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 家に帰ると克彦がリビングで静かに本を読んでいた。いつものリラックスした克彦だ。
「おかえり、匠。夕飯は?」
 本を閉じてソファから立ち上がった克彦が優しく声をかける。匠は小さく首を振ってカバンからさっき受け取った紙袋を取り出した。
「これ、食べる。ありがと、克彦」
 ダイニングテーブルに置いたそれを見て克彦が、ああ、と頷いた。
「水谷に頼んだものか。食べなかったのか?」
「うん、戻ってきちゃったから」
 カバンを下ろしてダイニングチェアに座った匠を見て、克彦はキッチンに入った。
「スープでも作ろう。少し待ってて」
「いいよ、これ食って風呂入ったらすぐ仕事の続きするから」
 面倒くさがる匠に、克彦は、だめだ、と首を振った。
「それだけじゃ体がもたない。昼も抜いただろ? これから仕事しようとしてるなら尚更だ」
「そんなにヤワじゃないよ、俺」
 キッチンで作業を始めた克彦を見上げながら匠が唇をへの字に曲げる。また以前のように世話をされているような気がして正直不安になる。また流されて対等という言葉が遠のくような気がした。そしてそのまま克彦が別の人のところに行ってしまうかと思うとすごく怖い。
「私はね、匠……君に一生懸命仕事をして欲しいと思ってるんだ。もちろんこれは仕事だけしてろって意味じゃなくて、匠が納得のいく仕事をして欲しいってことだ。そのために私ができることがあるなら、なんだってするよ。だから、そんな顔しなくていい」
 克彦に言われ、匠は頬に触れた。自分はどんな顔をしていたのだろう。不満や不安がすっかり表に出てしまっていたのだろうか。
「私は匠なら、いい仕事ができると思っている。私なんか飛び越えて、きっともっといい設計士になるはずだ」
 克彦は言いながら食器棚からスープカップを取り出し、鍋から琥珀色のスープを注ぐと、匠の目の前に差し出した。レタスとベーコンのコンソメスープは、匠の好きなメニューの一つだ。
「克彦……俺、克彦がそんなふうに思ってくれてるって知らなかった」
「だろうな。いつも厳しくしてすまない」
 克彦はそう言うと匠の額にキスを落した。それから、風呂の用意をしてくるよ、とその場を後にした。
「応援、してくれてる……?」
 具体的な仕事の話こそしなかったけれど、部下としての自分に対する克彦の思いなんて初めて聞いた。胸の奥がじわじわと熱くなって、鼓動が跳ねて止まらない。嬉しかった。克彦が自分に対して部下としても期待してくれていることがすごく嬉しかった。その気持ちに応えたいと思った。
「頑張るからね、克彦」
 匠は決意したように頷くと出来たてのスープに手を伸ばした。ほんのり胡椒がきいていて、いくらでも頑張れそうな味がした。
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