うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき(藤吉めぐみ)

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 それから五分ほどで、目的のマンションに辿り着いた。東屋の案内でエレベーターに乗り、最上階へと辿り着く。エレベーターホールからこの階まるごと改装しているようで、既に床にもブルーシートが貼られている。
「この階、部屋数が8あったんだけど、それを4にして、売り出す予定なんだ。比較的工事が進んでる部屋なら見せてもいいって聞いたから」
 東屋はそう言うと部屋の鍵を取り出してドアを開けた。土足でいいよ、と言って先に入ると、部屋の明かりを点けてくれる。
「床も全部張替えるんだ。大掛かりだね」
「防音素材にするためにね」
「防音素材?」
「そう。見る?」
 東屋の言葉に匠は頷いた。
 会社でいくつかサンプルは見たし、資料も集めたがやはり実際に見てみたい。価格も考えて、一番コスパがいいものを選びたいと考えていたから願ってもないことだ。多分、東屋もこれを見せたかったのだろう。
「たしかね、奥の部屋を資材置き場にしてたはずなんだ」
 廊下を抜けた先のリビングからさらに奥に厚いドアの付いた部屋があった。その部屋のドアを開けて、東屋が明かりを点ける。
 工事用の灯りに照らされた部屋は六畳ほどで、窓もない部屋だった。
「ここは?」
「防音室。シアタールームにしてもいいし、楽器や音楽の部屋にしてもいい。今回のリノベーションのウリだよ」
 匠は部屋に入り、ドアを閉めた。その瞬間、耳の奥に蓋をされたような感覚になる。確かに高い防音性があるようだ。
「ここの素材は?」
「ここのはね、結構いいもの使ってるはずだよ。えっと、確かね……」
 東屋がそう言ってカバンからカタログを取り出した、その時だった。
 カタカタ、と何かが小さく音を立てたと思ったら、すぐに足元が揺れ、匠は思わず座り込んだ。灯りが揺れ、その影が床で動く。このまま大きくなったらどうしようと思ったが、外で何かが倒れる音がしただけで、揺れはすぐに収まった。
「地震かな? 短くてよかったね」
「結構揺れたね」
「ここ、十五階だからな」
 免震じゃないし、と言いながら東屋はカタログを出してくれた。それを匠に渡すと、外大丈夫かな、とドアに向かった。
 匠は座り込んだままカタログに目を落す。しっかりとした防音効果の割にコストは低い。これならば予算内で使えるかもしれない。その防音壁のメーカーは大手のものではなくて、職場にもこの資料はなく、匠も初めて見るものだったので、連れてきてもらって正解だったと思う。
「……あれ?」
 匠がスマホにメモをしていると、東屋のそんな声が響いた。匠が顔を挙げ、どうかした? と聞く。
「ドア、開かないっぽい」
 薄くしか開かないドアに東屋は首を傾げてもう一度体ごとドアを押す。が、それ以上開く様子はなかった。
「開かない?」
「ああ……なんだろ、多分今の揺れで外にあった建材が倒れてドアのストッパーになってるっぽい」
 東屋はドアの隙間から外を窺ってため息を吐いた。もう一度ドアを開けようとしてみるが、ガン、と何かに当たる音が響くだけでそれ以上開く気配はなかった。
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