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暁翔の部屋へ行く前に二人で食材を買い、それから暁翔の住むマンションへと向かう。エレベーターに乗り込むと、暁翔がスーツのポケットからキーケースを取り出す。そこには部屋の鍵と、もう一つ小さな鍵も付いていた。南京錠の鍵だ。
「それ……そこに付けてるんだ」
「はい。央樹さんはどうしてますか?」
「……家の引き出しに……」
「え、持ち歩いてくれてないんですか?」
暁翔が不満そうな顔をする。その時、ゆっくりとエレベーターのドアが開いたので、咄嗟に央樹は廊下へと出た。
「ちゃんと持ち歩いてくださいよ。お守りみたいなものなんですから」
後ろから追いかける暁翔が拗ねたように言う。央樹はそんな暁翔を振り返り、でも、と口を開いた。
「なくす方がもっと嫌だし……」
「央樹さん……」
視線を泳がせる央樹に、暁翔が手を伸ばした、その時だった。
「……結城さん?」
央樹の背後からそんな声が響き、央樹が振り返る。そこに立っていたのは猪塚だった。
予想もしなかった人物に、央樹は何も言えず、彼女の顔を見やる。けれど猪塚の視線は暁翔に注がれていた。
「……ここには来ないで欲しいと言ったはずです」
暁翔が少し硬い声で告げながら央樹を越えて歩く。暁翔が央樹を守る様に前に立ちはだかった。
「ごめんなさい……でも、私、諦めきれなくて」
猪塚が眉を下げて、それでもしっかりと暁翔を見つめる。ただならない二人の空気に、央樹は暁翔の後ろに立ったまま状況を見ていることしかできなかった。
「おれには、パートナーがいるので、あなたとは無理だと、お話ししたはずです」
暁翔の言葉に、央樹は首を傾げた。それから暁翔の袖を少し引っ張り、小さく、どういうことだ、と聞く。暁翔はそんな央樹を振り返って、なんでもないです、と優しく央樹の手を取った。
「……パートナーって、もしかして、柏葉主任なんですか……? 男の人……?」
「だったらどうだと言うんですか?」
暁翔が毅然と言い返す。猪塚はその表情をとても嫌なものを見るように歪め、あり得ないです、と口を開いた。
「だって……プレイの幅だって限られてくるし、そんなの、未来のない関係じゃないですか。だったら、私の方が……私なら、結城さんの望むようになれます。パートナーと恋人、どっちにもなれるし、結婚だってできます」
猪塚の言葉が、央樹に鋭く刺さる。未来のない関係――確かにその通りだ。これ以上、何にも発展しない。
「そんなことは……」
「猪塚さん! 何言ってるのか分からないけど、僕と結城は何の関係もないから。ごめん、結城、やっぱり今日は帰る、から……ちゃんと、話、して」
暁翔の言葉を遮り、央樹が捲し立てる。驚いた二人の表情を見てから、央樹は暁翔の手を振り切り、廊下を駆け出した。非常階段を駆け下り、そのままマンションを出る。
上がる息を整えながら振り返るが、暁翔が自分を追って来る気配はなかった。ほっと息を吐いて、央樹は歩きながらスマホを取り出した。その電源を切ってからポケットにしまい込む。
今は、暁翔に居場所を知られたくなかったのだ。
住宅街を抜け、駅までの通りに出る。家路に向かう人の波を逆走しながら、央樹は大きくため息を吐いた。
猪塚はSubなのだろうか。パートナーという言葉が出ていたから、おそらくそうなのかもしれない。暁翔は自分がDomであることを公表はしていないが隠してもいない。噂にもなったし、猪塚が知っていても不思議ではない。それに、以前二人で話をしているところも見ている。猪塚が暁翔に惹かれて、パートナーになりたいと思うことは、とても自然に思えた。
不自然なのは自分の方かもしれない。
「……帰りたく、ないな……」
このまま家に帰って一人になったら、きっと余計なことを考える。暁翔のパートナーは譲りたくないとか、でもきっと女の子の方がいいのだろうなとか、暁翔と離れたら一人で生きていけるか不安だとか、やっぱり暁翔が好きだとか――
央樹はじわりと潤む視界を感じ、大きく息をした。自分が今、何を考えても仕方ないのだ。暁翔が思うように、彼が幸せになる様に全てを選べばいいと思う。
「……葵のとこ、行くか……」
こんな気分の時は、やっぱり葵に話を聞いて欲しかった。話せることは少なくても、央樹はホントにバカだな、と笑われても、それでも一人でいるよりはマシなのだ。
「それ……そこに付けてるんだ」
「はい。央樹さんはどうしてますか?」
「……家の引き出しに……」
「え、持ち歩いてくれてないんですか?」
暁翔が不満そうな顔をする。その時、ゆっくりとエレベーターのドアが開いたので、咄嗟に央樹は廊下へと出た。
「ちゃんと持ち歩いてくださいよ。お守りみたいなものなんですから」
後ろから追いかける暁翔が拗ねたように言う。央樹はそんな暁翔を振り返り、でも、と口を開いた。
「なくす方がもっと嫌だし……」
「央樹さん……」
視線を泳がせる央樹に、暁翔が手を伸ばした、その時だった。
「……結城さん?」
央樹の背後からそんな声が響き、央樹が振り返る。そこに立っていたのは猪塚だった。
予想もしなかった人物に、央樹は何も言えず、彼女の顔を見やる。けれど猪塚の視線は暁翔に注がれていた。
「……ここには来ないで欲しいと言ったはずです」
暁翔が少し硬い声で告げながら央樹を越えて歩く。暁翔が央樹を守る様に前に立ちはだかった。
「ごめんなさい……でも、私、諦めきれなくて」
猪塚が眉を下げて、それでもしっかりと暁翔を見つめる。ただならない二人の空気に、央樹は暁翔の後ろに立ったまま状況を見ていることしかできなかった。
「おれには、パートナーがいるので、あなたとは無理だと、お話ししたはずです」
暁翔の言葉に、央樹は首を傾げた。それから暁翔の袖を少し引っ張り、小さく、どういうことだ、と聞く。暁翔はそんな央樹を振り返って、なんでもないです、と優しく央樹の手を取った。
「……パートナーって、もしかして、柏葉主任なんですか……? 男の人……?」
「だったらどうだと言うんですか?」
暁翔が毅然と言い返す。猪塚はその表情をとても嫌なものを見るように歪め、あり得ないです、と口を開いた。
「だって……プレイの幅だって限られてくるし、そんなの、未来のない関係じゃないですか。だったら、私の方が……私なら、結城さんの望むようになれます。パートナーと恋人、どっちにもなれるし、結婚だってできます」
猪塚の言葉が、央樹に鋭く刺さる。未来のない関係――確かにその通りだ。これ以上、何にも発展しない。
「そんなことは……」
「猪塚さん! 何言ってるのか分からないけど、僕と結城は何の関係もないから。ごめん、結城、やっぱり今日は帰る、から……ちゃんと、話、して」
暁翔の言葉を遮り、央樹が捲し立てる。驚いた二人の表情を見てから、央樹は暁翔の手を振り切り、廊下を駆け出した。非常階段を駆け下り、そのままマンションを出る。
上がる息を整えながら振り返るが、暁翔が自分を追って来る気配はなかった。ほっと息を吐いて、央樹は歩きながらスマホを取り出した。その電源を切ってからポケットにしまい込む。
今は、暁翔に居場所を知られたくなかったのだ。
住宅街を抜け、駅までの通りに出る。家路に向かう人の波を逆走しながら、央樹は大きくため息を吐いた。
猪塚はSubなのだろうか。パートナーという言葉が出ていたから、おそらくそうなのかもしれない。暁翔は自分がDomであることを公表はしていないが隠してもいない。噂にもなったし、猪塚が知っていても不思議ではない。それに、以前二人で話をしているところも見ている。猪塚が暁翔に惹かれて、パートナーになりたいと思うことは、とても自然に思えた。
不自然なのは自分の方かもしれない。
「……帰りたく、ないな……」
このまま家に帰って一人になったら、きっと余計なことを考える。暁翔のパートナーは譲りたくないとか、でもきっと女の子の方がいいのだろうなとか、暁翔と離れたら一人で生きていけるか不安だとか、やっぱり暁翔が好きだとか――
央樹はじわりと潤む視界を感じ、大きく息をした。自分が今、何を考えても仕方ないのだ。暁翔が思うように、彼が幸せになる様に全てを選べばいいと思う。
「……葵のとこ、行くか……」
こんな気分の時は、やっぱり葵に話を聞いて欲しかった。話せることは少なくても、央樹はホントにバカだな、と笑われても、それでも一人でいるよりはマシなのだ。
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