怖がりSubにやさしい命令(コマンド)を

2-2

　暁翔の言葉が体に響く。コマンドを使われた時の、心地良い感覚だ。プレイだと分かる様に敬語を外してくれたのも嬉しい。央樹はそっと立ち上がって暁翔の傍に立った。暁翔がそれを見て嬉しそうな顔で立ち上がる。
「いい子……『good boy』、央樹」
　暁翔が央樹の頭を撫で、軽くハグをする。これまで気づかなかったが、暁翔は央樹より少し背が高い。ちょうど肩口に顔を寄せると、彼の香りがふわりとした。それだけで満たされる。
「央樹、おれのこと、暁翔って呼んで」
「暁翔……」
　央樹が素直に口にすると、暁翔はそっと央樹を離した。次に見た暁翔の顔は部下ではなくDomの顔だった。従順なこちらの反応を見て、暁翔もまた、心地良さを感じているのだろう。
　その表情にまた央樹自身もゾクゾクとする。
「央樹、ベッドに上がれる？」
　央樹はその言葉に頷くと、靴を脱いでベッドに上がった。座り込んで暁翔を見上げる。
「『strip』……て言っても下着まででいいんだけど、平気？」
「脱げる」
　今なら暁翔に全てを曝け出してもいいと思えた。確かに恥ずかしいけれど、また頭を撫でられたくて、それを我慢するくらい平気だと思えた。
　央樹は自身の上着を脱ぎ、ネクタイに手を掛けた。ノットを引いて襟から引き抜くと、そのままシャツのボタンを開けていく。ちらりと暁翔に視線を向けると、こちらをじっと見つめていた。目が合い、なんだかドキドキして視線を外す。そのままベルトに手を掛け、スラックスを脱いだ。白いＴシャツとボクサーパンツだけを残した格好になった央樹が暁翔を見上げる。
「よく頑張ったね、央樹。恥ずかしかった？」
　暁翔の手がこちらに伸び、髪を撫でる。央樹はその手のひらの温かさに安心してから、少し、と素直に言った。
「だよね。ありがとう、言う事聞いてくれて。ご褒美の時間だ」
　暁翔が央樹に手を伸ばすと、そのまま央樹の体を抱え上げる。え、と央樹が驚いている間に、暁翔は央樹を抱えたままバスルームへと移動した。央樹を床に立たせると、湯船にお湯を溜め始める。
「はい、央樹、ばんざーい」
「え？」
「ほら、手上げて」
　慌てて言われた通りにするとそのままＴシャツを脱がされる。
「下も脱いだら湯船に入って待ってて。全身洗ってあげる」
　暁翔が央樹にタオルを渡し、脱衣所へ戻る。央樹は戸惑いながらも暁翔に言われた通り下着を脱ぐと、半分ほど溜まっていた湯船の中へと入った。少し温めのお湯が心地いい。央樹が、ほっ、と息を吐くと暁翔がバスルームへと戻って来た。腰にタオルを巻いた状態ではあるが、ほぼ裸のそれに、改めてドキドキする。
「お待たせ。央樹、少し前に詰めて」
「え、あ……こう、か？」
　湯船の半分ほどまで体を縮めると、そう、と言いながら暁翔が入ってくる。後ろから抱えるように暁翔が座った。
「まずは、髪洗ってあげる。シャワー出すよ。少しだけ上向いてて」
　暁翔がシャワーを出し、央樹の髪に当てる。シャワーで央樹の髪が濡れたところで、シャンプーを始めた。程よい指の刺激が心地いい。
「動かないで偉いね、央樹。とてもいい子だよ」
　その言葉に央樹の胸がふわりと温かくなる。褒められている、その事実に心が喜んでいるのが分かる。
「気持ちいい……」
「ホント？　嬉しいな」
　少しだけ後ろを振り返ると、本当に嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべる暁翔が居た。その顔を見ると、なんだかこちらまで嬉しくなる。
「じゃあ、流すよ。その後は体洗おう」
「か、体は……自分で……」
　こうして背中に胸が触れているだけでもなんだか落ち着かないのに、全身に触れられるのは怖かった。プレイ中でお互い上司部下の関係は捨てているが、パートナーとしても初めてであることには変わりない。
「そうか。じゃあ、それは次の機会に。よく自分の気持ち言えたね」
　いい子、と暁翔がハグをする。それから、シャンプー流そうか、とシャワーを出した。


　先に出るよ、と暁翔がバスルームを後にしてから体を洗い、下着のまま部屋に戻った。するとベッドの縁に座る暁翔が、おいで、と手招きする。プレイは続いているらしい。央樹は誘われるがままに傍に寄る。
「こっち座って。髪、乾かそう。それで、今日のプレイはおしまい」
　いい？　と聞かれ、央樹が頷く。暁翔の隣に腰掛けると、暁翔は手にしていたドライヤーのスイッチを入れた。
「いつもサイドの髪流してるせいかな……髪下ろしてると印象違うね。髪質も柔らかいんだね」
　髪に指を通しながら暁翔がドライヤーで央樹の髪を乾かし始める。程よく温かい風と暁翔の指が心地いい。おそらくこの行為がアフターケアになっているのだろう。
　初めてでここまで気持ちに寄り添ってプレイをしてくれるDomは居なかったと思う。きっと相性がいいのか、暁翔がこちらの要望をくみ取ってくれているのだろう。
「――うん、乾いたかな。お疲れ様」
　暁翔が後ろからぎゅっと抱きしめる。それからそっと央樹を解放するとベッドから降りた。
「ありがとうございました、主任。すごく久々に満たされました」
　振り返った暁翔が微笑む。央樹はそれに頷いた。
「僕も、今、すごくいい気分だ」
「確かに、主任の顔色良くなってますね」
　暁翔の言葉に央樹が自らの顔に手を伸ばす。言われるほどに変わっているのかは分からなかったが体は軽くなっている。
「おれたち、いいパートナーになれそうじゃないですか？」
　暁翔がネクタイを結びながらキラキラとした笑顔を向ける。確かにこの程度でこれだけの効果があるということは相性はいいのだろう。
「……結城は、僕でいいのか？」
「はい。とりあえずパートナー契約、という形でいかがですか？　いきなり恋人になれとは言いませんし」
「そりゃまあ……恋人なら女性の方がいいだろう」
　暁翔は社内でもよくモテる。社外なら尚更だろう。そう思って暁翔を見上げると、その表情が少し曇った。けれどそれは一瞬で、そうですね、と微笑む。
　その反応を見て、本当に暁翔が無理をしていないのか少し気になったが、この提案を蹴る事は央樹には出来なかった。
　なぜなら、今までのどのプレイよりも満たされてしまっていたのだから。