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しおりを挟むいらっしゃい、といつもの笑顔で出迎えてくれた葵に、央樹は、ビール、と言いながらいつもの席に落ち着いた。
「最近来てなかったから、パートナーと上手くいってるって思ってたんだけど、違った?」
「違わなかった、けど……」
「あ、過去形。なんかあった?」
央樹の前にビールとグラスを出しながら葵が怪訝な顔をする。それに央樹は眉を下げた。
「葵はどうしてそんなに鋭いんだよ」
「バーのマスターって人を見る仕事だし、央樹との付き合いは長いからね」
分かりますとも、と葵が笑う。央樹はそれに、そうか、と小さく笑った。
「話したいなら聞くし、そうじゃないなら好きなだけ飲んでくといいよ」
「……少し飲んで話したくなったら話す」
央樹が言うと、了解、と葵は笑って、別の客のところへと向かった。一人にしてくれる、これも葵の気遣いだろう。
央樹は自分でビールの蓋を開け、グラスに注いだ。そのままビールを呷る。今日はいつもよりも苦く感じた。央樹の心が落ち着かないせいかもしれない。
「葵」
カウンターの内側で、他の客の酒を作っている葵を呼ぶと、一瞬だけ視線をこちらに向けた葵が、作業は止めないまま、何、と聞き返した。
「……僕、パートナーと別れるかもしれない」
「どうして? 前に言ってた、自分じゃなくてもいいんじゃないかってやつ?」
シェイカーを振りながら葵がこちらに視線を向ける。央樹はそれに頷いた。
「……女の子が、パートナーになりたいと言ってる。僕では彼のパートナーとして『あり得ない』らしい。そう言われてしまった」
グラスを呷り、中を空にした央樹が小さく笑む。あり得ないとか、ふさわしくないとかは、央樹だって常に思っている。けれど、それを他人の口から聞くと、すごく切なかった。
「それで、央樹はその子に譲っちゃうんだ」
葵は出来たカクテルをグラスに注ぎ、客の元へと運んだ。冷たい葵の言い方に央樹は少し表情を鋭く変える。
「譲るなんて、言ってない」
自分の目の前に戻って来た葵に央樹が返すと、じゃあ、と葵が央樹に顔を近づける。
「僕のものだって、宣言できるわけ? 向こうは央樹を否定して来たんだよ。央樹はそれをちゃんと跳ね返せるの?」
「……できなかった……」
葵の言葉は正論で、本当はそうするべきなのだろう。けれど、央樹にはできなかった。
『未来のない関係』という言葉は、あまりにも鋭くて、心に刺さったままだった。
「央樹は、パートナーのこと、好きじゃない?」
体勢を戻した葵が穏やかに聞く。央樹はそれに首を振った。
「好き、だけど……」
「分かるよ、好きだから、ちゃんと言えなかったんだよ。彼の未来とか、幸せを思えばこそ、身を引きがちなのは、ノンケに恋したらみんな思うことだよ。でも……それで央樹は幸せになれる?」
暁翔と離れて、猪塚と一緒に居る暁翔を見ながら、自分はまた大量の薬と、時々その場限りのプレイをして日々を過ごす――そこに幸せはない気がした。
「ない、かもだけど、それで彼が幸せになるなら……真っ当な人生を送れるなら、それが僕の幸せだ」
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