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「――これじゃ分かりにくい。文章ではなくて、グラフを使うべきだ。文章も無駄が多い。資料は簡潔に分かりやすくと、新人の頃から言ってるはずだ」
部下が持って来たプレゼン資料に目を通した柏葉央樹はため息を吐いて、自分の斜め上を振り返った。そこには苦い顔をして立ち尽くしている部下がいる。
「はい……」
「前回も同じような内容で僕にダメ出しをされていなかったか? 学習してくれ」
央樹は持っていた資料を押し付けるように部下に返す。
「はい……やり直します」
押し付けられた資料を抱え、部下がその場を立ち去る。それを横目に見てから、央樹は大きくため息を吐いた。
食品メーカーの営業部で、主任として働く央樹は、こうして部下のサポートをすることが仕事だ。けれど、今日に限って簡単な資料すらちゃんと作ってこない部下の対応が続くし、目の前の報告書は間違いだらけで修正の嵐だ。
「柏葉」
部下が立ち去ったと思ったら、今度は課長が傍に立っていた。はい、と顔を上げると課長の表情は険しかった。
「柏葉の成績がいいのは分かっているが……もう主任なんだから、部下の育成にも気を遣えないか? あれじゃ、いつまで経っても育たない」
課長がさっき離れていった部下に視線を向ける。自分のデスクで泣きそうな顔でパソコン画面に向かっている。困った様子の彼に他の社員が寄り添い、何か会話をしている。
「……アドバイスはしました」
「もっとこう、具体的に……それから優しくだな……」
「善処します」
課長の言葉を遮るように央樹が言うと、課長は小さくため息を吐いてから、そうしてくれ、とその場を離れた。
央樹は眩暈と息苦しさを感じてふらりと立ち上がった。
「……この前から、もう二週間だもんな……」
オフィスを出て、廊下を歩き出した央樹がぽつりと呟く。窓から見える景色は、既にとっぷりと暮れていて、社内も静かだった。それもそのはず、もう午後七時を過ぎている。けれど央樹はこのところずっとこのくらいの時間まで残業が続いていた。いつもなら、もっと手早く効率的に仕事を終わらせているのに、やっぱり調子が悪い。
Subである央樹は、定期的に『プレイ』をしなければ、すぐに体調を崩してしまう。
構われたい、甘やかされたい、褒められたい――そんな欲求を受け止めてくれるDomと欲求を昇華させるために行う行為、それが『プレイ』だ。央樹の場合、手っ取り早く効果のある性行為をしがちになるが、そういったこと以外で解消している人たちも多い。
一年前にパートナーと別れてから、央樹にはそうしてくれるDomがいなかった。二週間前に相手をしてくれた人もパートナーではなく、その場限りの相手だ。しかも相性が良かったかと聞かれたら、そうでもなくて、満足のいくものではなかった。
そのせいだろう、体調を崩すのも早かった。
ふらふらとした足取りで給湯室へとたどり着いた央樹は、そのままそこへ入ると、上着のポケットから白い袋を取り出した。中には大量の薬が入っている。抑制剤と痛み止めに眩暈、吐き気の薬、それらから胃を守るための胃腸薬――いつのまにか増えていく薬にため息を吐きながらそれらを口に放り込もうとした、その時だった。
「ダメです!」
そんな言葉と共に手を取られ、その拍子に薬が床に散らばる。驚いて振り返ると、同じ営業部の部下、結城暁翔が立っていた。
暁翔は社内でもイケメンだと噂されるほどの整った顔を持った長身で、いつもスーツをおしゃれに着こなしている。女子社員からは人気だが、男からはやっかまれているのかと思いきや、明るく社交的なので、そんなこともない。いわゆる完璧な彼が、今なぜか、焦った表情で自分の腕を強く握っている。
「……離してくれないか、結城」
困惑したまま央樹が暁翔を見上げると、それをきっかけに、暁翔が央樹の手を離した。
「あ、すみません! でも、こんなにたくさんの薬、一度に飲むのはよくないと思います……」
床に散らばった薬を拾い始めた央樹を見て、暁翔も床にしゃがみ込む。
「平気だ。これは全部病院から処方されている」
「それでも……体にいいとは言えません」
暁翔も床に落ちた薬を拾い上げる。そのうちの一つを見て暁翔が、これ、と呟いた。
「……主任、Subなんですか……?」
その言葉に央樹が目を見開く。隠しているわけでもなかったが、大きな声で言うものでもない、第二の性は、社内で知る人はいないはずだ。
「……だと、したら……?」
知られて言いふらされるのはさすがに困るが、嘘を吐くことでもない。央樹が暁翔をじっと見つめると、その表情が心配そうに歪んだ。
「おれ、Domなんです。一時しのぎでもいいですから、おれとプレイしませんか?」
意外な言葉に央樹が驚いて固まる。そんな央樹に小さく笑ってから薬の残りを拾い集めた。
「薬に頼ってるってことは、主任、パートナー居ないんですよね。今、おれもパートナーいなくて……これは主任のためでもあるけど、おれのためでもあって……どうですか?」
おれじゃだめですかね、と苦く笑うその顔に、央樹は首を振った。
「いや……結城こそ、僕でいいのか?」
「はい。主任は、まだ仕事残ってますか?」
央樹は首を振った。まだ仕事の途中ではあるが、この体調のままではいつまで経っても終わる気がしない。急ぐものでもないので、明日に廻すことは可能だ。
「だったらこの後……」
「わかった。デスクを片付けて来るから、待っててくれ」
「はい。エントランスホールで待ってます」
薬を拾い集めた暁翔は、それを自身のスーツのポケットにしまうと、そのまま給湯室を後にした。すぐ傍にあるゴミ箱を見てから、央樹は、そうか、と呟いた。
ここに捨てたら、ゴミを回収する時に誰かが見てしまうかもしれない。ノーマルの人間なら気づかないだろうが、万が一Dom性の人間に見つかってしまったら、このフロアにSubがいると噂になりかねないだろう。
「……性格までイケメンとは」
本当に相手が自分でいいのだろうか、と央樹はため息を吐いて、オフィスへと戻っていった。
部下が持って来たプレゼン資料に目を通した柏葉央樹はため息を吐いて、自分の斜め上を振り返った。そこには苦い顔をして立ち尽くしている部下がいる。
「はい……」
「前回も同じような内容で僕にダメ出しをされていなかったか? 学習してくれ」
央樹は持っていた資料を押し付けるように部下に返す。
「はい……やり直します」
押し付けられた資料を抱え、部下がその場を立ち去る。それを横目に見てから、央樹は大きくため息を吐いた。
食品メーカーの営業部で、主任として働く央樹は、こうして部下のサポートをすることが仕事だ。けれど、今日に限って簡単な資料すらちゃんと作ってこない部下の対応が続くし、目の前の報告書は間違いだらけで修正の嵐だ。
「柏葉」
部下が立ち去ったと思ったら、今度は課長が傍に立っていた。はい、と顔を上げると課長の表情は険しかった。
「柏葉の成績がいいのは分かっているが……もう主任なんだから、部下の育成にも気を遣えないか? あれじゃ、いつまで経っても育たない」
課長がさっき離れていった部下に視線を向ける。自分のデスクで泣きそうな顔でパソコン画面に向かっている。困った様子の彼に他の社員が寄り添い、何か会話をしている。
「……アドバイスはしました」
「もっとこう、具体的に……それから優しくだな……」
「善処します」
課長の言葉を遮るように央樹が言うと、課長は小さくため息を吐いてから、そうしてくれ、とその場を離れた。
央樹は眩暈と息苦しさを感じてふらりと立ち上がった。
「……この前から、もう二週間だもんな……」
オフィスを出て、廊下を歩き出した央樹がぽつりと呟く。窓から見える景色は、既にとっぷりと暮れていて、社内も静かだった。それもそのはず、もう午後七時を過ぎている。けれど央樹はこのところずっとこのくらいの時間まで残業が続いていた。いつもなら、もっと手早く効率的に仕事を終わらせているのに、やっぱり調子が悪い。
Subである央樹は、定期的に『プレイ』をしなければ、すぐに体調を崩してしまう。
構われたい、甘やかされたい、褒められたい――そんな欲求を受け止めてくれるDomと欲求を昇華させるために行う行為、それが『プレイ』だ。央樹の場合、手っ取り早く効果のある性行為をしがちになるが、そういったこと以外で解消している人たちも多い。
一年前にパートナーと別れてから、央樹にはそうしてくれるDomがいなかった。二週間前に相手をしてくれた人もパートナーではなく、その場限りの相手だ。しかも相性が良かったかと聞かれたら、そうでもなくて、満足のいくものではなかった。
そのせいだろう、体調を崩すのも早かった。
ふらふらとした足取りで給湯室へとたどり着いた央樹は、そのままそこへ入ると、上着のポケットから白い袋を取り出した。中には大量の薬が入っている。抑制剤と痛み止めに眩暈、吐き気の薬、それらから胃を守るための胃腸薬――いつのまにか増えていく薬にため息を吐きながらそれらを口に放り込もうとした、その時だった。
「ダメです!」
そんな言葉と共に手を取られ、その拍子に薬が床に散らばる。驚いて振り返ると、同じ営業部の部下、結城暁翔が立っていた。
暁翔は社内でもイケメンだと噂されるほどの整った顔を持った長身で、いつもスーツをおしゃれに着こなしている。女子社員からは人気だが、男からはやっかまれているのかと思いきや、明るく社交的なので、そんなこともない。いわゆる完璧な彼が、今なぜか、焦った表情で自分の腕を強く握っている。
「……離してくれないか、結城」
困惑したまま央樹が暁翔を見上げると、それをきっかけに、暁翔が央樹の手を離した。
「あ、すみません! でも、こんなにたくさんの薬、一度に飲むのはよくないと思います……」
床に散らばった薬を拾い始めた央樹を見て、暁翔も床にしゃがみ込む。
「平気だ。これは全部病院から処方されている」
「それでも……体にいいとは言えません」
暁翔も床に落ちた薬を拾い上げる。そのうちの一つを見て暁翔が、これ、と呟いた。
「……主任、Subなんですか……?」
その言葉に央樹が目を見開く。隠しているわけでもなかったが、大きな声で言うものでもない、第二の性は、社内で知る人はいないはずだ。
「……だと、したら……?」
知られて言いふらされるのはさすがに困るが、嘘を吐くことでもない。央樹が暁翔をじっと見つめると、その表情が心配そうに歪んだ。
「おれ、Domなんです。一時しのぎでもいいですから、おれとプレイしませんか?」
意外な言葉に央樹が驚いて固まる。そんな央樹に小さく笑ってから薬の残りを拾い集めた。
「薬に頼ってるってことは、主任、パートナー居ないんですよね。今、おれもパートナーいなくて……これは主任のためでもあるけど、おれのためでもあって……どうですか?」
おれじゃだめですかね、と苦く笑うその顔に、央樹は首を振った。
「いや……結城こそ、僕でいいのか?」
「はい。主任は、まだ仕事残ってますか?」
央樹は首を振った。まだ仕事の途中ではあるが、この体調のままではいつまで経っても終わる気がしない。急ぐものでもないので、明日に廻すことは可能だ。
「だったらこの後……」
「わかった。デスクを片付けて来るから、待っててくれ」
「はい。エントランスホールで待ってます」
薬を拾い集めた暁翔は、それを自身のスーツのポケットにしまうと、そのまま給湯室を後にした。すぐ傍にあるゴミ箱を見てから、央樹は、そうか、と呟いた。
ここに捨てたら、ゴミを回収する時に誰かが見てしまうかもしれない。ノーマルの人間なら気づかないだろうが、万が一Dom性の人間に見つかってしまったら、このフロアにSubがいると噂になりかねないだろう。
「……性格までイケメンとは」
本当に相手が自分でいいのだろうか、と央樹はため息を吐いて、オフィスへと戻っていった。
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