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 いつものように風呂に入り、央樹の世話を一通りした暁翔は、その後はキッチンに立ち、夕飯を作ってくれた。ただされるがままで何もしていないのが申し訳なくて、手伝いを申し出たが、おれの楽しみを取らないでください、と言われ、結局央樹はベッドの端に座ったまま、暁翔の働く様子を眺めていることしか出来なかった。
 実際、暁翔はとても楽しそうで、楽しみというだけのことはあるようだった。
「央樹さん、できました」
 そんな暁翔がこちらを振り返り、微笑む。手には皿に乗ったキレイなオムライスがある。大きめなのは、二人で分けるからだろう。
 暁翔はテーブルにそれを置くと、一緒に持ってきていたケチャップを央樹に手渡した。
「今、スープ持って来るので、これでおれへの気持ちを書いててください」
「き、もち?」
 ケチャップを受け取り、驚いた央樹が聞き返す。暁翔は笑んで頷く。
「……部下、とか?」
「それは関係ですよね、却下です」
 暁翔に否定され、央樹は困ったまま黄色いキャンバスを見つめた。
「きらいじゃない、とか?」
「長くないですか?」
 暁翔は少し笑ってから央樹の傍を離れた。キッチンに戻ってスープの準備をするのだろう。その後ろ姿を見てから、央樹は首を傾げた。
 きっと、嘘でもなんでもここに『好き』と書けば、暁翔は喜ぶのだろう。こんなの遊びだ、そうしたって、暁翔が本気にして自分との関係を進めるとは考えにくい。だから、暁翔の思惑通りに書けばいいとは分かっているのだ。
 でも、央樹はそうしたくなかった。『好き』という言葉は、きっともっと重い。
 央樹はしばらく悩んでからケチャップの蓋を開け、チューブを逆さまにした。そのままゆっくりと文字を書く。書き終わると同時に、両手にカップを持った暁翔がこちらへと戻って来た。それからオムライスに書かれた文字を見て、ふふ、と笑い出す。
「央樹さんらしいっていうか……面白いです」
「でも、これが今の僕の素直な気持ちだ」
 央樹が答えると、暁翔は優しい顔で頷いた。
『たぶん、好き』
 オムライスにはそう書いた。それは、きっと暁翔にちゃんと伝わっているのだろう。暁翔の表情は嬉しそうで、でもどこか寂しそうだった。
「今回はこれで及第点です。食べましょうか」
 暁翔はテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろすと、スプーンでオムライスを取り分けた。央樹には、『たぶん』の部分を、自分は『好き』の部分を取る。
「……央樹さんの『好き』いただきますね」
「お、おう……それで、よければ……」
「今は、これで十分です」
 ありがとうございます、と暁翔がオムライスを口に運ぶ。それから笑顔でこちらに、美味しいですよ、と言った。
「そりゃ、結城が作ったんだから、美味いだろう」
 央樹はそれに笑いながら答え、それから自分も食べ始める。やっぱり暁翔の作るご飯は美味しかった。
「央樹さんが好きって書いてくれたら、その分ずっと美味しいです」
「……ただのケチャップだろ」
「違いますよ。おれにとっては、違うんです」
 暁翔が優しく微笑む。なんだかその顔を見ていられなくて、央樹は、そうか、とだけ返してオムライスを再び口に運ぶ。
 ゆっくりと消えていく『たぶん』の文字を見つめながら、それがなんだか自分の気持ちのような気がして、央樹はスプーンの背でケチャップを広げて文字を消した。
「央樹さん」
 そんなことをしている央樹を見ていたのか、暁翔が静かに声を掛けた。央樹が顔を上げると、暁翔が真剣な顔をする。
「おれ、待てます。央樹さんの中の『たぶん』が消えるまで、ちゃんと待てますから……今のまま、変わらないあなたで居てください」
 何を言っているのか分からず、央樹が首を傾げる。それでも、暁翔は変わらずにまっすぐこちらを見つめているので、央樹は頷いた。
 突然言い出したのは、自分が『たぶん』なんて曖昧な言葉を書いたからだろう。変わらなくていいという言葉の真意までは分からなかったが、無理に好きになることはないと言ってくれていることは分かった。
「パートナーとしては好きなんだ。それだけは分かって欲しい」
「はい……分かってます。央樹さんがちゃんとおれと向き合ってくれているのも分かっています。だから待てる」
「うん……ありがとう、結城」
 央樹が素直に言葉にすると、暁翔はそれに緩く首を振ってから、食べましょうか、と微笑んだ。央樹はそれに頷いて、食事を再開する。
 変わらないでと暁翔は言っていたが、ちゃんと暁翔に『好き』と言えるようになりたい――そういう自分に変わりたい。この時の央樹は改めてそう思っていた。
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