うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき

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 忙しい一週間を過ぎ、今日は週末金曜日、匠はここのところの頑張りのお陰で七時半という奇跡のような時間に会社を出た。
「今日は夕飯作ろうかな」
 克彦はまだデスクでしかつめらしい顔をしてCADと睨めっこしていたから、しばらくは帰らないだろう。これから買い物をして家に帰っても、充分に時間はあるはずだ。
 匠は近所のスーパーに寄ってから夕飯の材料を買って帰り、すぐにキッチンに立つ。今日のメニューは克彦が好きなから揚げをメインに、サラダとスープという、いたってシンプルなものだ。けれど、まだキッチンに立ち慣れていない匠にとっては立派なメニューなのだ。
 鶏肉を切って下味をつけて、その間にスープの具を刻んで……と作業をしていると、玄関から鍵の開く音が聞こえた。もう帰って来た、と時計を見ると十時近くて、どうやら自分の時間配分が間違っていたらしい。
 まだメインの鶏肉を揚げてもいない。
「ただいま、匠」
 リビングのドアを開け、キッチンを見やった克彦がそこに立つ匠に微笑む。
「おかえり、克彦。晩ご飯、ちょっとまだ時間かかるかも……」
「手伝うよ。匠だっておなか空いただろう? 二人でやった方が早い」
 ばつの悪そうに匠が告げると、克彦は優しく言って、シャツの袖を捲り上げた。匠の隣に立って、作業台を確認すると、下味をつけた鶏肉に粉をふり始める。
「でも、ここは俺が……」
 いつも克彦がしてくれていることを自分もしてあげたい。
 誰かに取られるのは嫌だと感じて気づいた好きという気持ち。それを克彦に届けるには自分が出来ることを精一杯やらなきゃいけない。そう思って克彦を見上げると、その顔が優しく微笑んだ。
「私は、匠とこうして二人でキッチンに立てることも嬉しいんだよ」
 そう言って手際よく鶏肉を揚げていく克彦の姿に、匠は言葉を飲み込んだ。克彦のこういうところが好きだ。言葉を選んで、自分に負担がかからないようにしてくれる、そんな余裕みたいな部分に惹かれる。そして、自分もそうなりたいと思うのだ。
「克彦、ありがと」
「どうした? 急に。から揚げは任せていいから、他を仕上げてくれるか?」
 克彦は匠の頭を撫でて言うと、機嫌よくから揚げを揚げていく。その姿に匠は頷いて口を開いた。
「スープもサラダも絶対美味しいから!」
「楽しみにしてるよ」
 克彦の言葉に匠は頷いて作業を再開した。

 二人で夕飯を食べた後、克彦は片付けを担当する、と言って匠を先に風呂へと行かせた。いつもそうしてくれるので違和感なく風呂場まで来た匠はふと、足を止めた。これでは以前と同じではないか。克彦に甘えっぱなしの自分のままだ。そんな自分から卒業すると決めたのにすぐにこれだ。克彦の優しさに決意したことも忘れてしまう。
 匠は慌てて腰にタオルを巻いてキッチンへと戻った。その様子に克彦が驚く。
「匠、そんな格好でどうした? シャンプーか石鹸が切れたなら脱衣所の棚にストックがあるから」
「違う。やっぱり、克彦の片付け手伝って、それから克彦と一緒に風呂にする」
 克彦の言葉に首を振った匠はシンク前に立つ克彦に並んだ。洗い終わった食器を手に取り、布巾で拭きながら、棚に収めていく。
 すると克彦がくくっ、と笑い出した。作業の手は止めないが、でも可笑しそうに笑い続けている。
「何、克彦」
 少し不機嫌に声を掛けると、克彦は笑いながら首を振った。
「いや……その下、履いてないんだろ? タオル一枚で働く匠ってなんかシュールだなと思ったら、つい」
 悪かった、と克彦は謝るが、まだ笑っている。
「じゃあ笑ってないで早く終わらせてよ」
「それはちょっと無理かもしれないな。そんな姿見せられて、片付けなんてしてられない」
 克彦は蛇口から流れていた水を片手で止めると、匠の腰を抱き寄せた。強引な腕に、匠はバランスを崩して克彦の胸に背中から収まる格好になってしまった。
「克彦……! 何、いきなり」
「匠は私を誘っているんじゃないか? それとも勘違い?」
 両腕で包み込まれ、後ろから耳元で囁くように聞く克彦に、匠の体は知らず熱くなる。誘っているつもりはなかった。けれど、克彦がこれで誘われたと言うのなら、匠にとっては嬉しい限りだ。
 まだ克彦の気持ちは自分のところにも残っている――そう思えるとやはり安心する。
「お、俺が誘ったら……克彦はのってくれる、の?」
 匠がそっと克彦の腕に手のひらを重ねる。克彦はくすりと少しだけ笑うと、匠の首筋に唇を押し当てた。きつくキスの痕を残してから、当たり前だろ、と囁いて耳朶を甘く噛まれる。匠はそんな克彦の愛撫に耐えられなくて色づいた息を漏らした。
「そんな格好のままじゃ風邪をひいてしまうな。まずは風呂に行こうか」
 克彦はそう言うと、お姫様よろしく匠を抱え上げて歩き出す。
「歩けるって」
「いいから、こうさせて」
 匠が言うが、克彦はすぐには降ろそうとせず、そのまま風呂場に入る。シャワーを出すと、克彦は服のまま壁際に追い込んだ匠を抱きしめてキスをした。
「克彦、服……」
 キスの隙間から、目の前で色を変えていくシャツが気になって言葉を挟むと、克彦は軽く首を振った。
「どうせ洗うからいい。今は一刻も早く匠を抱きたい」
 体の芯が痺れるような言葉が嬉しくて、匠は微笑んで克彦に手を伸ばした。降り注ぐシャワーに濡れていく前髪をかき上げて眼鏡を外す。そして今度は匠からキスを仕掛けた。
「抱いて、克彦」
 匠が唇を離し、甘くねだるように囁く。克彦は一瞬驚いたような顔をしてから、それでも嬉しそうに微笑んで頷いた。
「初めからそのつもりだよ」
 濡れたシャツを脱ぎ捨て克彦は匠の体を抱き寄せた。深いキスに溺れそうになりながら、克彦の吐息を耳の奥で感じ、匠は静かに目を閉じた。
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