上 下
32 / 47

32

しおりを挟む
 何かいいヒントが見つかればいい――そう思って描きかけの設計図を眺めていると、辻本、と低い声で呼ばれ、匠は振り返った。
「会議室へ」
 そう言ってオフィスの奥にある小さな会議室に歩き出したのは克彦だった。匠は首を傾げてから、すぐに席を立ち、会議室へと向かう。中に入ってドアを閉めると先に入っていた克彦の背中に声を掛けた。
「何ですか……?」
 いつもなら注意でも怒鳴るでも自分のデスク前だというのに今日に限って会議室へ呼ぶというのは何か特別なことを言われるのかと匠は不安になり、ぐっと拳を握り締める。
「リノベーションの現場に行くのはやめなさい」
 克彦の背中からそんな言葉が響いて匠は眉をしかめる。それから、どうして、と不機嫌に聞き返した。
 自分が仕事をするために必要だと感じたから行くのだ。何がダメだというのだ。納得のいく仕事をするために行く。そうして欲しいと言ったのは克彦だったはずだ。
「危険だ。辻本は自分のデザインをすればいい」
 振り返った克彦に静かに言われ、匠は唇を噛んだ。
「何、それ……俺が、その物件見て盗作まがいのことでもするかもとか思ってるわけ?」
 信頼されていない。それを痛感した匠は二人きりなのをいいことに今の怒りを直接克彦にぶつけた。言葉もいつものものに戻っていたが匠は気にしなかった。
「そんなことは思っていない。その物件に拘らなくてもいいだろう」
「俺は克彦と違って若いから、まだ柔軟な発想くらいできるよ! 何を見たってな! 俺は行く。絶対それ見たって俺のデザインできるから」
 匠は言い捨てるように克彦に言い、会議室のドアを開けた。
「匠!」
 克彦がそれを止めようと名前を呼ぶ。それでも匠は立ち止まることはしなかった。克彦がその背中を追う。
「そういうことを言ってるわけじゃない。考え直せ」
「嫌だ」
 振り返り、鋭い視線で克彦を見上げる。その目に克彦の表情も険しくなる。
「……勝手にしろ」
 克彦はそう言うときびすを返した。匠もその背中を見てから再び歩き出す。
 二人の出す空気にオフィスが一瞬温度を下げたが今の匠には関係なかった。
 とにかく悔しい。克彦が自分を信用していないことが、どうしても許せなかった。
 匠は自分のデスクに戻り乱暴にカバンに資料を詰め込むとPCの電源を落した。
「すみません、帰ります!」
 隣の水谷にそれだけ言うと匠はそのままオフィスを後にした。これ以上あの場に居たくなかった。克彦は、前に自分のデザインを却下した時から何も変わってない。期待してくれているとわかったし、最近は互いに歩み寄って気持ちを伝えあって来たと思っていた。前よりもずっと恋人らしく、少しは変わったと思ったのに――結局、自分の仕事は克彦にとってまだまだ信用できないほどに未熟ということなのだろう。だけど。
「任せて欲しいだけなのに……」
 匠はぽつりと呟いた。段々と冷たくなってきた風に、匠の呟きはすぐに攫われていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

すてきな後宮暮らし

トウ子
BL
後宮は素敵だ。 安全で、一日三食で、毎日入浴できる。しかも大好きな王様が頭を撫でてくれる。最高! 「ははは。ならば、どこにも行くな」 でもここは奥さんのお部屋でしょ?奥さんが来たら、僕はどこかに行かなきゃ。 「お前の成長を待っているだけさ」 意味がわからないよ、王様。 Twitter企画『 #2020男子後宮BL 』参加作品でした。 ※ムーンライトノベルズにも掲載

《完結》狼の最愛の番だった過去

丸田ザール
BL
狼の番のソイ。 子を孕まねば群れに迎え入れて貰えないが、一向に妊娠する気配が無い。焦る気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいのある日 夫であるサランが雌の黒い狼を連れてきた 受けがめっっっちゃ可哀想なので注意です ハピエンになります ちょっと総受け。 オメガバース設定ですが殆ど息していません ざまぁはありません!話の展開早いと思います…!

恋愛スイッチは入っていません! 宰相補佐と近衛騎士様では何も起こらないと思っていたら、婚約してました

nano ひにゃ
BL
仕事のためになれなれしくしていた相手と噂になっていたのを無視していたら、本当に婚約してしまっていた。相手は近衛兵の副隊長でさらに公爵家の血筋。それに引き換え自分は宰相に取り立ててもらって補佐の仕事はしているが身分はなんとかギリギリ貴族を名乗れる家の出。 なんとか相手から解消してもらえないかと相談することにしたが、なんとも雲行きが怪しくなっていく。 周りからかなり評判のいいスパダリ溺愛攻めと隠れスパダリの受けが流されながらもそれなりに楽しくやっていくお話です。 R表現は予告なく入ります。無理やりはないですが、不本意な行為が苦手な方はご注意ください。 ストーリーに変更はありませんが、今後加筆修正の可能性があります。 小説家になろうにも掲載しています。

αと嘘をついたΩ

赤井ちひろ
BL
紫苑美月は本店を青山に構えるイタリアン、チャオチャオバンビーノで働く次期チーフマネージャー候補の26歳。紫苑はα至上主義の世の中で珍しくもヒートの起こりにくい特異体質のΩとして産まれた。産むだけの性に辟易し疑似α剤を飲みαと偽り生きてきた。勿論それだけの努力はしたし、世の中のΩのように弱々しくもなかった。 ある日、紫苑に異動話が持ち上がる。青山本店の有能なスタッフである紫苑は、新店舗お台場に異動と思いきや、なぜか彼が赴く異動先は赤字経営の小田原店だった。地元出身の紫苑ならではの抜擢だったのだが、経営不振の建て直しに与えられた時間はなんと一年間しかなかった。なんとか小田原店を盛り上げようとワンコインワインティスティングやスイーツバイキングなど試みるも、シェフ不在の店では出来ることは限られていた。 地元の人が集まる箱根のお祭りに、起死回生に一発あてようとするが、箱根のお祭りに屋台を出そうとする紫苑についてくるスタッフはおらず、一人で売上げをあげなければならなかった。 インスタ映えする選べるクレープシュゼットは目の前で繰り広げられるパフォーマンスを動画にとる人たちで溢れ、この当たりに当たった企画は紫苑一人では到底こなせない忙しさであり、なかなか出ないスイーツに徐々に観客の苦情もあがっていく。そんなとき紫苑のフライパンをゆっくり握る色黒の手があった。 神無月柊、強烈なフェロモンを持つΩ嫌いのスーパーα。普段はα用抑制剤を常用する神無月であったが彼は大のΩ嫌いだった。 常に前向きに仕事をする紫苑に元来パーソナルスペースの狭い神無月は紫苑の思惑とは反対に一気に距離を詰めていく。偶然にも神無月の家で薬をのみ忘れた神無月のせいで、軽いヒートを起こす紫苑は神無月にオメガだとバレてしまう。 αに恋をしていると思っていたΩ嫌いのスーパーα(攻め)×ばれないように疑似α剤を飲み続けるΩ嫌いの一途なΩ(受け)が経営回復のミッションを成功させていくなかで、距離を縮めて行く話です。R18は後半です。

【魔導具師マリオンの誤解】 ~陰謀で幼馴染みの王子に追放されたけど美味しいごはんともふもふに夢中なので必死で探されても知らんぷりします

真義あさひ
BL
だいたいタイトル通りの前世からの因縁カプもの、剣聖王子×可憐な錬金魔導具師の幼馴染みライトBL。 攻の王子はとりあえず頑張れと応援してやってください……w ◇◇◇ 「マリオン・ブルー。貴様のような能無しはこの誉れある研究学園には必要ない! 本日をもって退学処分を言い渡す!」 マリオンはいくつもコンクールで受賞している優秀な魔導具師だ。業績を見込まれて幼馴染みの他国の王子に研究学園の講師として招かれたのだが……なぜか生徒に間違われ、自分を呼び寄せたはずの王子からは嫌がらせのオンパレード。 ついに退学の追放処分まで言い渡されて意味がわからない。 (だから僕は学生じゃないよ、講師! 追放するなら退学じゃなくて解雇でしょ!?) マリオンにとって王子は初恋の人だ。幼い頃みたく仲良くしたいのに王子はマリオンの話を聞いてくれない。 王子から大切なものを踏みつけられ、傷つけられて折れた心を抱え泣きながら逃げ出すことになる。 だがそれはすべて誤解だった。王子は偽物で、本物は事情があって学園には通っていなかったのだ。 事態を知った王子は必死でマリオンを探し始めたが、マリオンは戻るつもりはなかった。 もふもふドラゴンの友達と一緒だし、潜伏先では綺麗なお姉さんたちに匿われて毎日ごはんもおいしい。 だがマリオンは知らない。 「これぐらいで諦められるなら、俺は転生してまで追いかけてないんだよ!」 王子と自分は前世からずーっと同じような追いかけっこを繰り返していたのだ。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

ストレスを感じすぎた社畜くんが、急におもらししちゃう話

こじらせた処女
BL
社会人になってから一年が経った健斗(けんと)は、住んでいた部屋が火事で焼けてしまい、大家に突然退去命令を出されてしまう。家具やら引越し費用やらを捻出できず、大学の同期であった祐樹(ゆうき)の家に転がり込むこととなった。 家賃は折半。しかし毎日終電ギリギリまで仕事がある健斗は洗濯も炊事も祐樹に任せっきりになりがちだった。罪悪感に駆られるも、疲弊しきってボロボロの体では家事をすることができない日々。社会人として自立できていない焦燥感、日々の疲れ。体にも心にも余裕がなくなった健斗はある日おねしょをしてしまう。手伝おうとした祐樹に当たり散らしてしまい、喧嘩になってしまい、それが張り詰めていた糸を切るきっかけになったのか、その日の夜、帰宅した健斗は玄関から動けなくなってしまい…?

処理中です...