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「こんなところまで付いてきてくれた上に、こんな迷惑かけてすみませんでした」
 部屋の一人掛けのソファに座った暁翔が、小さなテーブルを挟んで向かいに座る央樹に頭を下げた。
「いや……結城が謝ることは何もないよ。ここへは僕の意思で来たのだし、お兄さんと話すことで……僕の気持ちも再確認できたんだ」
「央樹さんの気持ち、ですか?」
 央樹の言葉を受けて暁翔が聞き返す。央樹はそれに頷いた。
「まだ……結城と恋人になるのは、正直怖い。でも、パートナーとしてなら、傍に居たいと思った。お兄さんから『暁翔がパートナーを解消しようと言ったら離れるのか?』と聞かれて、それに頷くことは考えられなかったんだ」
 離れたくないと思った。離れないための努力なら惜しむつもりはないし、頑張れると思う。改めて自分はそう思っていると確認できた。
「そんなこと言ってたんですか……兄は、おれに対して、少し過保護なんです。高校の時も、彼女を家に連れてきたら、おれがいない間にアレコレ聞いて、おれのことも話して……ダメになったのは、一度じゃないんです」
 きっと、それは暁翔に対する執着なのだろう。兄弟でなければ、と言っていたくらいだから、暁翔の恋人やパートナーを今回のように値踏みしていたのかもしれない。『自分の気持ちが抑えられるくらい敵わない相手』かどうかを見極めていたのだろう。『これなら自分の方がマシだ』と思えば、別れるように仕向けることくらいしていたかもしれない。和翔からは、それくらいしかねないほどの歪んだ愛情が垣間見えていた。
「……僕は、お兄さんに言われたくらいで、結城との関係を解消したりはしない。もう少し僕を信じてくれないか」
「……ですね。コレも、消しましょうか?」
 暁翔が小さく息を吐いてからスマホの画面をこちらに向ける。位置情報のアプリの画面だ。央樹はそれに緩く首を振った。
「それは、そのままで構わない。今日も、僕の行動を見ていたんだろう?」
「はい。見てました。赤レンガ庁舎に時計台、ススキノを歩いてラーメン横丁……札幌駅では何をしてたんですか?」
 暁翔の言葉に央樹が笑い出す。そこまでしっかり見られているとは思っていなかった。でも、その束縛が心地いい。
「お土産を選んでいたんだよ。実家にも送ったんだ」
「そうですか。それはいいですね」
「結城の分もある」
「おれもですか?」
「ああ。戻ったら一緒に食べようと思って、色々買ってしまった」
「……嬉しいです。おれも明日、たくさんお土産買います。央樹さんにも」
 暁翔が嬉しそうに笑う。央樹はそれに、楽しみだな、と微笑んだ。
「……央樹さん、おれ、央樹さんと出会えて、好きになって良かったです。できれば央樹さんにも、同じ気持ちになって欲しいです」
 以前なら、こんな言葉を言われたら随分困っていた。自分を想ってくれるのはうれしいけれど、同じ想いを返すのはすごく怖くて、絶対に無理だと思っていたからだ。
 でも、今はその想いに応えたいと思う自分がいる。
「……僕も努力する。結城の隣に立てるように。その過程で、同じ気持ちになれたら……それが理想だ」
「……ですね。待ってます」
 暁翔はそう答えて微笑むと立ち上がり、そっと央樹の肩に触れた。央樹が顔を上げると、そのままキスを落とす。
「おれ、父に何も言わずに出てきちゃったので、今日は帰りますね。明日は一緒に観光しましょう」
 迎えに来ます、と暁翔が央樹から離れる。央樹はそれに頷いてから立ち上がった。
「楽しみにしてる」
「はい。おれもです」
 じゃあ、と暁翔が部屋を後にする。
 静かになった部屋に、外から暁翔の足音が響いてくる。なんだか急に寂しくなって、でもそれが少し嬉しかった。
 この寂しさは、きっと明日暁翔に会うことで喜びに変わる――それが楽しみだと思う央樹だった。
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