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遅くなってごめん、惣菜は弁当にしたから持って出かけて。いってきます。
そう書かれたメモを読んだ匠は朝からため息を吐いてしまった。まさかあのまま眠ってしまい、しかも帰宅した克彦にベッドに運ばれているなんて予想もしていなかったのだ。おまけに一緒に食べようと思っていた惣菜は弁当箱にきれいに詰められている。
「今日はお弁当? 珍しい」
デスクでその彩り豊かな弁当を開けた匠に水谷が声を掛ける。それから、手作り? と聞いた。匠が首を振る。
「昨日食べようと買った梵天の惣菜を詰めただけです。食う前に寝ちゃって……」
「なにそれ、食べる前に寝ちゃうなんてことある? てか、梵天にこんな持ち帰りメニューあった?」
そう言われて匠はよく弁当を見やった。確か昨日は、肉じゃがと出汁まき卵、それに串物を買ってきたはずだ。けれど今弁当に詰まっているのは、コロッケやサラダでご飯も混ぜご飯になっている。よく見ればコロッケは肉じゃがを使っているようだし、サラダには角切りにした卵が入っている。ご飯に混ぜ込まれているのは焼き鳥だろう。克彦がアレンジを加えたことはすぐにわかった。
「え、あ……これは……特別メニュー?」
あはは、と笑いながら水谷を見ると、その顔が楽しそうに華やいだ。
「とうとう他人のものになっちゃったか、辻本くんも」
どうやら恋人の手作りだと察したらしい水谷が大げさにため息を吐く。匠はどう言ったらいいかわからず、そんなんじゃないです、と慌てて答える。
「いいのいいの。そうして君も私よりも早く結婚しちゃうんでしょ。もう一緒にランチも無理かな? 明日からは一人ランチ続くなー」
水谷はそう言ってまた大きくため息を吐いた。元々キャリアがありバリバリ仕事をこなす水谷は、事務担当の女子社員とはあまり親しくしていないようだった。女子社員が憧れる克彦と対等に仕事をし、近いポジションに居るのか気に入らないのだろうとは水谷の言葉だ。実際水谷が他の女子社員にランチに誘われているところを見たことはないし、ほぼ毎日と言っていいくらい匠とランチに出ているのが現状だ。
「結婚なんてしませんよ、ランチにも行きます」
「そんなムキにならなくても。弁当作ろうって思うくらい辻本くんのこと好きな相手なんだから大事にしてあげなきゃ。せっかく作ってもらったんだから、今日はラブラブ弁当食べなさい。で、今度どんな子なのか聞かせてね」
私は寂しくランチ行って来るから、と水谷が言う。匠は、ホントに違うから、と慌てて答えた。自分に付き合っている人がいると知れたら、次に相手を知りたくなるだろう。どこまで架空の彼女で通せるかわからない。もし相手が克彦だとばれたら……克彦の仕事に影響が出るかもしれない。それは困る。
「ランチ行きましょう、水谷さん。ホントに彼女なんかいないんで、俺」
さあ行きましょう、と匠は弁当を袋にしまいこんで立ち上がった。
「でもお弁当は?」
「朝押し付けられただけなんです、いいんです食べなくても」
そう言って匠は歩き出そうとした、その時だった。目の前に克彦が立っていて匠の心臓は一瞬大きく縮む。それから焦りと動揺で鼓動はどんどん速度を上げた。
「市原さん、打ち合わせ済んだんですか?」
克彦の姿を見つけた水谷が聞く。それに頷いた克彦に、ランチに行こうと誘う。けれど克彦は、いや、と断った。
「今日は持参してるんだ。二人で行ってくるといい」
そう言う克彦の目はこちらを向いている。寂しそうな表情を一瞬見せてから、いつもの整ったものに戻る。その表情から目を背けた匠は、いってきます、と水谷を置いて歩き出した。
傷つけてしまった、絶対に。でも誰かに気づかれるわけにはいかない。そういう芽は摘んでおく方がいい。そうに決まっている。
克彦には帰ってから謝ろうと決めて、匠はオフィスを出た。それを水谷が追う。
「ホントにいいの? あのお弁当」
「夕飯にしますから、大丈夫です」
水谷は、結局食べるならいいけど、と少しほっとして話題を仕事に切り替えた。匠はその話に頷きながらポケットで震えたスマホを取り出す。
『今日も遅くなる。先に寝ていなさい』
短い文章で送られてきたメッセージに匠は心臓を掴まれるような思いをした。克彦が怒っている。普段プライベートではほとんど怒らないので確証はないが、こんな言葉を寄越したことなどこれまでに数えるほどで、いつもなら優しい声で同じ用件を伝えるのだ。
冷めたように感じるのは、自分が克彦を傷つけ、怒っていて当然と思っているからというだけだろうか。
「彼女からメール?」
スマホ画面を見つめたままの匠に水谷が微笑みながら聞く。匠は、違います、と言いながらそれをポケットにしまいこんだ。
そう書かれたメモを読んだ匠は朝からため息を吐いてしまった。まさかあのまま眠ってしまい、しかも帰宅した克彦にベッドに運ばれているなんて予想もしていなかったのだ。おまけに一緒に食べようと思っていた惣菜は弁当箱にきれいに詰められている。
「今日はお弁当? 珍しい」
デスクでその彩り豊かな弁当を開けた匠に水谷が声を掛ける。それから、手作り? と聞いた。匠が首を振る。
「昨日食べようと買った梵天の惣菜を詰めただけです。食う前に寝ちゃって……」
「なにそれ、食べる前に寝ちゃうなんてことある? てか、梵天にこんな持ち帰りメニューあった?」
そう言われて匠はよく弁当を見やった。確か昨日は、肉じゃがと出汁まき卵、それに串物を買ってきたはずだ。けれど今弁当に詰まっているのは、コロッケやサラダでご飯も混ぜご飯になっている。よく見ればコロッケは肉じゃがを使っているようだし、サラダには角切りにした卵が入っている。ご飯に混ぜ込まれているのは焼き鳥だろう。克彦がアレンジを加えたことはすぐにわかった。
「え、あ……これは……特別メニュー?」
あはは、と笑いながら水谷を見ると、その顔が楽しそうに華やいだ。
「とうとう他人のものになっちゃったか、辻本くんも」
どうやら恋人の手作りだと察したらしい水谷が大げさにため息を吐く。匠はどう言ったらいいかわからず、そんなんじゃないです、と慌てて答える。
「いいのいいの。そうして君も私よりも早く結婚しちゃうんでしょ。もう一緒にランチも無理かな? 明日からは一人ランチ続くなー」
水谷はそう言ってまた大きくため息を吐いた。元々キャリアがありバリバリ仕事をこなす水谷は、事務担当の女子社員とはあまり親しくしていないようだった。女子社員が憧れる克彦と対等に仕事をし、近いポジションに居るのか気に入らないのだろうとは水谷の言葉だ。実際水谷が他の女子社員にランチに誘われているところを見たことはないし、ほぼ毎日と言っていいくらい匠とランチに出ているのが現状だ。
「結婚なんてしませんよ、ランチにも行きます」
「そんなムキにならなくても。弁当作ろうって思うくらい辻本くんのこと好きな相手なんだから大事にしてあげなきゃ。せっかく作ってもらったんだから、今日はラブラブ弁当食べなさい。で、今度どんな子なのか聞かせてね」
私は寂しくランチ行って来るから、と水谷が言う。匠は、ホントに違うから、と慌てて答えた。自分に付き合っている人がいると知れたら、次に相手を知りたくなるだろう。どこまで架空の彼女で通せるかわからない。もし相手が克彦だとばれたら……克彦の仕事に影響が出るかもしれない。それは困る。
「ランチ行きましょう、水谷さん。ホントに彼女なんかいないんで、俺」
さあ行きましょう、と匠は弁当を袋にしまいこんで立ち上がった。
「でもお弁当は?」
「朝押し付けられただけなんです、いいんです食べなくても」
そう言って匠は歩き出そうとした、その時だった。目の前に克彦が立っていて匠の心臓は一瞬大きく縮む。それから焦りと動揺で鼓動はどんどん速度を上げた。
「市原さん、打ち合わせ済んだんですか?」
克彦の姿を見つけた水谷が聞く。それに頷いた克彦に、ランチに行こうと誘う。けれど克彦は、いや、と断った。
「今日は持参してるんだ。二人で行ってくるといい」
そう言う克彦の目はこちらを向いている。寂しそうな表情を一瞬見せてから、いつもの整ったものに戻る。その表情から目を背けた匠は、いってきます、と水谷を置いて歩き出した。
傷つけてしまった、絶対に。でも誰かに気づかれるわけにはいかない。そういう芽は摘んでおく方がいい。そうに決まっている。
克彦には帰ってから謝ろうと決めて、匠はオフィスを出た。それを水谷が追う。
「ホントにいいの? あのお弁当」
「夕飯にしますから、大丈夫です」
水谷は、結局食べるならいいけど、と少しほっとして話題を仕事に切り替えた。匠はその話に頷きながらポケットで震えたスマホを取り出す。
『今日も遅くなる。先に寝ていなさい』
短い文章で送られてきたメッセージに匠は心臓を掴まれるような思いをした。克彦が怒っている。普段プライベートではほとんど怒らないので確証はないが、こんな言葉を寄越したことなどこれまでに数えるほどで、いつもなら優しい声で同じ用件を伝えるのだ。
冷めたように感じるのは、自分が克彦を傷つけ、怒っていて当然と思っているからというだけだろうか。
「彼女からメール?」
スマホ画面を見つめたままの匠に水谷が微笑みながら聞く。匠は、違います、と言いながらそれをポケットにしまいこんだ。
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