怖がりSubにやさしい命令(コマンド)を

みづき(藤吉めぐみ)

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「……お母さん、亡くしてたんだな」
 驚いた央樹が暁翔を見上げる。暁翔はそれにゆっくりと頷いた。
「優しい人でした。でも、同時にとても弱い人で……あんなにダイナミクスに振り回されて死ぬなんて、思ってもみなかった」
 暁翔が言いながら、央樹を抱きしめる。それからゆっくりと言葉を繋げた。
「母が亡くなった直接の原因は、薬の大量摂取です。だから、あの時も見逃せなかったんです」
 その言葉に央樹の心臓が跳ねる。暁翔を部下ではなく、個人的に認識したのは、薬を飲むところを止められた、あの時だ。たかが上司に真剣に説教をして、手を差し伸べた背景には、そんな辛い過去があったのかと思うと、央樹の胸も軋むように痛む。
「直接……ということは、そうなる原因があったのか?」
「さすが央樹さん。やっぱり頭の回転が速いですね」
 暁翔の胸で目を閉じたまま聞くと、頭上からくすりと笑う声が聞こえ、央樹は無理やり顔を上げた。やはり、その顔が少し寂しそうに歪んでいる。央樹は、そっと暁翔の背中に手を廻し、ゆっくりと撫でた。暁翔の表情が幾分和らぐ。
「辛いなら、話さなくていい」
「いえ……央樹さんには聞いて欲しいです。……えっと、家族の話って何からしたらいいのか分からないんですが……おれの父は、Domです。でも母はノーマルで、普通に恋愛をして結婚したそうです。父は多少束縛が強かったらしいですが、許容範囲で、薬も使いながら、それでも幸せに暮らしていたと思うんです。でも、おれが中学に上がるくらいの頃、父は外で人と会うようになったんです。今なら、きっと健康維持のためのパートナーなんだろうって分かるんですが、当時はそれが母への裏切りに見えていました。母も、そうだったようです」
 確かに、自分も大人になり、その立場になったら、分かることも増える。暁翔の父も、自分の妻にこれ以上の無理を強いたくなくて外に自分の欲望を満たせるパートナーを作ったのかもしれないと思えるだろう。それでも、ダイナミクスを持っているからそう思えるのであって、ノーマルの人たちから見れば、立派な不貞行為かもしれない。
「その頃から、母の調子が悪くなって、色んな病院を巡って、結局たどり着いたのは精神科でした。薬は家族が管理して、体の調子に合わせて飲ませるように言われていたんですけど、その日は家族みんな用事があって、母を一人にしてしまって……」
 事故なのか自殺なのかも分からないんです、と暁翔がかすれた声で言う。央樹はそんな暁翔の背中を撫で続けた。
「結城は悪くない。七年前といえば、まだ高校生じゃないか」
 まだ親に甘えていてもいい年齢だ。母親の世話をしていただけ、偉いと思う。
「それでも、止められたかもしれないって思いは常にあって……それはきっと、父も、兄も同じで、結局今、三人ともバラバラに生活してるんです」
「お兄さんがいるのか」
「はい。五つ上……央樹さんと同じですね。兄とも、七年ぶりに会います」
 きっと結城家は母親を中心に廻っていたのだろう。彼女を失った家は機能せず、家族はバラバラになってしまったのかもしれない。
「そうか……会う理由はともかく、家族に会うことはいいことじゃないか」
「でも……正直、怖いです」
 暁翔がぎゅっと央樹の体を抱きしめる。その腕は少し震えていた。
 その瞬間、助けてあげたい、と思った。暁翔の力になれるのならなりたい。自分をこうして求めてくれているのなら、傍に居てあげたいと思った。できることなんてないかもしれない。それでもきっとパートナーが近くに居れば、万が一体調を崩した時に役に立てるかもしれない。
「来週末、だったか? 金曜の終業後に出発して日曜の夜帰る感じになるのか?」
「そうですね」
「だったら有休の申請も要らないか……僕も、近くまで一緒に行ってもいいか? 結城」
 暁翔を見つめ央樹が微笑むと、暁翔は驚いた顔を向けた。それから嬉しそうに微笑む。
「はい! 央樹さんと旅行ですね! 行き先が自分の地元っていうのはちょっとテンション落ちますけど……一緒に居てくれるなら心強いです」
「旅行……とは違うかもしれないけど、そう言って貰えるなら、一緒に行こう」
 暁翔の表情がキラキラと明るくなったのを見て、央樹が笑う。その喜び方が大袈裟だと思いながらも、やっぱり嬉しいと思う央樹だった。
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