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しおりを挟む『まだ会社に居ますよね。おれも帰社してるところなので、この後一緒に帰りませんか? そのくらいなら大丈夫ですよね?』
暁翔に例のアプリを入れられてから数日後、暁翔からそんなメッセージが届いた。
午後六時過ぎのオフィスで暁翔の言う通り仕事をしていた央樹は、そのメッセージを受け取ってからアプリを開いた。確かに暁翔の位置を示す印がこちらに向かって移動している。
帰社して来た部下と偶然会ったので一緒に帰る、なんてよくあることだ。央樹はそう思い、スマホの画面に指を滑らせた。
『わかった。あと三十分で切り上げる』
そう返すと、暁翔からは『了解です』と返る。このところは、三日と空けず暁翔と会っていた。目的はもちろんプレイだが、段々とそれだけではなく、傍に居るということが心地良く思えるようになってきている。これはまずいと思うのに、その心地良さを手放せず、結局暁翔に会ってしまっている。
央樹は一度ため息を吐いてから、早く仕事を終わらせるべく、改めて目の前のパソコン画面に向かった。
それからしばらくして、仕事を終えた央樹は急いでオフィスを出た。エレベーターに乗るために廊下を歩いていると、エレベーター前には榎波が立っているのが見えた。正直今は先日のこともあったので会いたくない。またどんな嫌味を言われるか分からないから、今日は階段を使おうときびすを返した時だった。柏葉、と名前を呼ばれ央樹が足を止める。仕方なく振り返ると榎波がこちらを見て微笑んでいた。
「……お疲れ、榎波」
「今帰りか?」
「そう、だが……」
「じゃあ、このまま飲みに行かないか?」
榎波の笑顔は崩れない。それが余計に怖く感じた。普段、榎波は自分に対して、こんな笑顔を向けたりしない。きっと二人になって、ここぞとばかりに嫌味を言ってストレスを発散したいのだろう。けれどそんなことに付き合ってられるほどこちらは暇ではない。
「悪いが……この後約束がある」
「ああ……結城とか?」
その通りなのだが、央樹はそれを肯定はしなかった。肯定すれば、また話がややこしくなる。
「榎波の知らない相手だ。また今度誘ってくれ」
「知らない相手? 柏葉は、そんな相手と会うのか?」
歩き出そうとした央樹に榎波がそう返す。周りにエレベーターの到着を待つ社員が他にも居るのに、そんなことを言われ、央樹は苦い顔をした。それを見て榎波が口の端を引き上げる。
「……榎波が知らない、というだけだ。僕のプライベートを全て知ってるわけじゃないだろ」
お疲れ様、と央樹は会話を一方的に終わらせ、階段へと向かった。階段を降りながらスマホを手に取る。暁翔の位置はすでに自分と重なっていて、同じ場所にいることが分かる。このまま暁翔と会うわけにはいかない。央樹はロビーへと出る前の死角になるところで足を止めた。ちらりと広いロビーを覗くとそこには暁翔が立っていた。こちらを背にしている彼の向かいには猪塚が居る。二人は何か話しているようだが、ここからでは距離があって声は聞こえない。
暁翔は社内でも目立つ社員だし、先日は偶然とはいえ猪塚と昼食を一緒に摂っている。たまたま会って話をするくらいはあるだろう。けれど、見ていると猪塚の表情はにこやかなものから少しずつ真剣なものに変わっていく。
何を話しているのか気になる。
猪塚は可愛らしい女性だ。暁翔と年の頃も同じようだし、暁翔とは似合う。暁翔が惹かれても不思議ではない。逆に猪塚が暁翔に惹かれるなんて、誰でも想像が出来る。
このまま二人が恋人になる未来だって、充分に考えられる。そう思うと、なんだか胸が痛かった。
しばらく二人の様子を見ていると、その背後を榎波が通りかかった。榎波は二人に何か話しかけている。見つかっては拙いと央樹は身を隠した。
「……このまま帰るか……」
ここから反対側に向かえば裏の通用口がある。警備員が常駐していて社員証がないと使えないので面倒であまり使わないのだが、今日は表から出る方が面倒だ。
央樹はスマホを手に取り『今日は調子悪いから帰る。悪い』と暁翔にメッセージを送り、通用口から会社を後にした。
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