上 下
23 / 47

23

しおりを挟む
 東屋と店の前で別れた匠は、駅までの道をゆっくりと歩いた。東屋と話すと、話題が尽きないせいか、いつも時間があっという間に過ぎていく。その分酒の量も増え、匠は完全に飲みすぎの状態で店を出ることになる。
 しかし、そこで飲みすぎていることが東屋に知れると、送っていく、と言われてしまうので匠はなんでもない風を装い歩いた。それゆえ足取りはゆっくりになってしまうが、髪を梳いていくように吹く夜風が心地よく、次第にほどよく酔いも醒めて行く。この感じだと家に着くころには酩酊感も大分薄れているだろう。克彦に無防備に飲みすぎるなと小言を言われることもないはずだ。
 駅へ続く横断歩道の前で赤信号を見上げた匠は人ごみの中に足を止めた。終電も近いためか、駅前は人で溢れている。
 匠はそれに紛れるように、ぼんやりと車道を見つめていた。何台もの車が通り過ぎ、やがて信号が変わって車の波が途切れる。そこで先頭の車に見覚えがあった匠は自然とそちらに視線を動かした。克彦が乗っている車と同じものだった。どんな人が乗っているのだろうと、運転席に目を凝らした次の瞬間、匠は息を呑んだ。
「克……彦……?」
 そこには、助手席に乗せた若い男と談笑する恋人の姿があった。自分にはあまり見せない、リラックスした笑顔を向けている。相手の男も随分親しいのか、克彦の肩を叩きながら笑っている。克彦のように頭のよさそうな顔をしているが、克彦よりもずっと柔らかい感じがする。誰が見てもイケメンの部類に入る、自分とは比較にならないその相手を見て、匠は呆然としてしまった。人型の信号が青に変わり、人の波が動き出しても、匠は少しも足を動かすことができなかった。後ろから来た人が動かない匠を邪魔そうに避けていく。それでも匠は再び車が動いて、自分の視界から克彦の車が消えていくまでそこを動くことができなかった。

 結局終電を逃した匠は、タクシーで家まで帰ってきた。ここまで何も考えられなかった。玄関からまっすぐに自室へ辿り着くと、匠はベッドに体全部を投げ出して目を閉じた。
「浮気……だよな……」
 改めて口にすると胸がひどく痛む。
 このところ忙しくて、恋人らしい時間も持てていなかった。その上、質問責めにするな、などと生意気なことも言っていたし、克彦が愛想を尽かすことがあってもそれを責めることはできないのかもしれない。
 自分は浮気されて当然のことを重ねてきたのだから――何も言えない。
「でも……」
 呟くと、瞳の奥からじわりと濡れていく感覚がした。溢れた滴はまつげを伝い、頬へと流れ落ちていく。
 自分から克彦が離れていくことを想像もできなかった。他人のものになるなんて思っただけで体か震えるほど怖い。こんな気持ちを初めて知った。
 知らないうちに、自分は克彦を必要としていたのだ。生活するためではなく、心の底からその存在が欲しいと願っていた。自分にとって、なによりも大事な存在だったのだ。
「……好き、克彦……」
 言葉にすると、また涙が溢れる。
 好き、好き。たまらなく好き。他の誰かになんか絶対に譲りたくない。例え克彦の気持ちが恋人としての愛情でなくても、克彦は自分の元に居て欲しい。
 匠は起き上がると、手のひらで涙を拭った。
 ――取り返そう、克彦を。
 克彦が、傍にいたい、大事にしたい、誰よりも好きだ、と思ってくれる存在になりたい。
 自分にできることなら何でもしたい。
 甘えるだけの自分からは卒業して、克彦と並べる自分になる――そうすればきっと克彦の心は帰って来るはずだ。これからも毎日克彦の隣にいられるはずだ。
「そう、だよね……克彦……」
 呟いて目を閉じる。もう涙が出ることはなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大きな木の下の車の中で

佑々木(うさぎ)
BL
内科医の佐野は、ある日、手に怪我をした男の治療に当たる。 外科ではないのに、なぜか内科を受診されて、診察室は騒然とした。 同じ日の夜、同僚の送別会に佐野が参加したところ、突然めまいを覚えた。 そこで、倒れる寸前に医局長に支えられたが、実はそれは巧妙な罠で!? 二人に襲い掛かる事件とは。 患者×医師。敬語攻めです。 短編ですので、お楽しみいただけると幸いです。

[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち
BL
旭理人は、昔から寂しいとか辛いとか、そういうものをうまく口にできない性格であった。 人の顔色ばかり伺うせいで、デザイナーになるという幼いころからの夢を叶えても、身にならずに脆く崩れ去る。 ままならない人生、そんな人の隙間を縫うように生きてきた旭に変化を与えたのは、一人の男の言葉だった。 変じゃねーよ。お前は何も変じゃねえ。 再就職先である外資系ブランドの取引先相手という立場で再会したのは、専門学生時代に親しくしていた柴崎であった。 学生時代に少しずつ積もらせていた小さな思いが、ゆっくりと形になっていく。 ぶっきらぼうで適当で、顔しか取り柄のない男の隣が、こんなにも居心地がいいなんて。 ぶっきらぼうで適当なスパダリ雰囲気の柴崎(27)×自己肯定感低め、空元気流され不憫受け旭(24)が幸せになるまでの話(長!) 第二章は榊原×大林編です! これは百貨店で働く俺の話何だけどスピンオフ 大林(24)は、とある理由で体を売っていた。もちろん、勤め先であるブランドのスタッフには秘密である。 しかし、アパレルショップに来たもさい男、榊原(32)に、ひょんなことがきっかけで秘密がばれた! バラさない変わりに提案されたのは、まさかの榊原宅の家事手伝い! 「どうなるかは、君次第かな。」 「毛玉だらけのネクタイ締めてんじゃねえ!!」 ズレた性格をしている榊原に、日に日に絆されていく。恋心を自覚したとき、榊原の左手に光る指輪に気がついて… 陰湿豹変型溺愛攻め榊原×苦労性メンタルマゾ大林のドタバタラブコメディ! 2022,0928 改稿完了、完結しました! 改稿前の作品はなろうにて! 改稿前と改稿後を乗せるのはNGだったので、アルファポリスでは改稿後のみ掲載します! 前作をブクマしてくださっていて方々には申し訳ございません。近況にてなろうのURLを貼りましたので、お手数ですがお読み頂ける場合はそちらからお願いします。 20201026に初めて小説として書いたこの作品を、今の筆力で書き直しています。 他サイトのコミカライズ原作の公募に向けて鋭意執筆中。®️18はこちらでのみ投稿。 比較としてあえて改稿前も残しています。比較も楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。 担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。 しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。 『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』 ------------------------ ※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。 ※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。 表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。 第11回BL小説大賞にエントリーしております。

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

恋はえてして

蜜鳥
BL
男だけど好みの顔、男だけどどうも気になる...... 半年前に中途で入社した年上の男が気になって仕方ない、ポジティブで猪突猛進な熊谷。 宴会の裏でなぜかキスされ、酔っぱらった当の本人(天羽比呂)を部屋に送り届けた時、天羽の身体に刻まれた痕を見つける。 別れた元彼をまだ引きずる天羽と、自分の気持ちを持て余す熊谷。 出張先で元彼と遭遇して二人の距離はぐっと縮まっていく。

斯波良久BL短編集

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
アルファポリス未投稿BL短編をまとめたものです。 ※ムーンライトノベルスより転載

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

処理中です...