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しおりを挟む「涼成……もう、僕たちは無理なんだよ」
「無理って言うな!」
央樹の言葉を受け、涼成が叫ぶ。路地とはいえ、人が全く居ないわけではなかったので、周りが一瞬凍り付いて、次第にこちらに視線が向く。央樹は、涼成、とできるだけ柔らかく名前を呼んだ。
「……どうしてだよ……どうして、俺じゃダメなんだ? 央樹も、あいつも……」
涼成がその場にしゃがみ込む。手は離して貰えていないので、仕方なく央樹もその場にしゃがみ込んだ。
「……君がダメなわけじゃない。涼成はまだ、本当のパートナーに出会えてないだけだ」
同じDomでもその欲望は様々だ。それはSubにも言えることで、二人の希望がかみ合った時、初めてちゃんとしたパートナーになれるのだろう。央樹はそれを暁翔に出会うことで知ったのだ。この人にならば全てを預けられる、満たして貰えると初めて思えた。
「出会ってない?」
涼成がこちらを見つめ聞き返す。央樹はそれに深く頷いた。
「僕は、もっと甘やかされたかった。褒めて欲しかったし、罵られるのは苦手だった。痛いのも怖いのも……本当は嫌だった」
「そんなの……聞いてない」
涼成がゆっくりと央樹から手を離す。央樹はそれを見て、ごめん、と謝った。
「言ってなかった。涼成の言う通り、僕は涼成が好きだった。だから……涼成に嫌われたくなくて我慢したんだ。それを涼成が勘違いしたんだと思う」
もう一度、ごめん、と言うと、涼成が深いため息を吐いた。それから央樹をまっすぐに見やる。
「……今のパートナーには、ちゃんと言えたってことか」
「初めに聞いてくれたんだ。何が良くて、何が苦手か……お互いに無理することなくプレイするために、ゆっくりと使うコマンドを増やしていってくれた」
ゆっくりと気持ちに寄り添うように距離を詰めてくれた。それはきっと暁翔にとってとてもじれったいものだっただろう。それでも我慢して少しずつ歩み寄って、今は理想のパートナーになっている。
「俺はそれが出来てなかったってことか……」
「それだけじゃないけどな」
央樹が眉を下げると、涼成はまっすぐに央樹を見つめた。
「……ごめん、央樹……ホントはずっと、謝りたかった」
あの後すぐに央樹は涼成から逃げた。仕事こそ変えられなかったけれど引っ越しもしたし、スマホも着信拒否をして、葵に協力してもらい家から出ない生活を送った。そのおかげかそれから涼成と会うことはなかった。謝る機会を与えなかったのは自分だ。
「そっか……うん、もういい。そのかわり、今のパートナーは大事にしろよ。この間のあれ、さすがに僕でもひいた」
彼全裸コートだっただろ、と央樹がため息を吐きながら立ち上がる。涼成もそれに倣うように立ち上がった。
「でもアイツ、嫌だって言わなかったけど」
「全身から嫌だってにじみ出てただろ。察してやれよ」
そういうところだよ、と央樹が再びため息を吐いた、その時だった。
「涼成さん!」
そんな声と共に、隣に居た涼成が消える。代わりに見えたのは、いつか見た、涼成のパートナーだった。涼成の盾になるように両腕を広げ、こちらを強く睨みつけている。
「涼成さんのパートナーはオレです! もう、あなたには返しません! ……涼成さんがそれを望んでいても……」
言いながらその目に涙を湛えていく。それを見て初めは驚いた央樹だが、それだけ涼成が想われているのだと分かり、とても安心した。
「涼成なんか要らない。僕にとっては最低のパートナーだった」
「ちょっ、央樹! それは言い過ぎじゃ……」
央樹の言葉に涼成が不機嫌な顔で言葉を挟む。けれど央樹はそれを無視して言葉を繋いだ。
「だからなんの心配もせず、涼成と居ればいいし、ワガママも言えばいい。例え、僕のところに涼成が来ても追い返すから。涼成も、こんなところでへこんでないで、ちゃんと彼の話を聞けよ。きっと、無理なんかじゃないから」
央樹は笑顔で言うと、そのまま二人から離れた。きびすを返し、歩き出す。後ろから、央樹、と声が掛かった気がしたが、央樹は振り返らなかった。もうあの二人に関わることは二度とないはずだ。きっと二人はこれから上手くやっていくだろう。
涼成に会った時は、どうしようかと恐怖でいっぱいだったけれど、今は会って良かったと思う。少し心が軽くなっている気がした。
とはいえ、自分が暁翔から逃げてきた事実は変わらない。とにかく今は落ち着くためにも葵の店に行こうと、央樹は歩き出した。
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