーい」
帰り支度にいそしんでいる部員らは、高梨先輩の言葉に対し適当な返事を投げ返していた。
化学部のような文化部は気楽でいい。運動系の部活みたいに毎日朝夕の練習があるわけでも無いし、吹奏楽部みたいに県内のコンクールに出場するため自主練と言う名の強制練習があるわけでもない。毎週月曜日に集まって二時間あまりをグダグダ過ごすだけ。見ている限りでは、どうやら上下関係も厳しくはなさそうだ。
篤樹も熱い青春ごっことかをやりたくて高校に入ったわけじゃないから、初日のこのヌルさはある意味有り難いくらいだったが、でもさすがにこれは無いかな、とも思った。この先の活動内容を決めるだけの話し合いが、何一つ決まらないだけでお開きとはさすがにお粗末すぎる。
拍子抜けした気分を覚えながら通学鞄を肩にかけて立ち上がった時、例のど派手な宮沢先輩が篤樹の前に立ちはだかった。
「あなた、伊藤君だったわよね?」
「そうですけど?」
「この部にはすでに伊藤君がいるから、その名前はややこしいのよ。どうにかしてちょうだい」
「はぁ……」
どう返事をしていいか判断しかねたまま、篤樹は曖昧に頷いた。でもこれってどうにかするような話か?
しかし彼女の後ろでは二年の伊藤君という四角い眼鏡の先輩が、目を潤ませて宮沢先輩を見上げていたのだ。
『あぁ。ボクなんかの呼称ために、玲香さまが直々に動いてくださるなんて感動です!』ということらしい。
……ヤベぇ奴だな、この腰巾着。
先ほどからの様子で篤樹も薄々感づいてはいたのだが、どうやら五人いる二年生のうち、男子の四人は、全員が同じような眼鏡顔で、全員がこの伊藤先輩と同じ精神状況のようだ。
なるほど。これだけ熱狂的な下僕どもがかしづいていれば、宮沢先輩が女王様気質になるのも当然かもしれない。
「じゃあ、こっちの伊藤君は『あっちゃん』でどうでしょう」
璃子が篤樹の腕にとびつき、そんな提案をしてきた。
「なんだよ、それ」
「篤樹だからあっちゃん。可愛いし、呼びやすいからいいじゃん。ね?」
……こいつ、そんな上目遣いで同意を求めても、全然可愛くねぇっての。
篤樹は忌々しげに璃子を振り払ったが、宮沢先輩はその呼び方で納得したようだった。まあ、正確に言えばどうでもいい、という表情だったが。
「そうね。いいんじゃないの、それで」
「いや、でも……」
篤樹が反論しかけたら、宮沢先輩の背後に居並ぶ下僕どもに睨まれてしまった。
『お前、玲香さまがいいっておっしゃってるのに、嫌とか言うんじゃねぇだろうな』
こちらへ向けられた8個の目玉が、そんな無言の圧力をかけてくる。
……うーん、これは入る部活、間違えたかな。
篤樹は憮然とした表情で首をひねった。
おかしいな。部活紹介の時には大きな体で明るい雰囲気の男の先輩が出てきて『俺たちと一緒に楽しく実験しような!』みたいな楽しげなノリだったのに。
しかし、その当人はバスケ部へ行ってしまって今日はいない。そして代わりに仕切っているのはたどたどしくて地味な副部長さん。これは要するに詐欺って奴なんじゃなかろうか。
篤樹が初日から早くも後悔の念にかられていると、腕には璃子が再びぶら下がってきた。
「あっちゃん、一緒に帰ろうよ」
「自転車だからムリ。お前は電車なんだろ」
「おぉ。よく覚えてくれてたね」
璃子は感動した様子で目を見張ったが、それはさっき部活が始まるまでの間に根掘り葉掘り個人情報を聞き出されたから、その流れで彼女の話まで聞かされてしまっただけのこと。篤樹だって覚えたくて覚えたわけじゃない。
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