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「なん、だ?」
「少しだけお時間ください」
暁翔がぐい、と央樹の腕を取る。思ったよりも力強いその手に引かれ、央樹は立ち上がった。
「結城?」
オフィスを出て、廊下を少し言った先にある会議室へ入ると、暁翔はドアに鍵を掛けてから央樹に対峙した。
「一体どれだけのストレスに晒されれば、たった一日でプレイの効果がゼロになるんですか」
「いや、それは……」
元パートナーに会って昔を思い出した挙句、絡まれて怖い思いをしたから、なんて言えない。央樹が黙っていると、暁翔は大きなため息を吐いた。
「……分かりました。とにかく今、体調を戻すために軽いプレイをしませんか? 後は今日の夜にでも」
会社でプレイだなんて少し恥ずかしい気がした。それでも今感じている眩暈と頭痛が治るなら暁翔に縋りたい。
「軽く、なら……」
「分かりました。――央樹、おれを見て。『look』だ」
プレイの始まりは、いつもぞくぞくとする。暁翔とだと、それが特に大きかった。央樹は素直に暁翔の目を見つめた。さっきまで少し怒の色を含んでいた目が優しく眇められる。
「そのままハグしようか。できる?」
央樹は暁翔の言葉に頷いてそっと暁翔の傍に寄った。そのまま暁翔の脇から腕を入れ、背中に廻す。胸に顔を寄せると、暁翔の香りがした。けれど、ここが会社だと思うと落ち着かない。やっぱり場所が場所だけに部下にこんなふうに抱きついているという感覚は拭えなかった。
早く褒めて欲しい――央樹がそう思った、その時だった。ドアが鳴り、廊下から人の声が聞こえた。
「あれ? 朝から会議室の予約取ってたはずなんだけど……」
ドアの向こうから聞こえる声に、央樹は慌てて暁翔から離れた。暁翔がそれを名残惜しそうにしたが、今は構ってられない。央樹はドアに向かい、鍵を開けた。
「すまない。少しだけ借りていた」
「あ、主任だったんですね。結城と話ですか?」
ドアの前に居た社員が、奥に居る暁翔を見て、珍しい、と言う。央樹が、そうかな、と口を開いた。
「部下の一人を午前中任せることにしたから、少し話をね。彼の前でするわけにいかないから」
「あ、そういうことですか」
央樹はそれに頷くと暁翔を振り返った。
「じゃあ結城、頼んだよ」
「あ、主任、でも……」
会議室を出た央樹の後を暁翔が追う。その表情はとても心配そうだった。
「大丈夫だ。それよりも上田を頼む。僕はそろそろ出なくては」
「でも、まだ途中です。ちゃんとケアを」
「心配ない。そこまで我慢はしていないから」
眉を下げたままの暁翔に微笑み、央樹は一足先にオフィスへ戻った。そのまま自分の鞄を手にすると、暁翔とすれ違い、再び廊下へと出る。途端、くらりと視界が歪んだ。
どちらが上なのか下なのかが分からず、央樹は思わず近くの壁にもたれかかる。それでも強烈な眩暈は治まってくれなかった。
「大丈夫ですか?」
おそらく近くを通りかかった社員だろう。驚いたような声に央樹は小さく頷く。
「だい、じょうぶだ……」
そう言っているうちに足の力も入らなくなり、その場にうずくまってしまった。
「え、え、だ、誰か! 手を貸してください!」
救急車呼ぶか、なんて声が聞こえたので、央樹は慌てて顔を上げた。
「ただの眩暈だから、救急車はやめて、くれ……」
その途端、また強い眩暈に襲われる。今は自分の体を抱え、息をするだけで精一杯だった。目を開けることも出来ずに、段々とひどくなる耳鳴りで音も聞こえなくなってきた。
死ぬのかな、と思った瞬間に央樹が思い浮かべたのは、さっき見た心配そうな暁翔の顔だった。
「少しだけお時間ください」
暁翔がぐい、と央樹の腕を取る。思ったよりも力強いその手に引かれ、央樹は立ち上がった。
「結城?」
オフィスを出て、廊下を少し言った先にある会議室へ入ると、暁翔はドアに鍵を掛けてから央樹に対峙した。
「一体どれだけのストレスに晒されれば、たった一日でプレイの効果がゼロになるんですか」
「いや、それは……」
元パートナーに会って昔を思い出した挙句、絡まれて怖い思いをしたから、なんて言えない。央樹が黙っていると、暁翔は大きなため息を吐いた。
「……分かりました。とにかく今、体調を戻すために軽いプレイをしませんか? 後は今日の夜にでも」
会社でプレイだなんて少し恥ずかしい気がした。それでも今感じている眩暈と頭痛が治るなら暁翔に縋りたい。
「軽く、なら……」
「分かりました。――央樹、おれを見て。『look』だ」
プレイの始まりは、いつもぞくぞくとする。暁翔とだと、それが特に大きかった。央樹は素直に暁翔の目を見つめた。さっきまで少し怒の色を含んでいた目が優しく眇められる。
「そのままハグしようか。できる?」
央樹は暁翔の言葉に頷いてそっと暁翔の傍に寄った。そのまま暁翔の脇から腕を入れ、背中に廻す。胸に顔を寄せると、暁翔の香りがした。けれど、ここが会社だと思うと落ち着かない。やっぱり場所が場所だけに部下にこんなふうに抱きついているという感覚は拭えなかった。
早く褒めて欲しい――央樹がそう思った、その時だった。ドアが鳴り、廊下から人の声が聞こえた。
「あれ? 朝から会議室の予約取ってたはずなんだけど……」
ドアの向こうから聞こえる声に、央樹は慌てて暁翔から離れた。暁翔がそれを名残惜しそうにしたが、今は構ってられない。央樹はドアに向かい、鍵を開けた。
「すまない。少しだけ借りていた」
「あ、主任だったんですね。結城と話ですか?」
ドアの前に居た社員が、奥に居る暁翔を見て、珍しい、と言う。央樹が、そうかな、と口を開いた。
「部下の一人を午前中任せることにしたから、少し話をね。彼の前でするわけにいかないから」
「あ、そういうことですか」
央樹はそれに頷くと暁翔を振り返った。
「じゃあ結城、頼んだよ」
「あ、主任、でも……」
会議室を出た央樹の後を暁翔が追う。その表情はとても心配そうだった。
「大丈夫だ。それよりも上田を頼む。僕はそろそろ出なくては」
「でも、まだ途中です。ちゃんとケアを」
「心配ない。そこまで我慢はしていないから」
眉を下げたままの暁翔に微笑み、央樹は一足先にオフィスへ戻った。そのまま自分の鞄を手にすると、暁翔とすれ違い、再び廊下へと出る。途端、くらりと視界が歪んだ。
どちらが上なのか下なのかが分からず、央樹は思わず近くの壁にもたれかかる。それでも強烈な眩暈は治まってくれなかった。
「大丈夫ですか?」
おそらく近くを通りかかった社員だろう。驚いたような声に央樹は小さく頷く。
「だい、じょうぶだ……」
そう言っているうちに足の力も入らなくなり、その場にうずくまってしまった。
「え、え、だ、誰か! 手を貸してください!」
救急車呼ぶか、なんて声が聞こえたので、央樹は慌てて顔を上げた。
「ただの眩暈だから、救急車はやめて、くれ……」
その途端、また強い眩暈に襲われる。今は自分の体を抱え、息をするだけで精一杯だった。目を開けることも出来ずに、段々とひどくなる耳鳴りで音も聞こえなくなってきた。
死ぬのかな、と思った瞬間に央樹が思い浮かべたのは、さっき見た心配そうな暁翔の顔だった。
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