14 / 54
6-2
しおりを挟む今日で暁翔とのプレイは片手が埋まる。それが多いのか少ないのかは分からないが、確実に少し踏み込んだプレイになっていた。今日は暁翔の部屋で、先日貰ったカラーを付け、二人で映画を観ている。けれど、暁翔はソファで、央樹はその足元のクッションに座っていて、自分から動くことも一切許されていない。
「央樹、何か食べる?」
「じゃあ……ソーセージを」
「待ってて、今切ってあげる」
目の前のリビングテーブルにはソーセージやチーズ、ナッツにサラダ、それにシャンパンの入ったグラスが用意されているが、央樹が自ら手を付けることは出来ない。そういうプレイということだ。
「央樹、口開けて」
言われた通りに口を開けると、暁翔がフォークに差したソーセージを差し出す。それを食べると暁翔は央樹の頭を撫でた。
「シャンパンは?」
「飲む」
央樹の答えに暁翔がグラスを近づける。傾けられたグラスに口をつけるが、口の端から少し零してしまった。
「あ、悪い……」
「もう、央樹は下手くそだなあ。ほら、お仕置き」
暁翔がそっとソファから降り、央樹の顎を手のひらで拭う。それから目の前に広げられたその手を央樹は犬のように舐めた。
「ちゃんとキレイにして。できたらご褒美だよ」
暁翔の指の先まで舐めた央樹がそっと顔を上げると、暁翔が満足そうな顔をする。その表情にぞくぞくと体が震えた。暁翔が嬉しいと、自分もまた嬉しいのだと最近気づいた。以前はこんなことはなかった。もちろん、褒められたり甘やかされたりした時は嬉しかったし、心地良さも感じた。けれど、相手が嬉しそうというそれだけでこんな感情を抱くことはなかったのだ。
「おいで、央樹」
暁翔が央樹に腕を伸ばす。それに掴まると、暁翔は自分の隣に央樹を座らせた。そのまま背中を抱き寄せキスをする。甘く、蕩けるようなキスは初めはためらいもあったが、今ではそれがご褒美になるほど心地いい。
「本当にいい子……央樹は最高のパートナーだ」
唇を離した暁翔は、笑顔で央樹を抱きしめた。強く抱きしめられると、胸の奥が温かくなる。満たされていることが自分でも分かる。
「ありがとう、今日はここでおわりにしようか」
そっと暁翔が央樹を離す。央樹はそれに首を傾げた。
「もう、いいのか?」
今日はゆっくりプレイをしようと言っていた気がして、央樹が聞くと、暁翔が頷いた。
「……充分です。ありがとうございます」
暁翔がソファから立ち上がる。
「おれ、シャワー浴びてきます。主任はどうぞ、このまま飲んでてください」
暁翔はいつものように笑み、部屋を出て行った。その後ろ姿を見送りながら央樹は首を傾げた。
さっき二人で風呂に入った。いつものように自分は暁翔に洗ってもらったが、暁翔自身はちゃんと洗っていたかわからない。プレイに入ってしまうと央樹は暁翔の命令を聞くことだけで精一杯になってしまうからあまり気に留めたことはなかったが、暁翔が何か我慢をしているのなら、それはちゃんと聞かなきゃいけないことだ。
央樹はひとりで頷くと、シャンパンの入ったグラスに手を伸ばした。それから一気に中身を飲み干す。深く息を吐き、テーブルに置いていたボトルを手に取る。グラスに注ぎ、また呷るように飲み干した。プレイについてこちらから聞くなんて央樹には勇気のいることだ。飲んで少しでも酔わないと話せない気がしたのだ。何度目か分からないシャンパンをグラスに注いでいるとパジャマ姿の暁翔が部屋に戻ってきた。
「もうシャンパンないですか? 他に何か出します?」
央樹の姿を見た暁翔がキッチンに向かう。冷蔵庫に向かった暁翔を見て、央樹はふらりと立ち上がった。足元はおぼつかないが、気分はいい。
「結城」
央樹はふらふらと暁翔に近づくと、そのままその背中に抱きついた。暁翔の体がびくりと跳ねる。
「しゅ、主任?」
「僕に不満はないか?」
「え? 不満って……」
暁翔が驚きながらも体を返し、央樹と向き合う。困惑したその顔を見ながら央樹が更に口を開く。
「今だって、僕に構ってばかりで、自分のことを洗えなかったから、風呂に入り直したんだろう? そういうのは……ちゃんと言って欲しい……」
「ああ……そういうことですか……別に今シャワー浴びたのは違う理由で……」
暁翔は少しほっとしたような顔をして言うが、結局そこで言い淀んだ。
「理由……?」
聞き返すが、暁翔は優しく笑んで、大丈夫です、と答えた。
「それよりビールでも飲みますか? つまみは足りてます?」
冷蔵庫を開け、缶ビールを手に取る暁翔に、央樹が不満な表情を向ける。結城、と呼ぶが、暁翔はそれに反応せず、冷蔵庫を閉め、歩き出す。
「あ、もうナッツがないですね。ドライフルーツでも出しますか?」
話題を逸らそうとしているのは、央樹にだって分かる。央樹はそんな暁翔の腕を取り、結城、ともう一度呼んだ。暁翔の足が止まり、部屋に静寂が満ちる。それでも央樹は黙って暁翔を見つめていた。
「……だって、仕方ないじゃないですか……」
その静寂を破ったのは、暁翔の低い声だった。
「え?」
「だって、あれ以上は嫌でしょう? 体に触れて、キスまでして……おれはあのままじゃ、主任が嫌がることもしてしまうかもしれない」
「それは……プレイと割り切るなら、平気だと……」
「おれには割り切れません! おれ……主任が好きです。好きになってしまったんです! だから、もうプレイじゃ済ませられない」
暁翔がこちらを振り返り苦しそうな顔をする。央樹はそっと暁翔の腕を離した。それからその言葉にどう答えたらいいのか分からず、視線を泳がせる。
「おれだって嫌なんです。プレイとして主任に触れるのは、心地いいけど、やっぱり切ない……それに、歯止めが利かなくなりそうで怖いです」
暁翔の告白に正直戸惑った央樹は、しばらく黙ってから、ゆっくりと口を開いた。
「……今日は帰るよ」
「はい……」
央樹の言葉に暁翔が頷く。央樹はパジャマの上に上着をはおり、カバンを手に取った。それから暁翔の顔を見ると、すっかり落ち込んでいるのが分かり、央樹は、勘違いしないでほしい、と口を開いた。暁翔がこちらを見やる。
「まだ……自分の中で整理がつかないだけだ。結城は僕にとって、最高のパートナーであることには変わりない。だからこそ……結城の不満も不安もちゃんと受け止めたいんだ」
「……主任……分かりました。どうか、ちゃんと考えてください。おれは、主任と恋人になりたいです」
「うん……考える」
央樹が頷くと、暁翔はそっとこちらに近づいた。
「いい返事を待ってます」
央樹の指先を少しだけ握り、名残惜しそうに離す。それが、暁翔の気持ちなのだと分かり、央樹は何も言わずに部屋を後にした。
58
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる